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まとめニュース 腹黒男⑧
やあ、こんにちは。今日はわざわざ来てくれてありがとう。
実は最近ちょっと興味深いことがあってね。あっと、その前に。まずは注文をしようか。
ここは季節のタルトがお薦めなんだ。今回はビワみたいだね。
ビワっていうと、最近じゃ高級フルーツのように売られているけれど、俺の子供の頃なんかは友達の家にあったりしてね。遊びに行くと三時のおやつ代わりにベランダから手をのばして食べたりしたものだよ。
得てして庭木のビワっていうのは、売られているビワよりも酸味が強い。ここのタルトのビワはどうかな。俺としてはちょっと酸っぱい方が好みなんだけどね。
さて、タルトはこれで決まりだとして、飲み物も悩むところだね。
ビワは主張の強いフルーツじゃない。珈琲とは相性が悪そうだし、アールグレイみたいな香りが強い紅茶も後味を消してしまいそうだ。やはりここはセイロンティーにしておこうかな。
……ああ、ごめんごめん、お待たせしちゃったね。それじゃあ本題に入ろうか。
2週間ほど前のことだったかな。最寄り駅に行ったらえらく混んでいてね。どうしたのかと思ったら電車が止まっていたんだ。
改札口付近には案内板が出ていて、人身事故があったと書いてあった。
電車は運航を見合わせ中。再開の目途は未定。
いやはや困ったなと思いながら、いったいどんな事故があったのかスマートフォンで調べてみたんだ。
出て来た内容はなかなかにセンセーショナルなものだった。
陸橋から飛び降り、電車に突撃。
バラバラになった肉片が周囲に散乱。
人間の形じゃなくなっていた。
そんなまとめニュースがヒットしたんだ。
なるほど、そんな酷い事故なら再開は難しいだろうと思ってね。そこで家に戻っても良かったのだけれども、今は気候もいい時期だ。幸いにして目的の駅まではそう遠くない。
電車に乗るのは諦めて、ぶらぶらと歩いていくことにしたんだよ。
丁度、道すがらに事故があった駅の傍も通ることになる。悪趣味な野次馬根性を満たしてやろうなんて腹積もりもあった。
さて、問題の事故はというと、飛び降りかつ飛び込みという少々ややこしい状況だった。
駅に向かう途中にある陸橋から飛び降りて、走ってきた電車に撥ねられたらしい。
陸橋は住宅地をまたいで私鉄と交差していて、天気の良い日は富士山が見えるから「富士見橋」なんて名前がついている。まぁ、富士見橋や、富士見坂なんて名前は全国にどれだけの数があるか分からないけどね。ともあれ、不死をイメージさせる橋から自殺だなんて、なかなか皮肉がきいている。
件の橋はあいにくと封鎖されていて近づけなかったけれども、並走していくつかの陸橋がある。一つ離れた陸橋から線路の様子を見てみたんだ。
電車は止まったまま。
警察や消防隊員が行き来する姿が確認できた。
乗客は線路におりて避難をした後みたいだったね。
ここで俺は奇妙なことに気が付いた。
どうにも現場が静か過ぎる。線路に肉片が散乱しているならば、もっと大きな騒動になっていそうなものだった。けれども思ったよりもずっと静かなんだ。
上空には報道ヘリが飛んでいたけれど、ニュースで放映はしていない。線路がブルーシートで埋め尽くされているなんてこともない。
そこで改めてSNSを調べて、さらに奇妙なことが分かったんだ。
まとめ記事ではバラバラの肉片だなんて言葉が飛び交っているけれど、事故に居合わせた乗客の呟きにはそんな言葉は出てこない。記事の中で「現地の声」として取り上げられていた「人間の形じゃなくなっていた」だなんて言葉は誰も発していないんだ。
まぁ、百歩譲って、不謹慎な発言だと自覚して慌てて消した可能性も無きにしも非ずだ。
けれどね、SNSっていうのは、飛び降り自殺を記録した動画が拡散されるような世界だ。
ちょっとくらい炎上しようとも承認欲求を満たされたい。そんな野望が渦巻いている。
承認欲求ってのは悍ましく強いモンスターで、誰もがそいつに抗いきれる訳じゃない。つまり、センセーショナルな事故現場で万人が口をつぐむなんてことはあり得ない。
じゃあ、この「バラバラ」だの「人間の形じゃない」だのといった言葉はどこから出て来たのか。
そうだよ。
どこからも、誰からも出て来ていない。少なくとも現地にいた人たちの口から出た言葉じゃない。
となれば、まとめ記事を書いた、現地に関して何一つ知らない人間が持ち出した言葉ということになる。
じゃあ、何故そんな事をするのか、という話になるね。
これは単純なことだ。
俺自身の行動がその答えを示している。
事故があった。
何が起こったのかとネットニュースを調べる。そこで躍り出てきたセンセーショナルな文言を見て思わずクリックする。
そう。これが全てだ。
旬の話題をありもしないセンセーショナルな言葉で飾り付けて閲覧数を稼ぐアフィリエイト。
幽霊の正体見たり枯れ尾花といったところだね。
おっと、ちょうどよくタルトが運ばれてきたね。この辺で小休止をしよう。
なるほど、ビワとアーモンドスライスを合わせているんだね。うん、これは美味しい。ビワの酸味をアーモンドが包み込みながらも、カリカリとしたアクセントを加えていて実にマッチしている。
え、なんだって?
まだ続きがあるならさっさと話せって?
君は案外とせっかちなんだな。もう時間なんて関係ないだろうに。
仕方ない。それじゃあ続きを話そうか。
事故があってから数日後のことだ。俺は偶然にも目撃者と話す機会を得たんだ。
その人物は件の陸橋の近く、線路に面した場所に住んでいた。事故が起こった当時も家にいたから、窓から事故現場が見えていたという訳だ。
彼女は事故の瞬間こそ目にしなかったけれど、線路に転がった遺体は目撃していた。
それは、一目見て助からないという有様ではあったけれど、酷い出血もなければ、身体が引き千切られたりなんてこともなかったらしい。
歪ではあったけれど、人間の形じゃないとまではいかない。
前衛芸術のオブジェが放り出されたような、そんな姿だったそうだ。
実際の目撃者の証言も得られたことで、まとめ記事が完全なる捏造だということが明らかになった。
それで、この話は終わりになる筈だったのだけれどもね。
事故を目撃したその女性は、俺と話した夜に亡くなったんだ。
詳しいことは分からないけれど、心臓発作を起こしたらしい。
え、なんだって?
女性が亡くなったのが呪いのせいだとでも言い出す気か、って。
いやいや、そんな安易な結論には飛びつかないさ。
もともと身体が弱かったのかもしれない。あるいは、事故を目撃したストレスで睡眠不足に陥って、それが影響を及ぼしたなんてこともあるだろう。
少なくともこの一件だけならば、俺はそんな風に考えたよ。
でもそれだけじゃなかったんだ。
飛び降りがあった陸橋では、事故後、2週間の間に2回の事故がおこった。
1回はよそ見運転をしていた自転車が乗用車にぶつかった事故で、自転車を運転していた青年は全治1ヶ月の怪我を負った。
もう1つは、90代の女性がトラックと接触した事故で、こちらは残念ながら助からなかったそうだ。
他にも、最寄り駅では酔っ払いがホームから転落、頭を打って病院に運ばれた後に死亡。
さらに3日前には事故現場付近の家で火事が起こった。夫婦2人と子供は逃げおおせたけれど、同居中の祖父母は一酸化炭素中毒で死亡、焼け跡から遺体が見つかっている。
もちろん、すべてを偶然と片付けることも出来る。
ほとんどの場合において、こうした不幸な偶然の連続は、神様の悪戯心のようなものだからね。
それでもほんの僅か。本当に僅かな確立で、「本物」が紛れ込んでしまうことがある。
それをどう名付けるかは、人それぞれだ。
呪い、穢れ、あるいは悪魔だなんて言う人もいるかもしれない。
あの陸橋から身を投げた人物がいったいどんな人間だったのか。
男なのか、女なのか。どれくらいの年齢で、何をしていた人なのか。残念ながら、事故後の報道はほとんどなかったために、まったく知る事が出来なかった。
だから、その人物がどんな思いで自殺をはかったのかは分からない。
けれど、彼の、……ああ、ここは分かりやすく「男性」だと仮定して話を進めよう。
彼の「誤った」死にざまについては、広く知れ渡ることになった。
つい先日、あの陸橋に訪れてみた時のことだ。ちょうどその場に高校生グループが居合わせていたんだけれどね、彼らはこんな風に話していたよ。
「この橋から飛び降りた奴が電車に轢かれてバラバラになった。そこら中に肉片が散乱してたらしい」とね。
そう、彼の死にざまは、死にざまに関する悪意のあるデマはすっかり広まってしまったんだ。
事件を目撃していない人々がネットでニュースを検索し、嘘の情報を信じ込んでしまったからだ。
伝聞というのは案外と恐ろしいものでね。
その場所で悍ましい事件があったと100人が信じれば、確かにその場所は呪われた場所になってしまう。
恐ろしい、悍ましいと思う気持ちこそが「呪い」なんだ。
平たく言ってしまえば、多くの呪いはプラセボ効果のようなもので、だからこそ機能してしまうこともある。
この、極めて「呪い」に近しいといえる一連の事件には、あの嘘にまみれたセンセーショナルな記事が一役買っているんじゃないかな。
さて、どんな気分だい?
人の死という不幸に際して嘘をばらまいたことへの罪悪感を覚えたかな?
それとも、呪いにまで発展した一連の出来事に対して優越感を感じたとか?
なぜ、君がこの記事を書いた人物であると特定したか、って?
まぁ似通った記事は沢山あるからね。あげれば切りがないけれど、今回の飛び込み自殺に関しての記事は君が書いたものだろう?
探り当てた方法は簡単だ。
君のSNSアカウントがもっとも最初に記事を拡散したんだよ。
他にも複数のアカウントが同じ記事を拡散していたけれど、だいたいが君のダミーアカウントだったんじゃないかな。
俺としても確信があった訳じゃないんだ。だから当たるも八卦くらいの気持ちで君にダイレクトメールを送ってみた。外れだったら、また別のアカウントを当たればいい。
呆れるほど単純な話だろう?
君を呼び出した理由は、そうだな。警告をするためだということにしておこうか。
君はうっかりと「本物」を引き当ててしまった。その一端を担った君自身も、この「呪い」からは逃れられない。だからせいぜい用心した方がいい。そう伝えようと思っていたんだ。
残念ながら、少し遅かったみたいだけれどもね。
君にとって憐れな犠牲者たちは、小遣い稼ぎの餌だった。
まさか餌だと思っていた相手に食い殺される日が来るなんて夢にも思わなかっただろう?
何を言ってるのか分からないっていう顔かな。
まぁいいさ。そのうちきっと分かるようになる。
さてと、話も済んだことだし、俺はそろそろお暇しよう。
マスター、お勘定をお願いします。
今回のタルトもすごく美味しかったですよ。
ビワの下にあったアーモンドを練り込んだカスタードクリームも凄く相性が良かった。
さっきから誰と話してたんだ、って?
ああ、すいません。あれはただの独り言です。
語るべき相手は、もういなくなってしまったので。