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影送り
怖い話を募集しているとのことで、私の体験談をお送りします。
もう20年ほど前の出来事なのですが、今思い出してみても、あれは一体なんだったのだろうかと首を捻ってしまいます
ここに書き込むことで、あの一連の出来事を客観的にみることが出来れば何か変わるかもしれない。そんな思いをこめて書いております。
文章を書きなれていないため、拙い文となってしまいますが、ご了承下さい。
影送り、という遊びをご存じでしょうか。
私が小学校のころに国語の教科書に載っていた「ちいちゃんのかげおくり」に出て来た遊びです。
よく晴れた日に影をじっと見詰めてから青空を見上げると、真っ白い人型が空に浮かんで見えるというものです。
詳しい原理は分からないのですが、これは目の錯覚のようなもので、たとえばビデオカメラで影を撮影してから空をうつしても同じ現象は起こらないと聞きました。
この影送りが、大流行したことがあったのです。
これはその時の話になります。
私が育った街は、とても平和な街でした。平和で、とても退屈な街です。
駅前のロータリーを取り囲むようにマンションがそびえたち、その下層部分に飲食店やドラッグストア、24時間営業のスポーツジムが入っている。駅前を少し離れれば、住宅地が広がっていてコンビニもろくにないような。そんな街でした。
都会でもなければ田舎でもない。ですが、都会へのアクセスは良かったので、ベッドタウンとして人気はあったようです。
だからでしょうか。
街は昼間は驚くほど人が少ないのです。
駅前くらいしか商店がないせいで、昼間の住宅街はがらんとしていて、どこかゴーストタウンを思わせます。
そういった環境だったので、小学校の頃の登下校は近所の子供たちと一緒に帰るというのが暗黙の了解になっていました。
遊ぶ時も学年ごとに固まらず、低学年の子も高学年の子も一緒です。
そのため、1つの遊びが流行ると学校全体でも流行るようになる。
それが珍しいことだと知ったのは大人になってからのことでした。
だからあの頃の私は、学校のみんながいっせいに影送りをして遊ぶようになっても、とくに疑問には思わなかったのです。
影送りをする時は、一列に並んで手を繋いで、いっせいに数を数えることが多かったと思います。
「い~ち、に~い、さ~ん……」
みんなで声を合わせて、足元の影をじっと見詰めながら10まで数えます。
そうしてパッと空を見上げると、そこに真っ白い人影が浮かび上がる。
今考えてみれば、学校中で皆が夢中になるような、そんな面白い遊びでもなかったはずです。いえ、むしろ、遊びと言えるものでもなかったでしょう。
でもなぜかあの時の私たちは、影がふっと空に飛び立っていくのが面白くて、放課後になると何度も何度も影送りをして遊んでいました。
変わったことが起こりはじめたのは、一体いつごろからだったか。
影送りが流行り始めてから、一ヶ月くらいたったあとの事だったかと思います。
学校のあちこちで、あるいは住宅街を歩いている時の視界のすみに、影が見えるようになったんです。黒い影ではなく、影送りで空に浮かんだような白い影でした。
私たちはとくにおかしいとは思いませんでした。
あまりにも空に浮かんだ白い影に見慣れてしまっていたせいで、それが目の端にうつっても「そんなものか」と思ったんです。
それがおかしいことだと気が付いたのは、音楽の授業の時でした。
その日はリコーダーのテストの日でした。
一人ずつ前に出て決められたパートを演奏する。テストを受けていない生徒は席についてじっとしているだけ。とても退屈な時間でした。
私はぼおっとピアノを見詰めていました。
窓際にあるグランドピアノです。
そうしていると、だんだんとそこに白い人影が浮かび上がってきたのです。
人影は椅子に座っているようでした。
「どうしたの?」
私があまりにもぼおっと眺めていたせいでしょうか。隣の席のマサコちゃんが小声で話し掛けてきました。
「ほら、あそこ。ピアノのところ、影送りが見える」
ピアノを指さしながらそう言うと、マサコちゃんはぎょっとした顔になりました。
「本当だ。何でだろう」
「何でって?」
「だって、今は影送りをしてないし、あそこは空じゃないよ」
言われてみればその通りでした。
影送りの白い影を見るには、まず足元の真っ黒い影をじっと見詰める必要があります。そして、白い影が投影されるのは青空である筈なのです。あまりにも影送りを遊びすぎていたせいで、感覚が麻痺していました。
「どうしたの?」
私たちがひそひそ話し合っていたせいか、斜め後ろの席の子も話し掛けてきました。そうやって少しずつピアノの前に座る白い影の話がクラス内に広まっていって、気が付くと皆がじっとピアノを見詰めていました。
そこに来て私は、その異常性に気付きました。
クラス全員が同じ影を見ている。しかもその影は青空とは程遠い、薄暗い教室の中で見えるのです。
それに、白い影はさっきからずっとそこにいる。
影送りの影ならば十秒かそこらで見えなくなってしまう筈です。
「おかしいよ」
「なんでずっと座ってるの?」
クラスにざわめきが広がり、先生が注意しようと向き直った瞬間でした。
白い影が席から立ち上がったのです。
誰かが悲鳴をあげて、クラス内はパニックになりました。何人かが音楽室から逃げ出して、あるいは教室の隅に固まって怯えたようにピアノを見詰めていました。
先生は声をはりあげて「席に戻りなさい!」と言っていたけれど、私たちはすっかり怯え切っていてそれどころではありませんでした。
あれは、あの時に見えた影は、いったいなんだったのか。
おかしな事は他にも起こりました。印象的だった事件をお話します。
1つは、ミカちゃんの話です。ミカちゃんというのは、近所の団地に住む小学2年生の女の子です。
ミカちゃんはとくに影送りに夢中になっていました。一日中、時間があれば何度も何度も「い~ち、に~い、さ~ん……」と数をかぞえて影を送る。
家が近所のせいか、ミカちゃんが影おくりをしている声がずっと聞こえていて、耳にはりついて離れないこともあったほどです。
あまりにもずっと聞いているせいで、ミカちゃんがいないのに声が聞こえた気がしたり。それくらいミカちゃんはずっと影送りをしていました。学校で影送りが大流行している最中でも、異常に思えるくらいに。
実はミカちゃんが影送りに夢中だったのは理由があったんです。
ミカちゃんは半年前に、お母さんを癌でなくしていました。
「影送りすると、ママがお手々を繋いでくれるのが見えるんだよ」
ミカちゃんはそう言っていました。
地上の影はミカちゃん一人きりだけれども、空に浮かんだ白い影にはお母さんも一緒にうつるのだそうです。
「今度、ママと一緒に遊園地に行くんだ」
嬉しそうに言うミカちゃんの言葉を、私はあまり深くは考えませんでした。
もう少しよく考えていれば、誰か大人に相談していれば、あの悲劇は防げたんでしょうか。
ミカちゃんはある日、ふいにいなくなって、そうして二度と見つかりませんでした。
あの子は、ミカちゃんは、お母さんと手をつないで、どこかに行ってしまったのか。
今も答えは分からないままです。
もう1つのおかしな事は、影送りで遊んでいる間に気絶してしまう子が出て来たことです。
多分あれは、熱中症だったのではないかと思います。
だって影送りはよく晴れた青空の下でおこなう必要がありました。太陽が照り付ける中で何時間も立っていたから、意識が飛んで倒れてしまったのではないでしょうか。
そうやって、影送りの最中に意識をなくしてしまう子が何人に出て来て、ついに学校側が乗り出してくることになりました。
あの日、全校朝礼で校庭に皆が集められたのは、「今後は影送りをして遊んではいけない」と、そう注意をするためでした。
とても、とても、よく晴れた朝でした。
真っ青な空と、斜め上から差し込んでくる日差しで足元には真っ黒な影が私たちを見上げているかのようで。
朝礼台にたった校長先生は、ちょうど逆光になって見えていました。
そう、だからきっと、あんな恐ろしいことが起こってしまったのだと思います。
校長先生の話が長い、というのはよく話題にあがりますが、私たちの学校の校長先生も話の長い人でした。
「今朝起きたら、13年一緒に過ごしている犬が一緒の布団に入って眠っていた」と、確かそんな風に話がはじまりました。いったい何で愛犬の話が出て来るんだと思いますよね。
校長先生の愛犬は犬にしては珍しく寒がりで、よく布団に入ってくるそうなんです。でもその日の朝はかなり暖かったから、犬が一緒に寝ていたせいで、校長先生は暖かすぎて汗をかいて目が覚めたとか、そんな話でした。
そこから、暑すぎることによっての危険性に繋げたかったのではないかと思います。
でも多くの子供たちにとっては退屈な話です。
朝とはいえ照り付ける日差しで頭がぼおっとなって、話は左から右に抜けていく。
ぼんやりと校長先生の顔を眺めていると、それがだんだんと黒く、黒く、影が濃くなっていくように見えました。
そう、まるで、そこにぬらりっと影法師が立っているかのように、そんな風に見えたんです。
あれは不思議な感覚でした。
みんながじっと校長先生を見詰めていた。
普段なら小声でお喋りをしたり、ふらふらと落ち着きなく立ってている子まで、皆が押し黙ってじっと見詰めていたんです。
そして、あの瞬間。
まるで示し合わせたかのように、いっせいに皆が空を見上げました。
ええ、そうです。
逆光になった校長先生はまるで影法師みたいだった。
だから、影送りをしたんです。
皆で、同時に。
なぜまったく同じタイミングだったのか。全校生徒が一斉に同じ行動をとるなんて不思議ですよね。
でも私たちは皆、空を見上げていた。
青い空には校長先生の形をした白い影が浮かんでいました。
その後のことは、雑然としていてはっきりは覚えていないんです。
誰かが悲鳴をあげて、先生たちが慌てて朝礼台に駆け寄っていって。
私たちは速やかに教室に帰るように言われました。何が起こったのかは分からなかった。
1年生の列から順々に校内に入っていって、私は4年生だったからしばらくは残っていました。そうして、列が動き出すと、朝礼台の下で何人かの先生が集まっているのが見えました。
私は動いていく列の合間から、じっと見ていました。
そこには校長先生が倒れていました。恐らく、朝礼台から落下したのだと思います。
最初、校長先生はうつぶせで倒れているんだと思ったんです。でも、スーツは背中なのに、顔は上を向いていた。
きっと、勢いよく頭から落下して、……首の骨が折れ曲がって、ぐるりっと回ってしまったんです。
ふっと見上げてみると、校長先生の白い影は、いまだに青空に浮かんだままでした。
そしてその影は、じっと恨めし気に私たちを見下ろしているように感じたのです。
こうして書き出してみても、あの時、いったい何が起こったのか、やはりはっきりとは分かりません。
あるいは、一部の記憶は子供だった故に都合よく書き換えられてしまっているのかも知れません。
あれは一体なんだったのだろうか。
結局、答えは見つからないままです。
ただ、私は、あの事件以来、青く澄み渡った空を見ると恐ろしいと感じることがあるのです。
青い空と、足元にぽっかりと穴があいたように落ちる影。あの影をじっと見詰めていたら、影送りをしたら、またあの恐ろしいことが起こるんじゃないか。そんな風に思えて仕方ありません。
長々と書いてしまいましたが、以上が私の経験した不思議な出来事です。
あまり怖い話ではないかもしれませんが、創作の糧になりましたら幸いです。
季節の変わり目ですので、お体には十分気を付けてお過ごしください。