盲目の先
こんばんは喰奴です。
noteの投稿頻度が上がっていますが、資格試験の現実逃避です。
結婚とは?的な内容です。
私の兄に娘が生まれて遂にオジさんになりました。
事実として叔父さんにはなったが、私はオジさんの自覚がないので不思議な気分だ。
20代後半までに結婚する友人が多く、男性の友人と比較して女性の友人の殆どは結婚を済ませた。
今のご時世、独身が不幸、哀れということもないが流石に焦る。
周囲のライフステージの変化と自身の変化のなさに絶望する。
結婚の5段階くらい前のステージから全く進めていない。
結婚の実態が見えてなさすぎる。
金銭面でいくらかかるとかも勿論分からない。
ただ、本質的な不安は結婚相手に対して「知れば知るほど嫌いになる」かもしれないということだ。
私自身、結婚を考えている相手が居る訳ではないので、皮算用で不安になるのは滑稽だ。
ただ、結婚には相当憧れている。
結婚しない人生が想像できない、独身でも幸せと言えるのか?
幸せだと言い聞かせるしかないのか?
独身は孤独ではないのか?
独身者は独身者同士で今現在の関係性を維持できるのか?
老後も一緒にゲームしているのか?
そもそも幸せとは?老いとは?不幸とは?
結婚も分からない、幸せが何かも分からない。
そうなるとこの後の文章が書けないので、結婚を幸せの手段として考える。
先ずは好意の整理から
好きという感情は無知故だと考えてしまう。
ちょっとした負の要素だろうが、「意外な一面」「ギャップ」で処理してしまうのではないか。
交際する前、交際中は「知れば知るほど好きになる」状態と言えると思うし、必要以上に格好つけたり、何でも許したりするだろう。
この行為は真心でなく下心だろう。打算的な優しさだ。
より良い関係になるための当然の行為だ。
ルイズの匂いが良くても汗臭くても彼は満足だっただろう
ルイズコピペ元ネタ
「恋は盲目」はよく言い得ている。言い回しの発明だ。
その年の流行語大賞であったことは想像に難くない。
好意の性質は無知、勘違いから来るものであれば
「知れば知るほど嫌いになる」
という危険性を孕んでいるのではないかとも思う。
結婚は対等な関係であるものかつ、関係性を結ぶものが真心でなく義務であるのならば、盲目で済んでいた事柄が明瞭に見えて、気にならなかったことが気になり、
その積み重ねで喧嘩して、と悪い想像をしてしまう。
好意はあくまで貯金で結婚生活はそれを切り崩していくのだろうか?
一緒にご飯を囲んだり出かけたりする何気ないシーンでも好意は発生するのか?私には分からない。
可愛いお嫁さんも当然老化していくし、自分も老化する。
浮気もしたくなるだろう。
子供に対するストレスもあるだろう。
それでもなお、愛し合うことを誓えるのだろうか?
結婚があまりにも分からない。
そもそも対人のスタンスが間違っているのか?
自身の人間性に問題があるのか?
悩みを消すつもりが分からないことが増えてしまった。
結婚せずとも傍に永く居てくれればそれでいいのだけれど、そうなると結婚が一番手っ取り早いし分かりやすい。
切っ掛けが盲目としても、その先に幸あらんこと。
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