断髪小説 五輪カット
夏のオリンピックが始まる。
ウチの店では前回のオリンピックの時に「五輪応援キャンペーン」として、キワ剃り・顔剃りなしの丸刈りを500円。夏用のクールシャンプーとセットの場合は1,000円で施術した。
しかも丸刈りの長さはアタッチメントなしの0.5ミリで統一。
「五輪」と「五厘刈り」をかけたのだ。
反応はというと、髪を切りに来たのはスポーツをしている中高生と髪の毛があるかどうかもあやしい高齢者がほとんど。まあ普通の人は太陽の光がガンガン照つける真夏に地肌が剥き出しになる髪型に好き好んでするわけがない。
それにこの企画は嫁と2人で店を継ぎ店をリニューアルしたばかりだったから、話題づくりと新規客の掘り起こしのために行なったものだ。
そもそも儲けに繋がらないので客が多いと困る。
しかし今年は何やら違う雰囲気がある。
気の早い常連からは「今年もあのキャンペーンやるの?」と春くらいに質問があった。
どうやら物価が上がって生活費を切り詰めたい客がたくさんいるようだ。
節約のためにウチを利用する人も間隔が空いているなかで、要望に応えたい反面、儲けが少ないことをしてしまうと自分たちの首を締めてしまうことにもなる。
やるかどうか迷ったけど、結局薄利多売の気持ちでこの夏もキャンペーンの開催に踏み切ることにした。
すると常連さんが心配して、客をたくさん呼び込むためにとキャンペーンの前日にローカルテレビ局に掛け合ってくれて取材をしてくれることになった。
急な取材にびっくりしながら対応する俺と嫁。
店の様子を紹介したりやインタビューに応えていると、プロデュースサーから「せっかくだから五厘刈りにしている様子も撮りたい」とリクエストがあった。
だけど突然そう言われてもサクラなど準備をしていない。
すると嫁が「あなたがモデルになればいいのよ」と笑って言った。
嫁は年上で俺はいわゆる婿養子。嫁にそう言われると拒否できない。
仕方なく俺がモデルになって、カメラに撮影されながら嫁に五厘刈りにされた。
Sっ気のある嫁は大喜びでバリカンを動かした。
いやぁ恥ずかしいなぁ…。
今まで坊主になんかしたことのない俺はテレビカメラを前で苦笑いをした。
オリンピックが始まりキャンペーンがスタートした。
「今回も五厘刈りで五輪を応援!がんばれ日本!オリンピック開催中は丸刈り500円!(シャンプー付きは1,000円)」
外から見えるように玄関に大きな貼り紙をした。
すると初日から近所の高齢者たちが待ち構えたように次々来店して、ほぼ全員がワンコインで散髪を済ませていく。
夕方には近所の中学のバスケ部の部員たちが10人くらいワイワイ押し寄せて全員をツルツルの五厘刈りにしてやった。
テレビの影響はすごい。
お客さんがほぼきれない大盛況。しかもほとんどが五厘刈りを注文。
俺と嫁は2人で大忙しだった。
次の日からもテレビを見た新規の客がたくさん押し寄せてきた。
物価高騰の影響もあってか、今年は若い世代や小学生もたくさんいる。
数えてみると最初の3日間だけで100人以上の客を五厘刈りにした。
ここまで客が集まれば大成功と言える。こちらとしてはしてやったりだ。
そして日にちはあっという間に過ぎて、オリンピックも終盤に差しかかった頃。
朝、店を開けいつものように1人で準備をしている時のことだった。
「こんにちは」
まだエアコンの涼しい風が店内に行き届かないくらいの時に、見慣れない女性が店の中に入ってきた。
「はい。なんでしょ」
この暑いのに黒いリクルートファッションに身を包んだ若い女性が店に入ってきた。
大きなカバンを肩に引っ掛け、後ろに引っ詰めて全開になった富士額には玉のように汗が吹き出していてとても暑そうだ。
最初は客じゃなくて生命保険のセールスだと思った。
すると
「あの。貼り紙をみたんですが。カットをお願いできないでしょうか」
「はい。えっ?五厘刈りのですか?」
「ええ。500円でやってくれるというのを見て」
「お姉さん。五厘刈りって知ってます?うちは0.5ミリの坊主でやってるんですよ」
俺は値段に釣られて何も知らないで店に入って来たと思い、説明するが
「はい。ずっと野球をしてたんで知ってます」と彼女は理解をしているようだ。
「本当に大丈夫なの?」
「はい」
そういうと彼女は肩にかけていた大きなカバンを置いて後ろで留めていた髪を解いてさっさと散髪の準備を始めようとしている。
経験上、こんな感じで急に坊主にすると言って来た客は説得をしても言うことを聞いた試しがない。
女性でこんなこと言ってきたのは初めてだけど、きっと彼女も説得しても無駄だ。
俺は彼女からスーツの上着とカバンを受け取って、棚にしまうと散髪椅子に案内した。
彼女は淡々としていて、迷うことなく椅子に座って、目にかかった長い前髪を耳にかき分けながら手を膝に置いた。
俺は首にタオルとクロスを巻いて散髪の準備をする。
たぶん彼女は出勤前じゃなくて朝帰りだ。
今まで仕事をしていたのか、ネカフェにいたのかはわからない。
ただ白いシャツからは洗い立ての香りじゃなくて少し酸っぱい汗の臭いがする。
足元からもパンプスで蒸れた臭いがうっすら漂ってくる。きっとストレスが溜まってるのだろう。嫁がよく言う「ストレス臭」ってやつだ。
俺は後ろの棚で充電している五厘刈り専用のアタッチメントを外したバリカンを手にとってスイッチを入れた。
プゥーーーン
モーターの音と軽い振動が手の中に伝わった。
よし。ちゃんと充電できているな。
確認するとここで一回スイッチを切り、少し緊張した表情で断髪を待つ彼女の横に立った。
一気に五厘刈りにするのだから、霧吹きで髪を濡らして整えたりはしない。
耳にかけていた長い前髪を櫛でとかして前に持ってきた。
顔全体にかからないように、指で両サイドに掻き分けてあげて
「それじゃあ、いきますよ」と声をかけると
「はい」と小さい声で返事があった。
ガバリとサイドに分けた前髪をまくり、バリカンのスイッチをオンにする
プゥーーーンとモーターの音が彼女の耳の近くで響く。
少し怯えた表情になった彼女の額の真ん中に俺はバリカンを潜り入れ、そのまま
ザザザザザザ…… とけたたましい音を響かせながら、彼女の黒髪の海原の真ん中に白い大きな頭皮の溝を作り上げた。
まるでモーゼの十戒のよう。
俺は頭の上に乗っかっている髪を指で摘んで落としながら、刈り終えた部分の3分の1くらいの場所が重なり合うように、右側、左側と交互に二度、三度と続けざまにバリカンを入れて、髪を刈り落としていった。
瞬く間に鏡に映る頭の真ん中だけが白く剥かれていく。
バリカンが通るたびにふんわりとした髪のボリュームが頭から消えてなくなって、丸い頭の形が剥き出しになってくる。
すぐに額から頭頂部にかけての髪がなくなって、落ち武者のような姿に変貌した彼女の姿。一体どんな気持ちなんだろう。
頭頂部に続いて、こめかみ→もみあげ→右の耳の周りと刈っていく。
左手で下に長く垂れた髪を持ち上げてバリカンを潜らせるようにして上に向けて刈っていくと、髪が手の甲をくすぐるように落ちてきて、頭頂部の白い頭とつながっていく。
耳を折りたたみながらサイドの髪をすべて刈り落とすと右半分がくっきり坊主になった。
彼女は最初の一刈り目こそ少し俯いて目を閉じていたが、それからはキッと目を開きながら激変する自らの姿を鏡で確認している。
俺は汗と脂で少し汚れている後ろの髪を首筋から刈るために、下を向いてもらおうと頭を軽く押さえた。
長い時間縛っていてヘアゴムのクセの付いた長い後ろ髪を持ち上げて、うなじからつむじあたりの白い地肌が見えているあたりを目がけてバリカンを滑らせる。
刈り落とされた髪は剥かれた林檎の皮のようにバサバサと背中伝いに床へと落ちていく。
絶壁とまでは言わないが、平べったい後頭部の髪を全て剃り落としたら残りは左半分の髪だけだ。
左手を刈り終えたばかりの頭頂部に添えてバリカンを動かしていく。
黒い髪が残る部分はいよいよ少なくなり、最後に残ったもみあげ周りを刈り終えると、坊主頭の出来上がり。
ここから彼女の頭に剃り残しがないようにバリカンで角度を変えながら頭全体を何度も刈っていく。
柔らかい彼女の頭皮を指で撫でたり少し引っ張ったりしながら念入りにバリカンを入れていく。刈り落とす毛は短くて黒い粉のようでしかない。
とにかく彼女の髪をバリカンの性能の限界まで短く剃り上げてバリカンのスイッチを切った。
固いブラシで頭の上に残っている髪やフケを落としてケープを外すと、白いシャツを着た彼女の姿が現れる。
ケープの髪を払い後ろに畳んでしまう間、彼女は右手で刈り終えたばかりの頭をペタペタと触り心地を確認するように触っている。
「シャンプーしますか?」汗で汚れた頭皮には取りきれない細かい髪やフケもくっついているし、首筋にもたくさん短い髪がへばりついている。
彼女はカットだけと注文したけど、きれいに洗ってあげたい。
「そうですね。やっぱりシャンプーお願いします」
彼女もすっきりしたいようだ。
俺は鏡の下のシャンプー台を開けると彼女を下に向かせるようにして、トニックシャンプーでゴシゴシ頭をこすり洗いしてやった。
背中越しに漂う若い女性の体臭とトニックシャンプーの混じった匂いはとても不思議な感じがする。
洗い終えると、首に巻いてあったタオルで拭き上げたら作業は終了だ。
彼女の頭をタオルで包み込むようにして磨きあげるように拭いていると、ガタンとドアが開いて嫁が店に入って来た。
床に散らばっている大量の髪と真っ白に剃り上げられた若い女性の頭を見て、一瞬ギョッとした表情をしたが、何事もなかった風に「いらっしゃいませ」と言葉をかけてそのまま奥の部屋に入っていった。
「はい。お疲れ様でしたー」
最後に鏡を使って彼女に後ろ姿を見せてあげた。
見せたところでこれ以上できないほど短く刈り込んでいるから修正を求められても不可能。
彼女は仕上がりというより結果を受け止めるようにじっと鏡を見つめた後、何か悟ったようにコクリと頷いた。
ついさっきまで頭を覆っていたはずの髪がすべてなくなった彼女。
手首にさっきまで髪を束ねていたヘアゴムが巻いてあるがもう用無しだ。
椅子の周りにはまだ大量の髪が散らばっている。
椅子から立ち上がると彼女はびっくりした様子で床に散らかった髪を見ていたけど、ちょっと苦笑いをするとあとは振り返らずにレジへと向かった。
彼女は俺から上着とカバンを受け取ると真新しい1000円札を渡して、足早に店を出ようとする。
驚いたことに帽子も用意していないようで、0.5ミリに刈ったばかりの頭を剥き出しにして、強い日差しの外に出ようとする彼女に思わず
「大丈夫?タオル貸そうか?急激に日焼けすると頭の皮が剥けちゃうよ」と声をかけてしまった
坊主頭の彼女は振り返ると少し笑いながら「ありがとうございます。大丈夫です」と頭を下げて歩いて駅のある方向に歩いていった。
彼女を見送り店に入るとエプロンを着けた嫁が、椅子の周りに散乱している彼女の髪を掃き集めていた。
「ちょっとー。びっくりしたわよ。大丈夫?」
嫁は少し心配している。
「大丈夫だよ。やるまでに何度も確認したし、今の時代は女だって坊主にしてるだろ」と軽く返した。
すると嫁が
「そうねぇ。いろいろリセットできて気持ちいいかも」と言ってきたから
「やってみる?けっこう気持ちいいよ」と言ってやったら
「うーん。そうねぇ。やってみようかな」と言ってきた。
えっ?
坊主頭の嫁を想像したらものすごく興奮してきた。
「そう。じゃあ、どうぞどうぞ」
俺は嫁の気が変わらないうちにとばかりにモップとチリトリを取り上げて散髪椅子に座らせる。
「えっ?ウソ?今からなの?やだ、やだ…」
ドギマギしている嫁の首に急いでケープを巻き、バレッタで留めている髪を解くとさっき使ったばかりのバリカンのスイッチを入れる。
ビィーーーーン
おととい明るいブラウンに染めたばかりのセミロングの嫁の髪。
遠慮なく額の真ん中から俺はアタッチメントなしバリカンを入れた。
「いやーーーー」
いつも偉そうにしている嫁が断末魔のような叫び声をあげた。
バリカンが通った後の彼女の頭の真ん中に白い地肌の溝がくっきりとできている。
俺は一旦バリカンのスイッチを切って剃り上げたばかりの地肌を指で触りながら
「しょうがないよ。もう」と笑って言った。
「もー。わかってるわよ。早く全部やってよー」
嫁は負けずに俺に命令をしてきた。
「あっそっ」
俺は何食わぬ顔をしながら再びバリカンのスイッチを入れる。
ザザザザ… ザザザザ…
髪が刈られるたびに嫁は弱気な表情になっていく。
俺は最高の快感を感じながらバリカンを動かすのだった。
(お礼)
みなさんのおかげで25万PVに到達しました。
ありがとうございます。
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時期が少し早いですが、オリンピックにちなんだ作品をお楽しみください。
次回は7月下旬〜8月上旬に公開します。
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