父の認知症について
父は、自分で「病院に連れて行け」と言った。
自覚症状はおそらく数年前からあったにちがいない。
「俺の人生は、こんなはずではなかった」と 何度も言っていた。
「お前らのせいで、」と 言わんばかりのことも 何度も言われた。
いま振り返ると
一番辛かったのは 初期の数年間。
本人の葛藤、
家族への当たりの強さ
身近で頼っている家族に一番 きつくあたることになっているらしく
私と母はいつも攻撃の対象になっていた
コタツの天板は二枚イカレた。
応接セットのテーブルはナタで叩き割られ
玄関の土間のタイルはゴルフクラブで穴があいた
死を覚悟したこともあった
エスカレートしていく反応は いつまでも止まらず
コントロールできない事態の 救いようのなさ を 何度も経験した。
認知症と診断される前から おかしいことには気づいていた。
本人から引越しを提案されたあと、そのことがわかってきた
訪問看護師は
「引越すと悪化するよ」
と言った。
そんなことはわかっていたが
がんこ一徹な父の提案を
ひっくり返すことなんて到底できなかった。
私たちは 40年以上住み慣れた家から
500km程 離れた土地へ引っ越した。
いまから9年前。
診断を受けたのは
引越しから一年後
神経内科の病院で。
専門医が嬉しそうに
「診断基準に合致しているから、アルツハイマー型と脳血管性の混合タイプに違いないです」
と
言ったのが印象的だった。
ただ、投薬については「かかりつけ医」に相談するように言った。
診断はするが、
身近な医療機関に診断情報送っておくから
あとはご自由に。
「認知症」という ラベルを付けただけで
そこでの診療は終わった。