断髪小説 万バズ 〜マーヤの悲劇〜
私は売れない地下アイドル。愛称はマーヤ。
コロナ明けから、ライブ活動を本格的に再開したが客入りは悪い。
外国人観光客向けに曲目を工夫したり、コスチュームを派手にしたり動画配信もやっているけど、大手事務所も同じようなことをしている中では埋没してしまう。
動画配信でもいろんな企画を実行したが、どれもいまいちの結果。
このままでは…という危機意識のなかで、私はある企画を実行することに行き着いた。
「断髪企画」
私は初音ミクに憧れて高校生でデビューした。
以来、髪をずっと伸ばしていて、今では太ももの下あたりまで届く超ロングヘア。
大きなリボンを付けたツインテール姿は私のトレードマークになっている。
ただ25歳になってもこの髪型には少々「キツさ」を感じている。
そのうえバイトをしながらアイドル活動を続けていると、さすがにこの長さはめんどくさいし、ヘアケアにかかる費用もバカにならない。
髪を切るにはいい頃合いかもしれない。
断髪企画がマネジャーのミカさんから発案したものだ。
ミカさんはこれまでも私に「イメチェンしろ」「髪を切れ」と提案してきていたが、私は踏ん切りがつかず断っていた。
だから今回私が二つ返事で引き受けたことにびっくりしていた。
あとは企画を盛り上げる要素だ。
これについてミカさんからスリリングな提案があった。
その内容とは
①YouTubeとX(旧Twitter)で断髪企画を告知
②Xをフォローしてくれた人からの「いいね」×100につき1cm、「リポスト」×100つき1cm「返信コメント」×100につき1cmの髪をカットするルールを知らせる。
③24時間の反応を集計して切る髪の長さを決定
④結果発表と同時に所属事務所の有料ライブ配信で断髪式を実行
ざっとこんな流れである。
バズったらどうしようと心配になったが、ミカさんは「今のマーヤのXのフォロワーってせいぜい2000ちょっとでしょ?フォロワーさん全員がいいねとリツイートと返信が来たとしても60センチじゃない?マーヤの髪は120センチくらいあるんだから、ちょうど胸あたりの長さになるんだから丁度いい感じになるでしょ?」とそっけない。
「でも、もしこバズりまくって大変なことになったらどうするの?」ってさらに聞いたけど、「バズりまくったらむしろ儲けものじゃないのよ。例え坊主になったとしても確実にそれは話題になるんだし。おいしいでしょ?」と無責任な言い方をしてきた。
私は「そんなひどいですよー。じゃあ万が一、坊主にしなきゃならなくなったらミカさんも道連れにするように社長に言っておきますからね」と強めの口調で言い返した。
その時ミカさんはものすごく驚いた表情をしたが、どうせそんなことないと高をくくっているのか「そこまでのことが起きたら、私も責任を取らなきゃいけないし。企画を社長に通す時に私からもいっしょに坊主になるって言っとくわ」と言い切った。
だけどなんの安心にもならない。
そして準備は着々と進んで…
GWの直前の金曜日の午後9時
【緊急企画】
『もしバズったら私はバズカット?みんなで決めるマーヤの新ヘアスタイル』の動画が公式チャンネルの配信とXに投稿した。
配信終了から約30分…
Xの通知が止まらない。スマホを見ると通知が次々と届いてくる。
(やばいやばいやばいやばい…)
あっという間にいいね❤️が1000を突破し、新規フォローの通知も続々と増えている。動画のリンクを貼ってリポストしている人もたくさんいるみたいで、YouTubeの再生数もチャンネル登録者もぐんぐん増えている。
こんなこと初めてだ。髪どうなっちゃうのよ?と心配になっている私の隣で私以上に青ざめているミカさん。
怖いから通知をオフにしてアパートに帰った。
事務所を出る時、ミカさんから「明日は夕方7時に来て打ち合わせしてから10時から結果発表と断髪式だからね」と、収録場所の地図がLINEに送られた。
不安でたまらない。
アパートに戻ると気持ちを落ち着けるために、久しぶりに湯船にお湯を溜めてゆっくりお風呂に入ることにした。
だけどXが今どうなっているのか気になって仕方がない。
「祭り状態」になっていたらどうしよう。私の髪がホントに無くなっちゃうよー。
土曜日の午前1時30分
ドライヤーで髪を乾かしながらたまらなくなってスマホを手に取った。
LINEの通知を見ると、無謀な企画を知った友人からたくさんメッセージが届いている。「マーヤの髪大丈夫なの?」「ショートのマーヤを見てみたい」「いいね+リポスト+返信全部やったよ笑」など…。短時間でここまでメッセージが届くのは久々だ。
(一体Xはどうなってるの?)
たまらなくなって私はXを開けてみた。
すると…
(ああ…こりゃ終わったかもしれん…)
3時間ちょっとの時間なのにめちゃくちゃフォロワーが増えている。
フォロワー数はなんと5587人!3000人以上もフォローする人が増えていて、画面を開けている間にも、いいねやフォローしましたの通知がどんどん流れてくる。
配信した動画を見ると閲覧数も伸びていてチャンネル登録者数も激増している。
まずい。このままいくと本当に髪が無くなっちゃうんじゃないか?
イヤだーやっぱり髪を切りたくたないよー。
私は恐怖と不安に苛まれながら一夜を過ごした。
翌朝午前11時
いつ眠りについたか覚えていないが、目が覚めるともうこんな時間。
一体、私のXはどうなっているのか?
恐る恐るスマホを手に取ると…
(あー本当に終わったわ…)
「万バズ状態」である。
フォロワーは9,000人を超えていて、いいねとリポストは軽く1万を超えていた。
ルールでは、5,000づついいねとリポストと返信があれば150センチ断髪しないといけない計算だ。
これは詰んだ。バズカットどころかスキンヘッド確実だ。
Xの返信欄には新規フォロワーからすでに「祝㊗️マーヤさんスキンヘッド決定!」「ツルツル坊主アイドル爆誕!」などの訳のわからないコメントやご丁寧に坊主頭のコラ画像まで溢れ返っている。
悪い夢なら覚めてほしいけども現実だ。
ミカさんからはLINEで謝罪と許しを乞う文面と共に、撮影には必ず来るようにとのお達しが届いていたけど既読スルーをしておいた。
この髪の命もあと半日。
私は長い髪との突然の別れを惜しみ、部屋でいろんな髪型をして自撮りをしたあと、念入りにシャンプーとブローをした。
夕方になり、断髪式が行われる会場に向かうことにするのだが、今日は髪を束ねず颯爽と髪を靡かせて歩いた。
駅や道ですれ違う人たちが私の後ろ姿を目で追っているのがわかる。
私が現役のアイドルだと知る人はほとんどいないはずだけど、それなりの見た目だし、膝近くまで髪を伸ばしていれば振り返るのも当たり前だろう。
途中、安物のショートボブのウィッグを購入した。
ちゃんとしたのは事務所の経費で後で買うつもりだが、今日の撮影が終わってスキンヘッドのまま帰る勇気はないからだ。
午後7時
足取りは重かったが約束の時間に撮影会場についた。
会場ではすでに散髪用の椅子と撮影用のカメラが持ち込まれ、中年の理容師さんが来ていた。
だけどミカさんが見当たらない。いつも撮影準備を取り仕切っているはずなのに声もしない。どうしたんだろうと思っていると、私の後ろからガチャリとドアを開けて誰か入ってきた。
ミカさんだ。
だけど、いつものテンションではなく、どんよりした表情をしていて話かけづらい雰囲気だ。
それもそのはずで、ミカさんは誰かから借りたメジャーリーグの帽子を被っているが、ブカブカで髪がある感じがしない。
どうやら私が来る前にカメラの位置やアングルを確かめるべく、ミカさんで断髪のリハーサルをしたらしい。
確かに絶対に失敗が許されない一世一代のイベントだし、私を巻き込んだ責任も取らなきゃいけなかったんだろうが、ミカさんもまさか今日髪を切らなきゃいけないだなんて考えてもなかっただろう。
ミカさんが私に近づいておもむろに帽子を取った。
彼女の頭は思った通りツルツルのスキンヘッドだ。
「これでマーヤも文句ないでしょ?」
剃りたてのスキンヘッドを見せつけると、少し悔しそうな口調で私に話しかけてくる。
ヤバいもう絶対に逃げられない。
結婚願望の強いミカさんは最近年下のイケメンと付き合い始めたばかりだった。
今日も撮影が終わったらデートに行く予定だったのかもしれない。スキンヘッドに似合わないワンピースを着ている。
ミカさんは開き直ったのか、それからは帽子を被ることなく、テキパキと現場に指示を出しながら動き回っていた。
スタッフとの打ち合わせは淡々と進んだ。
いつも撮影に顔を出さない社長もなぜかここに来ていて「いいか。とにかく泣いちゃダメだぞ」としきりに私に言ってきた。
スキンヘッドのアイドルの商品価値は未知数だが、現状よりはマシだと考えて了承したんだろう。
ただ何かとコンプラにうるさい世の中なので、あまり泣かれると強制されて髪を剃り落としたんじゃないかって変な噂が広がるのを恐れているみたいだ。
それから衣装を着て、最後のヘアメイクが終わって
午後10時
ライブ配信がスタートした。
私はいつものようにエメラルドグリーンのステージ衣装とロングヘアを高めの位置でリボン付きのツインテールにしてトークを始めた。
「はい。今夜は記念すべきマーヤの断髪式をご視聴していただきありがとうございます。視聴者さんの数すごいですね。こんなの初めてです。そんなにツルツル頭の私が見たいですかー? あっスパチャ早速ありがとうございます。 そうです。マーヤは今回身体張ってます。この長い髪をこれからぜーんぶ剃っちゃうんですよ。 どんどんスパチャで応援してくださいねー。タダ見は厳禁ですよー」と正面にあるモニターを見ながら、おどけてトークをした。
「そして、今回実は私の他にマネジャーのミカ先輩がですね。私といっしょに、はい。リハーサルで頭をツルツルに剃っちゃいましたー。パチパチ👏」
ミカさんは恥ずかしそうに青白いスキンヘッド姿をカメラの前に晒しながら、無言で会釈をして笑顔で両手を振った。
実はミカさんは以前この事務所の地下アイドルとして活躍していた過去がある。
コメント欄には
「ミカさんってもしかしてあのカミヤミカ?」
「あーメイクとか髪型違うけど絶対そうだー。やっぱりきれいだもん」
「ウソ、マネジャーも丸坊主って…エグいわー」
歓迎と興奮のコメントがさらに溢れかえっている。
「そして。今日、マーヤの髪を切ってくれるのは。フルハシさんでーす」
中年の冴えない感じのおじさんが私の横でペコリとあいさつをした。
フルハシさんはスタッフの知り合いで突然今日の仕事を頼まれたそうだ。
「それではこれからマーヤはツルツルのスキンヘッドになりまーす」と言って横にある丸い座面の回転する椅子に座った。
座ると足が付く低い椅子だから、左右に分けたツインテールは床に付きそうだ。
おじさんは無口で私の首にタオルを巻き、その上から大きな白いケープを被せた。
「えーこれ髪がなくなったら本当にテルテル坊主みたいな姿になっちゃうかもー」
ケープの下で手をパタパタさせながら、ふざけてみせたが内心はヤバい。
頭がボーッとするくらい緊張して喉がカラカラだ。
おじさんは着々と近くで散髪の準備をしているが、ここに来て私はやっぱり決意が鈍っている。
(やっぱり髪を切っちゃうのイヤだよー)
カメラの位置を座った顔の高さに合わせてくれたばかりなのに、私はおもむろに
「えーここで私の最後の長い髪の姿を見てください」とケープを巻いたまま立ち上がり、前・横・後ろと見せながらポーズを取っていく。
(あー時間をかけようとしてもやっぱり限界がある)
ぐるりと一回転したら、もう他にやることがなくなって逃げられなくなってしまった。観念して椅子に座って
「はー。ちょっと緊張して胸がドキドキしてきました。これからあっという間にこの髪がなくなるって考えると、やっぱり淋しいっていうか。怖いです。ちょっとだけ待ってくださいね」
そう言って何回かカメラの前で深呼吸をして、ケープから手を出してツインテールを持ち上げて労るように優しく頬で撫でた。
ああ。この匂い…家を出る時に付けたいつものコンディショナーの匂いだ。
そんなことをしながら5分以上モジモジしていると、正面にあるモニターに心配するコメントがチラホラ見えてきた。そして心配そうにしている社長と目が合った。
配信が始まって30分が経とうとしている。これ以上時間をかけるといよいよ踏ん切りがつかなくなるしダメみたいだ。
私は髪から手を離してケープの中に入れて、もう一度フーっと深呼吸をすると
「心配させてごめんなさいねー。大丈夫。さあみなさん。いよいよですからねー。応援のスパチャもよろしくお願いしますねー」
そう言っておじさんに目配せすると、おじさんは私の右横に立ち、手に持ったゴツいバリカンのスイッチを入れた。
ヒューーーーン
大きな音が部屋に響くといよいよだとまた緊張する。
ケープの下は蒸れるし緊張もしているから、特に脇の下の汗がすごい。
きっと衣装もビショビショだろうな。照明がいつも以上に眩しく感じる。
怖くて目を瞑りたいが、打ち合わせでなるべく目を瞑らないでって言われてるから、頑張って目を開ける。
おじさんが右側のツインテールのゴムを少し上にずらして緩めた。
バリカンの刃が通りやすくするためだろう。
そして「行きますよ」という声とともに、目の高さで切り揃えていた前髪がガバッとめくられた。
少し手荒れしていてザラザラした手のひらの感触とともに、バリカンの刃先が私の目の前に近づいてきた。
「行きますよー」またおじさんが言った。
「はい」
そう言った瞬間だった。
ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャ…
前髪が目の前に落ちてきたかと思うと、頭の上に金属の平べったい板が音を立てながらスーっと滑っていく感じがした。
目の前のモニターには配信動画だから数秒遅れの私の姿が映っている。
頭の上の感触と視覚の時差に戸惑いを覚えるが、髪の分け目の右側が断ち切られて少し捲れ上がり、前髪がなくなって、白い地肌が見え隠れしている姿が映し出されている。
「あーーーやっちゃったーーー」
わざと大きな声でおどけるように騒ぐけど、もう心臓がバクバクしてヤバい。
おじさんは手を止めず、さらに右側の髪を正面から刈っていく。
ジャジャジャジャジャジャ… ジャジャジャジャジャジャ…
一直線に頭の上の方までバリカンが進むと、髪は徐々に重さに負けて根本が裏返りようにめくれて、そこから白い地肌が露わになる。
「あーーーもう禿げちゃったかもー」
モニターを見て私は思わず叫んだけど、おじさんのバリカンは止まらない。
正面から2度・3度とバリカンが入ると、髪が捲れ上がった状態でだらしなく垂れ下がりはじめ、はっきりと禿げた部分が見えるようになった。おじさんは気を使っているのか、左手で垂れ落ちる髪を支えてくれているが、右半分の前髪と頭頂部あたりの髪はすべて刈られてしまった。
こんな姿を配信しているなんて屈辱すぎる…。
最初は驚きや照れ隠しで苦笑いをしながら叫んでいたけど、もうここからどうリアクションしていいかもわからず無表情で黙り込んでしまった。
おじさんはバリカンのスイッチを止めて、私に椅子を90度回して横を向くように促した。
黙って足を使って椅子を回すと、モニターが視界から外れた。自分の姿が見えなくなる安心とそれ以上の不安の中で、再びバリカンのスイッチが入り、今度はもみあげから上に上にとバリカンが入っていく。
耳の上、耳の後ろとどんどん刈り落とされて、髪を束ねていた位置の髪も刈られてしまうと頭皮に直接風があたる感触がするようになった。
おじさんはまたバリカンのスイッチを切って、後ろに向くように促した。
頭の中央に綺麗に真っ直ぐ分け目を作るのが私のツインテールのこだわりだった。
そのこだわりの分け目に沿って、首筋から真っ直ぐ上へとバリカンが入ったようだ。
ジャジャジャジャジャ…
ジャジャジャジャジャ…
髪がどんどん離れていっていく。離れ落ちた髪が一部にぶら下がる重さを感じながらいると突然プツンという感覚がして一気に頭が軽く、そして髪のある感覚が消えた。
右側のツインテールが完全に頭から離れたようだ。
そこからおじさんは私の髪束を手に持ったまま、右半分の頭全体に何度も何度もバリカンを当てて剃り残しをなくしていく。
ヤバい、ヤバい…
剃り残しがないように何度も右半分の頭だけにバリカンがあたって、おじさんの硬い手のひらの感触が頭皮に伝わり、ひたすらドキドキが止まらない。
バリカンのスイッチが切られ、おじさんに再び正面に向くように促された。
否が応でもここで私は半剃り姿を目にすることになる。
正面を向くとスタッフの顔と共に、大きなモニターに映る私の姿…。
えっ?こんなになっちゃったの?
右半分の髪が見事になくなって禿げちゃった…。きれいに真ん中で分けていたはずの120センチの髪があっという間に右半分だけ1mmになってしまった。
受け止められないほど大きな衝撃。これが私なのか信じられなくて、思わず左右に首を振って確認するが、数秒遅れでモニターに映る半剃り頭の女も同じ動作をする。
一方でモニターのコメント欄はお祭り騒ぎのハイテンションだ。
投げ銭もすごい勢いで舞い込んできている。
だけど私は全然嬉しくないどころか、ひどい屈辱感にまみれている。
もうどうコメントしていいのかわからない。
おじさんは「はい」と私に大きいリボンが付いた黒い蛇のように長いものを渡してきた。
間違いなくそれは数分前まで私の頭にくっついていた髪だ。
毛先は普段から見慣れたものだけど、根本の部分は初めて目の当たりにした。
頭の形そのままに刈られた髪は不揃いだ。
「あーー。切っちゃった。これ。もう絶対にくっつかないよねー」
私は振り絞るように言葉を出しながらケープから手を出して、髪の束を髪があったはずの位置にくっつけようとした。
くっつくわけがないし、ふざけたわけでもない。自分でもよくわからない感情のまま、未練がましい行為を続けている。
それからしばらく視聴者のコメントに受け応えをしたけど、何を言ったのかよく覚えていない。
だけどだんだん感極まり涙が出て止まらなくなってしまった。
あれほど社長に泣くなと言われていたのに、泣くと撮影ができなくなってみんな困るのもわかっているんだけど、ヤバい。もう涙が止まらない。
俯いていると髪がなくなった右半分と、まだ髪がある左半分の重さの違いがはっきりわかる。
結局、撮影は続行不能になってしまい配信ライブはここで中止となった。
それからどれくらい泣いただろうか。ケープを巻いて椅子に座ったままでいた私。
「泣き止んだ?」
ミカさんが声をかけてきた。
「よく頑張ったね。だけどその中途半端な頭どうするのよ」
そうだ。左半分はまだ髪が残った状態は変わらない。
「さっさと残りの撮影を終わらせてスッキリした方がいいわよ」
私はコクリと頷くとメイクをし直してもらう。
撮影再開の準備がすすむ。ここから先の動画は編集をした上でなるべく早く限定配信をすることになった。
午前0時過ぎに撮影再開
「ライブ配信。突然中止して大変申し訳ありませんでした。自分で決めて覚悟して断髪式に臨んだんですが、やっぱり髪とお別れするのが辛くなって大泣きしちゃいました。でももう大丈夫ですよー。それに半分だけ坊主ってこんな状態じゃあ日常生活送ることできないんで。断髪再開しまーす」
私はカメラを前にして左半分に残ったツインテールを解き、最後の別れとばかりに丁寧にブラッシングをした。
そして「すいません。お願いします」とおじさんに明るく声をかけると、
ヒューーーーン
背後から再びバリカンの音が聞こえた。
ジャジャジャジャジャ…
バリカンが額から頭頂部に向けてジャジャジャジャジャ…と音を立てて滑り込んでいった。束ねていない髪はバリカンで刈り落とされるとすぐにドサドサと音を立てて床のブルーシートに滑り落ちていく。
ジャジャジャジャジャ…
ジャジャジャジャジャ…
あきらめの気持ちも大きいけど、右半分の髪を刈り落とした時と違って落ち着いているというか静かに剃髪を受け入れる。
ライブ配信はやっていないから、モニターに自分の姿は映っていないしコメントも来ない。だから今、どんな姿かはよくわからないけれど、さっきと同じように頭頂部の髪がなくなり、もみあげから耳の周りの部分が刈られると、これまであった髪の感触が消え、首から後頭部へとバリカンが入ると首に当たる髪の感触も消えた。
どうやら私の頭はこれで完全に坊主頭になったようだ。
最後に頭全体にゴシゴシと擦るように根こそぎ髪が刈り落とされてバリカンのスイッチが切られた。
ミカさんが私の顔の前に大きな鏡を持ってきて、丸坊主姿の私を見せてくれた。
「やーだ。本当にてるてる坊主みたーい」
青白い地肌が剥き出しの私は正直エロくてグロい。
似合っていないわけではないけど常軌を逸している感が満載だ。
カメラが止められケープを外された。
剃髪の準備を始めている間に床に落ちている髪が拾い集められ、ヘアゴムで束にされて私の膝に置かれた。
「あーこれ全部無くなっちゃったんだねー」
2つの大きな髪の束を膝に置きながらいたわるように左撫でてあげた。
再びカメラが回され仕上げの剃髪が始まる。
シェービングジェルが頭にネチャネチャ、ピチャピチャと嫌な音を立てながら塗りたくられ、T字の剃刀で額から頭頂部へと向かってゾリゾリと剃られていく。
途中何度か剃刀を交換したり、刃に挟まった髪を取りながらゾリゾリ…ゾリゾリ…と頭蓋骨に響くような音と一緒に髪が剃られていく。
バリカンで刈られた時のような衝撃は覚えず、私はおじさんの丁寧な剃髪が終わるのを膝に載せた髪束を撫でながら待つ。
やがて頭を濡れたタオルで拭かれて、肌荒れしないように化粧水が塗られて
「お疲れ様でした」と首からタオルが外された。
私は待ちかねたように立ち上がって、両手で剃り上げられたばかりの頭を確認する。
汗
手のひらの汗の湿り気が頭皮にリアルに伝わる。
「あー変な感触だけど、ちょっとクセになりそうな手触りですー」
照れ隠しのようにカメラに向かって笑うけど、心じゃ泣いている。
だけどもう泣いちゃダメだ。
スキンヘッドになった自分を見せるように立ち上がってぐるりと一回転したり、刈り落とされた2つの髪束を頭にくっつける真似をしたりアピールして、最後に活動の告知をして撮影を終了した。
午前3時過ぎ
帰りはタクシーで送ってもらった。
初めて被るウィッグの毛先が首筋や顔にチクチク当たってむず痒い。
運転手さんにウィッグを被っているのがバレないか心配だったけど、どうやら大丈夫みたいだ。
家に帰って改めて髪のない自分と改めて向き合うことになる。
やっぱり長年慣れ親しんだロングヘアの喪失は辛い。
これまで使ってきたヘアケア用品が目に留まると辛いから、必要ないものはクローゼットの奥に片付けておくことにした。
さて、それから私はスキンヘッドのアイドルとして活動することになった。
キワモノ扱いされやしないか心配だったが、わりと普通に受け入れられていると思う。
知名度も動画配信のフォロワーも増えた。
どうしてもという時はウィッグを被ればいいし、社長のススメもあって当分私はスキンヘッドを維持することになった。
ちなみにミカさんも私に付き合う形でスキンヘッドを続けるらしい。
彼女はインスタを再開したようで、坊主女子の日常を毎日のようにアップしている。
さて、今日は同じ事務所のアイドルのライブにゲスト出演をすることになった。
私のような個性派がいるとステージ上のトークなどにも困らないようだし、キャラも被らないので安心して出演をお願いできるらしい。仕事が増えて何よりだと思っている。
ロングヘア時代の朝の日課はシャンプーと念入りなブローだったが、スキンヘッドの今は電気シェーバーを使った剃髪だ。
億劫がらず毎日シェーバーで頭を剃っている。
今日も鏡を前にバチバチバチ…と言う音が無くなるまで念入りにシェーバーを頭に擦り付ける私。
最近は後ろ頭の剃り残しもなく上手く剃れるようになった。
剃りたての頭を撫でると爽快な気分になる。
さあ今日も頑張ろう
※お約束したPV20万突破のお礼の作品です。
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