断髪小説 夏休み パターン②(20世紀の情景)

子どもの頃、悪いことをした罰として散髪されたことはありますか?
私は経験がありませんが、ひと昔前は悪いことをして髪を短くされる子がいました。
お調子もので生意気な子がみっともない髪型でしょんぼりと登校してきます。
でも2、3日もすれば元気になるんですけどね。ただ短く切られた髪は数日では戻りません。当分の間は後悔を味わう、今日はそんな話です。

※途中までは前回投稿の「夏休みの朝 パターン①」と同じです。
 主人公の運命はどこで変化するでしょうか。お楽しみに。


🎵〜 
大きなラジカセのスピーカーから賑やかな音楽が消えた
「はい。みんなよく頑張りました。一年生から一列に並んでください」
町内会の会長が、集まっている子どもたちに声をかけた。

今日で大体夏休みの折り返し。朝のラジオ体操も終わりだ。
これで早起きをしなきゃいけない日々が終わる。
うれしいな。明日から朝寝坊できるぞー。
首にかけたカードにハンコを押してもらいママたちから参加賞の文房具セットをもらう。

今朝は賞品を配るためにママたちもラジオ体操に来ている。
ママたちはおしゃべりが大好きだ。
賞品を配り終えた後も片付けをしながらペチャクチャとおしゃべりを続けている。
私たちはしばらくおしゃべりが終わるのを待つしかない。
片付けが終わりママたちがやっとこっちにやってきた。

「お待たせ」
ママたちは一応私たちに謝るけれど反省は感じない。
身体も動かしたし、汗もかいている私たちにヒカルのママが
「アイちゃん今日も暑いわねー。だけど今日もプールがあるでしょ。子どもが羨ましいわー」と声をかけてきた。

活発なヒカルはともかく、私は水泳が得意じゃないし、家で涼んでゲームをしている方が好きだ。
だけど一応「そうですね」と返事をする。
6年生になるとそれくらいの愛想は身につけているのだ。
ヒカルのママは私たちの前で「ヒカル。今日こそご飯食べたら散髪するからね」と何やら怒っている。
「えーイヤだ。」ヒカルは口答えするけど
「何言ってるの。こんなに暑いのに。言うこと聞かないなら坊主にしちゃうよ」とおばさんは本気とも冗談とも受け取れる厳しいことを言っている。

ヒカルはきょうだいが多くて家で散髪をしている。
髪型はいつもヘルメットをかぶったような坊ちゃん刈りにされている。
ダサい髪型だけど、田舎では珍しくない。
家で散髪をしている子は他にもたくさんいて同じような髪型の子もたくさんいる。
むしろ私のように肩の下まで髪を伸ばしている子の方が少なかったかもしれない。
特にプールがある夏はそうだ。
ヒカルはいつも「アイちゃんはいいなぁ髪を伸ばせて」って私を羨んでいる。

かわいそうだなと思っていると、おばさんが突然私に
「そうだアイちゃんも散髪してあげようか?」と言ってきた。
「えっ」胸がドキっとした。
「今も汗いっぱいかいてるし暑いんでしょ?プールの時も髪が長いと乾かすのもめんどくさいし。ヒカルと一緒に短くしてあげるわよ。」
「そんな…いや。い、いいです」
ヒカルのような髪型になるのはイヤだ。

「どうしてよ。さっぱりするわよー」
おばさんはしつこく私に言い寄ってきた。
私はママに「断って!」とお願いするように目配せをした。

だけどママは
「あら。本当に切ってくれるの?助かるわー。この子いくら言っても逃げ回って髪を伸ばしたままにしているから困ってたの。お願いできる?」

ガーーーン

ママたちはまたぺちゃくちゃおしゃべりを始めた。
断ってもらえるような雰囲気はない。ヒカルが「アイちゃん本当にいいの?」と申し訳なさそうに聞いてきた。
「イヤに決まってるじゃん!」と思わず八つ当たりをしてしまった。
「プールの前に切ってあげるから9時になったら準備してウチにおいで。」とヒカルのママが私に言った。

( 最悪だよーー )
家に帰って朝ごはんを食べた。
いつもは美味しく食べられるジャムをつけた食パンも味がしない。
(髪が切られるまであと1時間…)
時計を見るたびに胸がドキドキして落ち着かない。
私はいつものように鏡台の前で髪を三つ編みにした。
二つにしたおさげ髪は胸元まで届くくらい長い。

ママがやって来て「今から散髪するのに、三つ編みなんかにしてたら時間がかかるじゃないの。なんで手間のかかることをするのよ。ほどいておきなさい」って言われたけど無視をした。
なんとか髪を切るのを避けられないかな。中学生になったら校則で髪を切らなきゃいけないのはわかっているけど、今日髪を切るのは嫌だし、ヒカルのママに切られるなんてもっとイヤだ。

時計の針は9時をまわった。
ママが「いつまでグズグズしてるの。約束しているんだから早く行きなさい」と怒ったので仕方なくプールバックを持って家を出た。

ミーンミーン
家の前でセミが鳴いている。
ママが「私も一緒に行こうかな」と着いてこようとしたから「絶対に来ないで」と怒って一人で家を出てきた。
ああ。嫌だなぁ…。髪を切らないでいい方法がないかなぁ…って、トボトボ歩いていると、同級生のリクのママから声をかけられた。

「あれ?今日って6年生のプールは10時半からじゃなかったかしら。アイちゃん早くない?」
「まあ。はい。家にいても暇なんで」
適当なことを言って誤魔化す私。
リクのママはお調子ものだ。髪を切るなんて言ったら、ついてくるかもしれない。

「でもまだプールの時間までだいぶあるよー。暑いのに外で待ってたらバテちゃうよ。ウチによってスイカでも食べていきなよ?」

(しめた!このままリクの家にいれば散髪しなくてもいい)

私はお言葉に甘えて、リクの家の中に入りこんでスイカを食べたり、ゲームをしてプールの始まる時間まで避難した。

10時半になったからプールに行くとヘルメットのような髪型にされたヒカルがいた。
いつものように横と後ろの頭は青々と刈り上げられている。
やっぱりあんな髪型になんかされたくない。逃げて本当によかった。

「アイちゃん。今日来なかったね。どこ行ってたの」と聞いてきたから
「リクのママがウチに寄りなって言って家で遊んでたら、いつのまにか時間が過ぎちゃった」
「へーそうなんだ。アイちゃんのお母さんが来て『逃げた』って言ってすごく怒ってたよ。大丈夫なの?」
「そうなんだ。たぶん大丈夫だと思うけど」

プールが終わった。
服を着替えて髪を拭いて二つ結びにする。
この大事な髪を切られてたまるか。
あさっては盆踊り大会だ。ヒカルのような髪型にされたら浴衣も似合わない。

帰り道にいろいろ考えた。
さっきヒカルには「大丈夫」って言ったけど、ママは怒るとすごく怖い。
散髪をしないで逃げた怒りをどう鎮めるかは考えなきゃいけない。
お手伝いをすすんでしたり、宿題も真面目にやって機嫌を取るしかない。
とりあえず今日は昼ごはんを食べたらすぐに誰かの家に遊びに行って避難しよう。
ヒカルの家に行くと散髪してもらって来なさいって言われるから、サトミと遊ぶ約束をした。

だけど…。
家に着くと庭でママとヒカルのママがおしゃべりをしている。
イヤな予感がする。
( もしかして、散髪するのあきらめてないのかな。)
ヒカルの家に連れて行かれて散髪されるかもしれない。
私は走って家に入ろうとした。

「待ちなさい」

ママが大きな声で私を怒鳴りつけて、グッと肩を掴んだ。
「アイっ!散髪に行かないでどこ行ってたのよ。」
「リクの家」
「はぁっ?あんた約束破って何してるの?誘拐でもされたんじゃないかって心配したじゃないのよ」
「だって髪切るのイヤだし」
「はぁ?ふざけるな」
「ふざけてないわよ。ヒカルのママなんかに散髪されるなんて私絶対にイヤだし」
「ふーん。そうなんだ。ヒカルのママじゃイヤなんだ」
「当たり前よ。絶対にイヤ。ヒカルみたいな変な髪型には絶対にしたくない」

ママはもっと怒った。
「あんた本当に失礼な子だねー。そう、わかったわ。それならママがこれから散髪してあげるから、さっさとここに座りなさい」

ママが庭の方を指差した。
そこには台所から持ってきた椅子が置いてある。

( ウソー)

「イヤよ。ご飯食べたらすぐにサトミと遊ぶ約束してるから」
「ダメ。サトミちゃんの家には後で電話しとくからいいの。今日は絶対に逃がさないわよ」
ママは今までで最高に怒っている。

「アイはイヤなことだあったらすぐ逃げるもんね。その癖はもうやめないといけないわ。それに大人を騙したらどんなにひどい目に遭うかも思い知ってもらわなきゃいけない。とにかく今日は絶対に許さないから早く座りなさい」

プールバックを取り上げられると、腕を掴まれてイスの置いてある場所まで連れていかれた。
家の前に止めてあった自転車のカゴには、小さいときに使っていた散髪道具のほかに、見慣れぬ箱から出された白い道具が置いてあった。
ヒカルのママに借りたのだろう。電池で動くバリカンだ。

ママはまだ乾ききっていない髪を持ち上げて、水色の古いケープをキツく首に巻きつけた。
「ちょっと苦しいよ」と言ったけど、ママは無視して自転車のカゴに入った道具を取りに行く。

これ以上抵抗しても状況は悪くなるだけだから、諦めて椅子に座って大人しく散髪されるのを受け入れることにする。ノースリーブの肩にゴワゴワしたビニールの感触も気持ちが悪い。
もうお昼。太陽が真上に昇って、容赦なく頭の上に照り付けてくる。

ママはハサミを持ちながら二つ結びにしている髪の束の一つを掴んだ。

「これ全部切っちゃうから覚悟して」
ママは根本近くにハサミを当てて髪を切ろうとしている。
( イヤだ。いきなりそんなに短くされたくないよ。)

「えっそんなに短くしn…」

声を出そうとしたけど、拒否する権利なんか与えられない。

ザクザクザク…ザクザザク…。

あっけなく左の髪を切り取られてしまった。

「はい。これ」

ママが私に髪の束を手渡してきた。
一瞬戸惑ったけど、この手触りはさっきプールから出て結んだ時と一緒。間違いなく私の髪だ。

「あー」

絶叫する私を無視してママはもう一つ残った髪を握って粛々と切っていく。

ザクザク…ザクザク…ザクザク…
さっきよりも小気味よく髪が切られて、2つ目の髪束が手渡された。

( 終わったぁ…)

生まれて初めてショートカットにされた。
中学の間は髪が肩についちゃいけない校則だ。あと3年ちょっとは髪が伸ばせない。
髪の束を膝に載せて、ちんちくりんになった首筋の髪を撫でてみる。ここまで短く切られたら、最後はヒカルのような刈り上げ頭にされるんだろうなぁ…。

ガッカリしながらしばらくママを待つ。
ママは自転車のカゴからバリカンを取り出して、ヒカルのママと話をしている。
「このアタッチメントを付け替えながら刈っていけば、トラガリにはならないんでしょ」
「そうだけどそんなに短くして本当にアイちゃん大丈夫なの?」
「大丈夫よ。アイを懲らしめなきゃ気が済まないし、2学期になるまでには少しは髪も伸びるわ」
「いや。本当にやめといた方がいいわよー。アイちゃんかわいそうよ」

ヒカルのママが必死で止めているけど、ママは一体どうするつもりだろうか。
イヤな予感がする。逃げたい気持ちになってきた。

ママが大きな青いアタッチメントをカチャカチャとバリカンに取り付けてやってきた。
「ママ。私の髪をどうするつもりなの?」心配だから聞くと
「心配しなくていいわよ。これでガーっとやっちゃえばキレイに長さが揃うから」
何も答えになっていない。

バリカンのスイッチがオンになる。
初めて聞くブーンというモーターの音が怖くてたまらない。
ママは私の髪を手ぐしで何度か撫でた後、前髪をガバッと捲りあげた。

(えっウソ)

「アイちゃん。大人をだました罰はちゃんと受けてもらうわよ。丸坊主にはしないけど、その髪全部2センチに切っちゃうから覚悟しなさい」

「ウソ。イヤーーー」

私はママの手を止めるために必死に暴れようとしたけど、ママは左手で私を頭の上から押さえつけて、乱暴におでこからバリカンを入れた

ガリガリガリガリ…

頭の上から聞いたこともない髪が刈られる音と、髪が引っ張られながら切られていく感触がした。
おでこから頭の上に進んだバリカンが一旦頭から離れると、ボトボトと髪が落ちてきた。
再びおでこから頭の上へと進んでいく。

私は
「ダメーーーー」と言いながら、ママの手を振り払ってカットを中止させた。

もうケープに付いているヘアキャッチの中にはたくさん髪が落ちている。
ママが「なんで止めるのよ。動いたら危ないでしょ」と大声で言い返してきた。
「だってそんなに髪を短くされるの嫌なんだもん。やめてよ」
「そんなこと言ってももう遅いよ」
ママは私のプールバックから鏡を取り出して私に持たせた。
「これで今のあんたの髪を見てみなよ」

私は鏡を覗きこんだ。
「なんで?前髪がなくなってるよぉ」
前髪がない。しかも頭の真ん中の髪もすごく短くされている。

「もうアイは髪を短くするしかないの。じっとしていないともっと短くなっちゃうわよ」
ママはイライラしながら私の頭をまた刈り始めたけど、怒りたいのは私のほうだ。

ガリガリガリガリ…ガリガリガリガリ…

何回も何回も私の頭がバリカンで刈られて、そのたびにボトボトと髪が頭から離れ落ちてケープに溜まっていく。

少し離れた場所でヒカルのママが私を気の毒そうに見ている。
ママに髪を切られるよりも、言いつけを守ってヒカルのママに散髪してもらっていた方がよかったかもしれない。

数分にわたって頭全体がバリカンで刈られて、ようやくひと段落した。
ママがアタッチメントを交換している間に、私の頭がどうなってしまったのか鏡を覗きこんで見た。

(やっぱり丸坊主じゃないかーーー)

絶望した。ママは丸坊主にはしないって言っていたけど前髪がないし伸びかけの丸坊主みたいな頭にされている。
今まで高学年で一番髪が長かったのに、2センチしか髪がないなんて学校の女子で一番短くされた。絶対にみんなからからかわれる…。

そこからママはさらに耳の周りや首の後ろの髪をバリカンやハサミで切っていく。
「これ以上短くしないで」って何度もママにお願いしたけど、ママは言うことを聞いてくれない。
徹底的に刈り上げられて、最後には耳の周りの髪がなくなって白く見えるくらい短くされてしまった。
仕上げに頭全体にすきバサミがザクザク入っていく。

結局さっきの髪型よりはマシになったけど、イガグリのように髪が立ち上がった短いスポーツ刈りにされてしまった。

やっとケープが外された。
ヘアキャッチにはあふれるほど髪が溜まっている。
右手で頭を触ってみた。
2センチにされた前髪やトップの髪はツンツンだし、刈り上げられた後ろ頭はザラザラとしてて変な感じがする。
長かった髪がいっぺんになくなっちゃってどうしていいかわからない。

ヒカルのママが私に
「やっぱり私が散髪してあげた方が良かったね」と気の毒そうに言ってきた。
本当にその通りだ。怒りに任せたママの散髪は似合う似合わないなんか考えてなくって、単なる罰でしかなかった。

「ここを片付けてからご飯にするから、お風呂で頭を洗ってきなさい。サトミちゃんと遊ぶ約束してるんでしょ。」
もう遊びになんか行きたくもないけど、ママはきっと許してくれないだろう。
お風呂でシャワーを浴びてからバスタオルで頭を拭くと、今までと違ってすぐに乾いてしまいびっくりした。
それにしてもこんな頭じゃ何を着ていいのかわからない。
ワンピースなんて絶対変だと思う。

昼ごはんを食べてサトミの家に遊びに行った。
サトミは私の激変ぶりを見て目を丸くして驚いていた。本当に恥ずかしい。
楽しいはずの夏が暗転した。
もう夏休みが終わってほしい気持ちと、2学期になってほしくない気持ちが入り混じっている。
とにかく早く髪が伸びてほしい。今の願いはそれだけだ。

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