スポーツと映画で変わった人生観
小学4年生の時、ずんぐりむっくりではあったがクロスカントリースキー部に所属していた。
クロスカントリースキーとは、ざっくり言うと【走るスキー】である。平地を走ったり、下りがあれば登りもある持久力の必要なスポーツだ。
地元のコースは小・中学生の男子は5kmを走破しなければならない。ずんぐりむっくりにはかなりキツいスポーツだった。
練習内容はあまり覚えていないが、とにかくロードワークメインだった気がする。ウォームアップで体育館内を30分間走。体操→ドリル→流しの後、校舎の周りをロードワーク。
「スキー部なのになんで板を履かずに、単に走らなきゃならないの?」
今となっては、そりゃそうだろとツッコめるが当時の私はモチベが上がらずただキツいだけだった。
校内でできる技術練はただ一つ。
教室の外の体育袋をぶら下げる鉄棒みたいなやつに、チャリのチューブをくくりつけ、それをグイグイ引っ張る練習。筋トレ用語で言うならばキックバックってやつ。走るスキーと言えど、ストックで推進するためにはこの練習が不可欠である。お陰で、いまだに三頭筋はボッコリしている。
これを技術練というかどうかは微妙だが。
いざ、雪が積もりスキー場で練習が始まった。
ここから地獄が始まった。
−10℃の山で、踵の浮く軽すぎる不慣れな板を履き、もがく様に滑る。チームメイトはどんどん前を行き、私だけ遭難してない?と思う場面もしばしば。
鼻と耳がもげるくらい冷たく、鼻水も凍っていた。しかし、体は熱くなり汗をかく。長い下りでは休憩ができる事と涼しさが心地よかったが、30秒もすれば汗が冷え体温を奪い急激に寒くなる。
また、軽すぎてエッジ(スキー板底面の鋭利な端。触ると指が切れるが、コントロールとスピード抑制に作用する)が無い板での下りはとてつもない恐怖がある。
練習がストレスすぎて、行きと帰りで嘔吐をした。
ある日のロードワークの時、J先生がチームメイトから何周も遅れを取っている私の後ろから近づいてきて並走しだした。
そしてこう聞いてきた。
「辛いか?」
迷わず、辛いですと答えた私に更に問いかけてきた。
「でも、今頃友達はこたつの中に入って、みかん食ってポテチ食って屁こいてるんだ。それより充実してると思わないか?」
J先生のこの言葉は、20年経った今でも鮮明に覚えている。その時の景色も忘れられない。
スキー板は商売道具であり、自分の手で手入れをしなければならない。クロスカントリースキーに塗るワックスは2種類ある。1つは平地と下りで作用する、言わば【滑るワックス】
もう1つは主に登りで作用する【止まるためのワックス】
これを完成させるには、慣れても20分ほどかかる。(次の日にワックスを剥す作業もあるので実際はもう少しかかる)
小学生にはかなり時間がかかる行為なので、J先生は待ち時間に
「このビデオを観て待ってろ」
と言った。
それは、【ロッキー4】だった。
アポロというロッキーのライバルが、ソ連のドラコという巨人に一方的にやられてしまい、それでもセコンドのロッキーに「絶対タオルを投げるな」と言い、最終的に亡くなってしまう。ロッキーがそのリベンジのためにドラコに挑戦するというストーリーだった気がする。
人間ドラマや過酷な練習風景、そしてクライマックスの死闘。
ワックスがけをそっちのけで観た記憶がある。
挑戦のために自分を追い込めてるか、応援してくれる人のために一生懸命になれてるか、自分自身に勝つために努力できているのか。
幼ながらに感動と戒めを感じた。
大会当日、タイムこそ速くはなかったが、自分自身に勝つために完走できた。
最後のミーティングではJ先生は一人一人に賛辞を与えてくれた。
もう2度とこんなキツいことやらんと思っていたが、中学2年生までの5年間挑戦しつづけたものだ。
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時は経ち、高校2年生の新人戦の時。
3年生の先輩が抜け、私達の時代がやってきた。
当時、陸上競技部に所属していた我々は県のブロック大会完全優勝(トラック、フィールド、混成全てにおいて優勝)と、県大会総合優勝(合計得点で優勝)を狙っていた。
私はというとナーバスになっていた。
コンディションが悪いわけではない。
ただ私の専門種目が、3日間ある大会の中で一番最初に決着がつく種目として組み込まれてしまっていたからだ。
監督には、
「まずはお前が流れを引き寄せろ」
と責任重大なプレッシャーを与えられた。
練習通りにやれば一位を取れる。
でも、何故か自分が一位を取れた姿が想像できなかった。
練習終わりに実家で、ふと手が録画HDDに伸びた。
【ロッキーザファイナル】
現チャンピオンと全盛期のロッキーをAIシミュレーションで戦わせた結果、現チャンピオンが勝つというシナリオにロッキーの周りが不満を持ち、歳を取ったロッキーが再びリングにあがるストーリー。妻を亡くし絶望のどん底にいたロッキーが周りのサポートで立ち上がり、全盛期とまではいかないものの現チャンピオンと互角に勝負を繰り広げ観衆に感動を与える。最後判定負けを喫するもその背中はとても清々しいものだった。
ロッキーは負けてしまったが、私はその不屈の闘志を感じ、目の周りがピキピキとなりアドレナリンが出てくるのを感じた。
大会当日、試合が朝の10時から始まるので逆算し、早起きして実家近くの河川敷で入念にアップ→体操→ドリル→流しを行い、会場に行った。
熱くも軽い体を震わせ、再度アップをした。
昔から自分の世界に入るのが得意で、集中力を上げれば周りの音も聞こえない世界に入ることができた。
結果、その種目で一位を取ることができた。更に8年ぶりに大会新記録を更新した。
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自分が置かれている環境と、その環境に近しいテーマの映画は親和性が高い。
当たり前ではあるが。
スポーツをやっている人はスポーツの映画を観ると気合が入るかもしれない。
音楽をやっている人は音楽の映画を観ると新しい何かが降りてくるかもしれない。
受験生は受験生の映画を観ると勉強のやる気が上がるかもしれない。
私の場合、甘酸っぱい青春を捨てスポーツに賭けてきたのでスポーツの映画は刺さる。
球技は苦手なのだが、【グローリーロード】や【コーチ・カーター】はグッときた。
スポーツをしてきたからこそ、特有の悩みやチームワークの軋轢、スランプの絶望を感じたし、それが映画で表現されていると心がギュッと潰れそうになる。
自分と似た境遇では、自分を登場人物に置き換えて映画を観てしまう。
スポーツの一線を退いて6年ほど経つが、いまだにJ先生の言葉や経験した感動を覚えているのはそれをアイデンティティとして確立できていたからであると思う。
経験が先が、映画が先か。
そんなものはどうでもよく、
自分の人生において間違いなくスポーツは人生観を変えてくれた。