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善意のアドバイス 腹黒男⑩

 やぁこんにちは。突然の呼び出しに応じてくれて感謝するよ。
 実はあなたの評判を聞いたんだ。霊感があって、とても有難いアドバイスをしてくれるってね。
 それで俺もちょっとばかり教えて欲しいことがあってお呼びしたんだ。

 もちろんここは俺の奢りだよ。この店のタルトは絶品だから是非にゆっくり味わって欲しい。
 今の季節はイチジクのタルトを出してくれるんだよ。ドライイチジクを練り込んだアーモンドプードルベースの生地はコニャックで香り付けされていて実に味わい深い。その上に贅沢に載せられた生のイチジクはこの時期ならではみずみずしい美味しさだ。
 どうかな。
 気に入ってくれると嬉しいのだけれど。

 ……ああ、誰から評判を聞いたのかって?
 半年ほど前に、とある女性にアドバイスをしただろう?
 愛犬を失くして寂しがっていた女性だ。
 覚えてるかな。
 他にも沢山アドバイスをしていたからよく思い出せない?

 その女性は、長いこと犬を飼っていた。とても大事にしていて犬の平均寿命よりも随分と長生きしたらしい。
 共に過ごす時間が長ければ長いほど失った時の喪失は大きい。
 ペットロス症候群なんて言葉があるくらいだからね。
 一言、ペットと言っても人によって心を占める割合が家族よりも大きいことだってあるだろう。
 その女性も、愛犬を何よりも大切に思っていた。
 だから愛犬を失ってから、半年以上も何も手につかないほど落ち込んでいた。
 新しく犬を飼うことも考えたらしい。
 けれど都会暮らしをしている者にとってペットを飼うというのはかなり大変なことだ。
 金銭的な問題はまず大きい。
 これからまた十年以上を一緒に生活することを考えると、難しいと判断せざるを得なかった。
 彼女は泣く泣く諦めたけれど、「犬」という存在と繋がっていたいと思っていた。
 そこでね、彼女は副業として犬用の洋服を作ること選んだんだ。
 もともと、洋裁の専門学校に通っていたこともあったから、パターンメーキングの資格も持っていたらしい。
 犬の洋服を作ることで、ゆるい繋がりを持ち続ける。
 送られてきた犬の写真を眺めて、その犬のために洋服を作る。
 そうして彼女の傷は少しずつ癒えていった。

 どうだい? 誰の話をしているのか思い出してきたかな?
 うん、そうだよ。
 あなたの高校時代の友人だ。
 SNSで繋がりがあった君は彼女の近況を知っていたから、愛犬の死に心を痛めている様をさぞ心配していたことだろう。
 だからあなたはアドバイスをしようと思った。
 彼女と、彼女の愛犬のために。
 だってあなたには、彼女の愛犬が成仏出来ていないことが「見えて」しまっていたんだからね。

 そこで君は彼女を呼び出した。
 そうして彼女に教えてあげたんだろう?

 「あなたの愛犬は成仏することが出来ずに未だにこの世をさまよっている。
 それは、あなたが愛犬を思うあまりに、その念が強すぎてこの世に縛り付けてしまっているからだ。
 あなたの強すぎる思いは愛犬をこの世に押しとどめているだけでなく、他にも悪影響を及ぼしている。
 あなたの元を離れられない愛犬は少しずつ魂が濁ってきていて、その邪気に触れた他の犬たちを苦しめている。
 最近、あなたの周囲の犬たちの様子がおかしくなっていないだろうか?
 もし具合の悪くなった犬がいたら、それはあなたと愛犬の深い絆がもたらしてしまった悲劇なのだ」

 そんな風に教えてあげたんだろう?

 彼女はとても素直な性格だったからね。
 あなたのアドバイスを聞いて、深く反省したらしい。
 そしていつまでも愛犬を縛りつけている自分を恥じた。
 愛犬を供養しなおしたり、写経をしたり、未練を断ち切るべく精一杯に努力をした。

 その話を聞いてね、俺はあなたに非常に興味を惹かれたんだ。

 いや、だって当然じゃないか。あなたは選ばれた人間だ。
 特別なパワーを持っている。
 ひと昔前なら霊能者といえばテレビでも人気者だった。
 あなたもそっち側の人間だ。光りの当たる世界にいる側の人間だよ。
 そうだろう?

 それでね、俺はあなたに興味をもって、他にどんなアドバイスをしてきたか調べたんだ。
 あなたのファンになってしまったからね。
 どうしても知りたくなってしまった。
 だから学生時代の同級生や、以前の会社の同僚なんかに当たってみたよ。

 どうやって知り合いを見つけたかって?
 SNSの記録を辿ったんだよ。出身校や、以前に務めていた会社の情報を載せていただろう?
 探偵みたいで怖い? ははは、そうかもね。ファンっていうのは一途に追いかけはじめると止まらないんだ。
 あちこち掘り返してしまったけれど、どうか許して欲しい。
 ……ファンなら特別に許す? 有難いね。あなたはとても寛大だ。

 あなたはあちこちに武勇伝を残していたね。
 高校生の頃にはこっくりさんで遊んで取り憑かれてしまった友人を助けたし、修学旅行で訪れた先では防空壕に彷徨う幽霊たちを慰めようとした。
 ……当時の友人たちには白い目で見られた?
 仕方ないさ。彼らは君と違う。光りのあたらない場所の烏合の衆、いわばモブみたいなものかな?
 見ることの出来る君とは別次元の存在なんだ。
 あるいは嫉妬だったのかもしれない。特別なパワーをもったあなたが注目されることを妬んだんだ。
 悲しかった?
 ああ、残念だ。
 俺がその場にいたらあなたを助けることが出来たのにね。

 時として疎まれることがあっても、あなたは決して負けなかった。
 それは特別な力を持って生まれた者の宿命だった。
 だから、社会人になってからもあなたは沢山の人にアドバイスをしてきた。

 そしてある時あなたは、ミユキさんという女性にアドバイスをしたね。
 ああ、そうだよ。あなたが以前に務めていた会社の同僚だ。

 ミユキさんは不幸のどん底だった。
 ほんの少し前までは、幸せの絶頂にいたのに、一気に地獄に叩き落されてしまったんだ。
 彼女は子供を身籠っていた。
 大きくなっていくお腹を幸せそうに撫でながら、名前を考えたり、ベビー用品を揃えたり。
 子供部屋を用意して、とびっきり可愛らしい壁紙を貼って。
 いったいどんな子に育つんだろうかと夢想する。
 そこにある可能性は無限大だ。

 けれど、……その子供は。
 ただ一度の泣き声をあげることもなく虹の橋を渡っていってしまった。
 出産には危険が伴う。それを知っていたとして、まさか自分がとは夢にも思わなかっただろう。
 我が子の誕生を祝う筈の日が、その死を嘆く絶望の日に変わるなんてね。
 赤の他人である俺ですら、その悲しみは想像するに余りある。

 数か月後、ミユキさんはなんとか会社に復帰してきたが、以前の快活さはすっかりなりを潜めてしまった。
 誰もなんて声をかけていいかなんて分からなかった。

 でもあなたは、どうしてもミユキさんと話す必要があった。
 だってあなたには、その子供が見えていたからね。
 まだ幼い魂。言葉すら覚えていない赤子の魂が必死に訴えかける様子が見えていた。
 だからあなたは彼女に話し掛けた。

 「あなたの赤ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。
 私には赤ちゃんの声が聞こえます。

 次こそはちゃんと生まれてくるから。
 絶対にママに会いにいくから。
 だからもう一度、僕を身籠って。
 僕はママと一緒に遊びたい。
 いっぱいママと喋りたい。
 そうして今度は絶対にママを泣かせない。

 そう言っているのが聞こえるんです」

 そんな風に教えてあげたんだろう?

 ……ねぇところで、その後、彼女がどうなったかは知ってるかな?
 会社を辞めてしまったから分からない?
 でもきっと、新しい子供を身籠って幸せになっていると思う、……か。
 うん、実はね、彼女はその後、自殺してしまったんだよ。

 おっと、驚かせてしまったかな。
 あなたほどの霊感があれば、知っているかもと思ったのだけれどね。
 
 なんでそんな事になったのか?
 それはね、彼女はもう身籠ることが出来ない体だったんだよ。
 彼女は出産の直前に胎盤剥離を起こした。
 大量に出血し、母子ともに危険な状態に陥ったんだ。
 輸血を受けながら何時間にも及ぶ手術が行われた。
 赤ん坊がどうなったかは、あなたも知っての通りだ。

 そしてね、彼女の体もまた無事ではすまなかったんだ。
 彼女は命と引き換えに子宮と卵巣を摘出することになった。
 彼女は、身籠ることが出来ない体になってしまったんだよ。

 それでも彼女は、伴侶に支えられて何とか立ち直ろうとしていた。
 毎日毎日、薄氷の上を歩むような、彼女の精神はぎりぎりの状態で、それでも何とか保っていた。
 そんな時、あなたが彼女にアドバイスをした。

 あなたの赤ちゃんはそばにいる。
 あなたに再び身籠って欲しいと望んでいる、とね。

 それは、彼女の崩壊寸前だった精神を叩き壊すのに十分すぎる言葉だったんだ。

 ……おや、どうしたんだい? 呆けた顔をしてるね。
 大丈夫かい? 気をしっかり持って欲しい。
 紅茶でも飲んで一息入れよう。
 ここは紅茶も美味しいんだよ。
 さぁ、深呼吸して。そう、大きく、ゆっくりね。
 大事な話はここからなんだから、しっかりしてくれないと困るんだ。

 そんな事になるなんて夢にも思わなかった。
 彼女がもう妊娠出来ない体になっていたなんて知らなかった?

 彼女は、仲の良い社員には話していたらしいよ。
 病院まで何度もお見舞いに来てくれるような、そんな距離の近い同僚たちにはね。
 でもあなたは知らなかった。それほど仲は良くなかったということかな。
 にも関わらずアドバイスをしようと思った訳だ。
 さして仲が良い訳でもない、見舞いに行くほど心配していた訳でもない。
 そんな相手におくるアドバイスにしては随分と踏み込んだ内容だったように思えるけどね。

 知らなかった?
 そうだね、何も知らなかったんだよね。
 それじゃあ、知らなかったならば許されるんだろうか。

 あなたは想像もしなかったのかな。
 自分の言葉が及ぼすであろう影響に関して。
 それが悪い方向に働いた場合に引き起こされるであろう悲劇に関して。
 まさかそんな筈はないだろうさ。
 だってあなたの行動は「善意」だった。
 たとえ自分が疎まれることになっても相手を助けたい。純然たる善の心をもって行動した。
 相手を助けるための行動であるのだから、当然のこと用心深く行うべきだ。
 カウンセラーの助言、あるいは神の啓示。あなたの言葉はそういうものであるのだからね。

 悪い方向なんて思いつかなかった?
 でも、あなたも当然知っているだろう?
 死産になった。そしてその後も長らく入院していた。
 母体が深刻なダメージを負ったであろうことは誰にだって想像がつく。
 身籠ることが出来なくなったかもと考えるのは、そんなに難しい事だったかな?
 あるいは、母体へのダメージが回復できたとして、心の問題も大きい。
 それほどの悲劇に見舞われ、死線を彷徨うほどの危険に晒されたんだ。
 再び身籠れなんて言うのは、満身創痍で帰ってきた兵士を戦地に送り返すようなものだとは思わないかい?

 そんなこと知らない。
 だって赤ちゃんがそう言っていた。
 私はその言葉を伝えただけ、……か。

 愛犬を亡くした女性に対してのアドバイスもそうだったね。
 あれだって、悪い方向に進んでしまう可能性は十分にあったんだ。
 彼女が自分の行動を悔やんで、他の犬たちとの関わりあいを諦めたら。
 ようやく手に入れた心のよりどころを手放すことになってしまっていたら。
 彼女は水を失った花のように少しずつ潤いを失くして、そして、……最悪の結末を迎えたかもしれない。

 そういう可能性は考えなかったのかな。
 自分の言葉が、相手に与える影響に関して。
 何も考えず、何の責任もないと思っていた?

 私のせいじゃない。
 幽霊がそう言って欲しいと告げてきた、と。

 それはつまり、自分をただの伝書バトだと言っているのかな。
 聞こえてきた言葉を右から左に流すだけの役割。
 そこに思考は介入しない。
 いやいや、まさか。人は思考できる生き物だ。
 それにその目的が善意であり、相手を助けたいと思う一心ならばなおさらだ。
 そこに「思考」が差しはさまれないなんてありえない話だろう?

 嘘をつきたくなかった、か。

 それじゃああなたは、幽霊たちがいかに残酷な言葉を吐いても相手に伝えるのが正しい事だと思ったのかな。
 その場合、あなたの「善意」は誰に向けられたものだったのか。
 それすらも「思考」しなかったのかな?
 
 疑っている訳じゃない。
 あなたが幽霊の声が聞こえるなんて嘘っぱちだとか、そんな事は言ってないさ。
 これはもっと根本的な話だよ。
 人と付き合う上での配慮や正しい距離感、言って良いことと悪いこと。
 人間社会においての最低限のマナーの話だ。
 まぁそれに関しては俺が言えた義理ではないけれどね。
 あいにくと俺の行動原理は「善意」ではないんだ。その代わりに見返りや評価も求めていない。
 好奇心が満たされれば満足できる。

 ああ、それで、ええと何の話だったっけ?
 そうだ。マナーの話だったね。あまりにもらしくない話をしてしまったせいで忘れかけてたよ。
 
 ファンだなんて嘘っぱちだって?
 いやいや誤解だよ。俺はあなたに興味がある。多少歪んだ意味あいでの好意だって持ってる。
 だからもう少しだけ付き合って欲しい。
 一番聞きたかったことをまだ聞けていないからね。

 あなたは幽霊の声が聞こえる。
 なのにあなたの隣に、……あるいは背後に、そして足元にも。
 あなたに取り憑いている幽霊たちの声に耳を貸さないのは何故なのかな?

 まさか見えてなかった?
 大丈夫だ。落ち着いて。幽霊っていうのも相性があるらしいからね。
 周波数が合わないと見えないこともあるそうだよ。
 ほら、深呼吸をして。ゆっくり、呼吸を数えて。心音に集中して。
 あなたなら見える筈だ。
 じっと見て欲しい。あなたの隣に女性が座っている。あなたをずっと見詰めている。
 緑色の服を着ていて、髪の長さは肩にわずかにかかるくらい。
 随分と痩せてしまっているけど、美しい人だ。
 よく見て欲しい。もっと意識を凝らして。
 あなたの隣にいる。彼女が、……――ミユキさんだ。

 おっと、驚いたかな? でも無事に見えたようで何よりだ。
 それなら足元を見てごらん? ほら、可愛いワンちゃんだ。
 噛みついている?
 そうだね。そう見えるね。
 なんでかな。あなたはそのワンちゃんのことを飼い主に伝えてあげた親切な人な筈なのにね。
 もしかして、ワンちゃんの望みとは少し違っていたのかな。
 足が痛くなってきた?
 大丈夫、あなたは幽霊の言葉が聞こえるんだし、彼らが成仏できるように精一杯の「善意」で頑張っているんだろ?
 だからほら、耳を澄ませて聞いてみるといい。
 何が未練なのか、何が望みなのか。

 他にもいるね。あなたの背後にたっているのは、どこぞの稲荷神社のお狐様だ。
 どうやらあなたに悪霊呼ばわりされた事があるのを怒っているみたいだね。
 神様からも目をつけられるなんてたいしたものだ。

 それでさっきの質問の答えなのだけれども。
 いや、まぁいいか。答えは貰ったようなものだものね。
 あなたには彼らが見えていなかった。
 でも今はしっかり見えている。
 だから今後は彼らの言葉に耳を貸す事になるだろう。
 これにて一件落着だ。

 あなたの今後を興味深く見守らせて貰う事にするよ。
 だって俺はあなたの最初で最後のファンだからね。
 どうか失望させないで。
 最高のフィナーレを見せてくれることを、心から期待しているよ。

 

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