自作・ジ・エンド
麦わらの農夫然とした男は、畦畔に腰を下ろして、日照りの続く枯れた田んぼを眺めていた。
「いや、あいつは死んでねえよ」
国葬にしろだの聖和(ソンファ)式にしろだの国中が叫んでいた。メディアを通じて目にしているものがどこまでもディープなフェイクだと思うこともできる。職場に行けばあの人が殺されたことに関して誰も話題にしない。俺が目にした市民の声はSNS上を飛び交っていた言葉に過ぎない。
「爺さん、さすがにあんた悪い情報の拾いすぎだよ」
「あの人はね、特定秘密保護法をつくって、外国の特殊工作員が政府機関に夜間こっそり侵入して、施錠された金庫から特定秘密を入手するような事件を未然に防いだんだよ」
いまどき特殊工作員を送り込むほどこの国に興味を持ってくれている外国があるのかね。田舎もんはいつまでたってもこれだから間抜けな政治家が蔓延る。一票の格差がどうの、野党が共闘しないからなどと言われるが、一人区の奴らはどこまでも盤石で決まった顔しか目にしない。
実は死んでいないのではないか。俺もそんなことを考えたことがあった。あの人にも良心があるならば、あんな生活を終わりにして一からやり直したいと思うだろう。1年足らずで終わった一次内閣。短命だったことを叩かれたから、意地になって8年近くも続けてしまったのではないのか。
「あの人はね、集団的自衛権の行使を容認することで、悪ぅい中国やロシアからこの国をまもろうとしてくれたんだよ」
「最近じゃ、戦争は自衛目的ではじまると言うよ」
爺さんは生温くなった「なっちゃん」ペットボトルのキャップを捻り、唇を尖らせる。俺はサントリー広報部の言葉を思い返していた。
「会の開催については、ab議員事務所から教えていただきました。多くの方が集まる会だとお聞きし、弊社製品を知っていただくよい機会と考え、無償で協賛させていただきました。いつからいつまでということに関してですが、16年については、弊社の担当者はすでに退職しましたが、協賛した事実はあったということでした。17年から19年に関しては、詳細は言えないんですが、協賛しました」
あれだけ搔き回してくれた人が、個人的な恨みだけで手製の銃によって逝ってしまった。夫人は本当に辛いだろうよ。笑顔ばかりが記憶に残っている、仲よさそうな夫婦だったじゃないか。
爺さんは枯れた田んぼを見つめたまま立ち上がった。
「いずれにいたしましても、繰り返して申し上げますが、私も妻も一切、この認可にもあるいは国有地の払い下げにも関係ないわけでありまして」
不意に流暢に喋りはじめた爺さん、俺は面食らう。
「私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい」
そして、畦道の向こうから、かつて見たショートカットの笑顔が歩いてきた。