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断髪小説 お色直し

カナエの結婚式が始まった。
彼女は医師である父にエスコートをされて会場に入ってきた。
バージンロードをゆっくりと俯きながら歩く。
手には私が作った生花のブーケを持ち、純白のドレスと頭にはシルバーのティアラとレースの髪飾りをつけている。

パイプオルガンの音色が厳かな雰囲気を引き立てるなか、カナエはゆっくり歩いていく。

スポットライトはない
だけど衆目は自ずとカナエに集まる
本当に美しい…
純白のドレスに色白の肌。その対極のように背中を覆う漆黒のロングヘア。
黒髪には天窓から差し込む光が反射してツヤツヤと光の輪が輝いている。

カナエと私は小学生からの付き合いだ。
小中高と私とカナエは一緒にバレーボール部で活躍していた。
長身で美人でヘアスタイルは耳だし刈り上げのベリーショートのカナエは男子からではなく女子からモテモテだった。
カナエが試合でスパイクを決めると応援席から黄色い声援がキャーキャー飛んでいた。

しかし高校3年生になってすぐにカナエはバレーを辞めた。
彼女は医師になる夢があり、そこから勉学に打ち込んでいった。
カナエの髪はそこから伸び放題に伸びていた。
潔い刈り上げスタイルを維持していていつもカッコよかったカナエだが、その後はおしゃれなどには脇目もくれず、卒業までボサボサの頭で勉強して念願の医学部に入学した。

違う大学になりそこからは別々の道を歩いたが、とカナエはちょくちょく会って遊んでいた。
カナエは化粧も覚えてどんどんきれいになっていった。
社会に出ると、美しさにさらに磨きがかかった。
激務の小児科医だから、おしゃれなんてできないよと言っていたけど、内面から滲み出る善意は顔に現れるものだ。
人を寄せ付けないようなキツい美人ではなく、一緒にいると優しい気分になれる雰囲気を身にまとうようになった。

誰からも愛されるカナエは同じ医師の相手と出会い、30歳を前に今日の晴れ舞台を踏んだのだ。

厳かに式が始まった。
誰もが羨むような美男美女のカップルが神父に永遠の誓いをたてている。
後ろの方の席に座って見届けている私。
テレビでは見たことはあったが、こんな場面を経験するのは初めてだ。
この結婚式に私の知り合いはいない。
カナエの招待客は彼女の親戚と病院のスタッフや大学時代の友だち。
高校時代の友人は私1人でポツンと取り残されて感が否めない。

指輪の交換が終わり、カナエと新郎は自然に口づけをした。
あぁ。素敵だなぁ。
口づけを終えてはにかんだ笑顔を見せたカナエと目が合った気がした。
私は「おめでとう」と小さく呟いた。

結婚式が終わって1時間後に披露宴が始まる。

「披露宴に先立ち、新郎新婦のお色直しを致しますが、あらかじめお願いした皆さまにもドレスルームにご同行いただき、お手数ですが手伝いをお願いいたします」

私はこの「お手伝い」に呼ばれていた。
何をするかは全く知らされていない。
たくさんの人が手伝うだなんて大掛かりなセットでも組んでいるのだろうか。
ただ、結構タイトなスケジュールのようだ。
私の他にも女性が5人ほど呼ばれているみたいで、式場を出るとドレスルームに急いだ。

控え室をノックして入ると、カナエはパーティションの向こう側で純白のドレスを脱いでなぜかTシャツと短パンに着替えてやってきた。

(なんで?)

わけがわからない。
控え室にはブルーシートとパイプ椅子が置いてある。
カナエと同じ病院で働く女友だちは、どうやら彼女のやりたいことを知っているようで、ビデオカメラを片手にカナエの撮影をはじめている。

カナエはニコニコ笑いながら椅子に座ると、ヘアメイクの人が艶やかな彼女のロングヘアを手早くコームで梳かし、櫛に持ち帰ると、頭に幾つもの髪束を作り始めた。

(えっ?何してるの?これ?)

メイクさんは手早くカナエの髪を全て根本からゴムで縛ってしまった。

「じゃあ、これからお色直しとヘアドネーションをしまーす。時間がないので皆さん手早くお願いしまーす」

メイクさんにケープを着せられてバリカンを渡されると、カナエは自分でスイッチを入れて前髪のあたりの髪を摘むと潔く、根本近くからジャリジャリジャリ…とあっという間に切ってしまった。

周りのカナエの友人たちは彼女の勇気ある行動に大いに拍手をする。

(ヘアドネーションって言うけどこんなに短くしたら…)
私は胸がバクバクするくらい動揺した。
切り落とした彼女の髪は数センチほどしか残ってなくて、修正がきくような場所でもない

しかしカナエは切り落とした髪をみんなにブラブラと見せつけるようにして、笑いながら拍手に応える。

カナエが「ユカ!次はあなたよ!」って私を呼んだ。
(へっ私?)
いきなり呼ばれて驚いた
みんなが一斉に私の方を振り向く

私はわけもわからないまま、カバンを近くにいた人にとりあえず預かってもらって、カナエの近くに行く。
カナエがは「よろしく」って言いながら私にバリカンを渡してきた。そして
「どこでもいいわ。ゴムで留めてあるところから1センチくらいの場所で切って頂戴」と頼んできた。

(どこでもいいって言われても…)

私は彼女の頭の上を覗き込むようにしながら髪束を見る。
強いLEDのライトが網の目のように覗く白い頭皮をテラテラと妖しく光らせていている。
私はさっき彼女が切り落とした場所の上の髪束を手で摘むと、バリカンのスイッチをカチッとONにした。

プーーーーーン

バリカンからブルブルと小刻みな振動を感じる。
さっきまで気づかなかったけど、振動に驚いてギュッと握ると、少し湿り気を帯びている。
きっとカナエの手汗だ。
明るく振る舞っているけれど、きっとすごい決心と緊張を強いられたのだろう。

恐る恐る、他の髪を切ってしまわないように髪束の根本の部分を摘み上げるように持ち上げてバリカンの刃をカナエの髪に近づける。

プーーーーーン
  ジジジジジジ…

バリカンは鋭利な刃を擦り合わせるとあまりにも呆気なくカナエの髪を切り離し、私の手中に収まった。

ワーーー

またカナエの友だちたちが騒ぎ出す。
カナエの額のあたりの髪が数センチほどに切られて、ヒョコンと立ち上がっている。

カナエが振り向いて手に持っている髪束を渡してほしいと、手を伸ばしてきた。
何十センチあるかわからないほど長い髪束を私は彼女に手渡して、耳元で

「おめでとう。幸せになってね」と囁いた。

「ありがとう。ユカ!」

カナエはそういうと、カメラの方を指さして、私と2ショットの写真を撮った。

すぐに次の人が呼ばれる。
同じことが5回くらい続くと、彼女の頭頂部の髪はだいぶ少なくなってしまい。サイドや後ろの髪がいくつも束ねられたまま残った。

ここからはメイクさんが、次々とカナエの髪束をバリカンで切り離していく。
切り離された髪束はカナエの手の中にどんどん集まり、それは存在感を増していく。
右サイドの耳の上以外の髪束が一つだけ不自然に長く残されて、メイクさんは一度バリカンのスイッチを切った。

右耳の上に長く残された一束の黒髪。バリカンは再びカナエに渡されて

カナエは「ラスト!」と叫びながらあっという間に髪を刈り落としてしまった。

不揃いのベリーショート状態の髪型になったカナエ。
どこか、高校生の時の面影が蘇る。
ボーイッシュなカナエも素敵だ。
彼女は照れながら頭を触り恥ずかしそうに笑って、私と同い年くらいの女友だちにブーケを渡すように大量の黒い髪束を手渡した。

そして、フーッと息を吐いて次の準備をする。
メイクさんは最後にカナエに確認してから再度バリカンのスイッチを入れて、額からバリカンを入れた。

ジジジジジジ…
 ジジジジジジ…

頭の真ん中あたりの髪が剥がし落とされるように失くなり、白い地肌がどんどん剥き出しにされていく。

ジジジジジジ…
 ジジジジジジ…

髪が落ちてくるからなのか、彼女は少し目を瞑ったが、口元は優しく笑っている。

ジジジジジジ…
 ジジジジジジ…

私も知らない新しいカナエが出来上がっていく。
丸くて白くてまるで真珠のような頭の形。
髪がなくてもカナエは気高く、美しい。

仕上げとばかりに白い地肌にシェーバーをあてて、さらにカナエの頭は美しく剃り上げられていく。

ジョジョジョジョ…ジョジョジョジョ…

お色直しの時間は限られている。
美容師さんも少し急ぎながら剃り残しがないよう念入りに仕上げていく。
カナエは少し神妙な顔つきになっていた
仕上がりがどうなるのか心配なのかもしれない

シェーバーの電源がオフにされて、美容師さんが濡れたタオルで彼女の頭をきれいにふきあげた。

剃髪が完了した。ここまで30分くらいしか経っていない。

私たちはカメラ係1人を残して広間で待っていてくださいと退出を促された。

テーブルについてボーっと座っていると、後ろから年配の男性が労を労うかのように、挨拶にきた。カナエのパパだ。

「突然びっくりしたでしょう。今日はいろいろありがとう」と挨拶をしてきたので
私は「こちらこそおめでとうございます」と返事を返した。

そろそろ予定していた時間だ。
ガヤガヤとテーブル間を人が行き交っていたが、着席をして2人の登場を待ち構える。

「お待たせしました。新郎新婦が入場します」とアナウンスがあった。
明るい音楽が会場内に大音量で鳴り響き、照明が再び落とされるとスポットライトがドアにあたる。

ドアが開き2人が入場してくる。

ワーっという悲鳴まじりの大きな声が響き、そのあと通常の拍手の渦が追いかける。

ピンクのドレスに身を包んだカナエ。
先ほどとは違い、漆黒のロングヘアを剃り上げて丸い真珠のようなスキンヘッドに花飾りをくっつけている。

なんと隣を歩くタキシード姿の新郎もカナエとお揃いのスキンヘッドにしている。
スキンヘッドの美男美女の披露宴に会場はなんとも言えない驚きと興奮で包まれた。

カナエは少し恥ずかしそうに、時折イタズラっぽく笑いながら前のテーブルに向かって会釈をしながら歩いていく。
スポットライトだけでなく、各テーブルからはチカチカとスマホの小さなライトが彼女を追いかけてホタルが飛んでいるようだ。

カナエはいろんな人に会釈をしていたが、そのうち大きな花飾りがポトリとカナエの頭から落ちてしまった。
会場内がどよめきと笑い声で一瞬ワッとなったが、私は笑っていいのかわからない。

驚いて照れくさそうに笑って花飾りを頭にくっつけ直そうとするカナエだが、無理みたいだ。
あきらめて手に持ちまた歩き始める。

改めてステージに上がり参加者に深々と頭を下げた後、新郎と背筋を伸ばして立つカナエ。
花飾りをメイクの人に付け直してもらって披露宴が始まった。
たくさんの人が2人の写真をカシャカシャ撮っているが、私は椅子に座ったまま遠くで彼女を眺めている。

カナエは病気とたたかう子どもたちを励まし、これまで伸ばしてきた髪を役立たせるためにお色直しで髪を剃り上げたことをみんなに伝えた。

割れるような拍手が会場を包んだ。

式はまだ続いている。
私はキラキラ輝いているカナエを見ながら自分も幸せになりたいと思った。

(後書き)
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