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断髪小説 プロジェクトリーダーの傷心

「本当に切っちゃっていいのね」
「…はい。お願いします」
これで3度目の確認だ。
それだけおばさんたちが確認するのも当たり前のことを私は頼んでいる。

自分を奮い立たせるために
他人からの評価を変えるために
そしてあの人のことを忘れるために…

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話は先月に遡る。
職場の共有メールによってこれから始まる大きなプロジェクトの人事発表があった。

「次のプロジェクトのリーダーはタキザワスズさんが任命されました」
なんと28歳の私がプロジェクトリーダーに大抜擢されたのだ。

「おめでとう」「頑張りましょう」…

昼休みに私はいろんな人から声をかけられた。
ただ私はいまいち喜べない。
入社6年目という若さで大きな仕事を任されたことは光栄に思うし、ここまで努力した結果だとは思う。
だけど本当に私でよかったのだろうか。
他に相応しい人がいたはずなのに。

そこがどうしても気になってしまう。

社員食堂で食事を終えた時、視線の先にヤマザキさんががいた。
彼は私の2こ上の先輩で、入社以来とてもお世話になっている人。
とても仕事ができる人だし、会社の外からもすごぶる評判がいい。

わからないことや困ったことがあっても必ず助けてくれた。
昨年のプロジェクトで建設現場に行ったときのこと。
工期ギリギリで職人さんもイライラしていたのかもしれないが、私は伝達ミスをして大声で怒鳴られたことがあった。

「あんたたちのように冷房の効いた部屋で話だけしてるのとは違う。こっちは命がかかってるんだ」と親方たちはヘソを曲げて、責任者から謝罪があるまで仕事をしないと言われ、困り果てたことがあった。

そのピンチを救ってくれたのもヤマザキさんだった。
トイレで泣きそうになりながら電話をすると、別の現場からすぐに駆けつけてくれて、誠心誠意の対応をしてくれて丸く納めてくれた。
私の伝達ミスも大事にしないでくれた。

そんなこともあって、私はヤマザキさんこそが今回のプロジェクトのリーダーに相応しいと思っていた。

ヤマザキさんとすれ違いざま目が合った。
いつもはあっちから声をかけてくれるのに、不自然に視線を逸らして別の方向にスタスタと歩いて行った。

「あっ…」

確実に避けられている感じがした。
なぜだろう?その時は理由がわからなかった。

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1週間後
来月から始動するプロジェクトに向けて準備を進めるなか、ショッキングなニュースが耳に入ってきた。
なんとヤマザキさんが会社を辞めるというのだ。
すぐにその理由を私は知ることになる。

今回のプロジェクトで私がリーダーになったのは、企業イメージのアップだからというのだ。会社は女性活躍をアピールすべく、私をリーダーに抜擢してファミリー層をターゲットにしたマンションの分譲を成功させたいというのだ。

ただこの情報はあくまでも噂話で本当かどうかはわからない。
だけどヤマザキさんが会社を辞めたのは、今回のプロジェクトでリーダーになれなかったからという噂も同時に流れ込んできた。
他人への気遣いも欠かさないが、向上心も強いヤマザキさんは上司になぜ自分が選ばれなかったのかを聞きにいったらしいのだ。

そして「この会社は実力主義ではない」「結局自分たちの世代は男性が割を食う」など言って嘆いてたとも聞いた。

もう一つ…
ヤマザキさんは密かに私に思いを寄せていたらしく、その私がよりによってリーダーに抜擢されたことが耐えきれなかったらしいという下衆な噂だ。
正直言ってこの噂が流れていることは私もショックだった。
実は私もヤマザキさんに密かに好意を寄せていた。
半年ほど前に仕事帰りに2人だけで飲みに行った時、その一度だけ私は彼にそれとなく言い寄られたことがあった。

自慢ではないが、女っぷりがよく学生時代からたくさんの男性から口説かれてきた私は、つい気のないふりをしてしまった。
本当に好きな人には自分からそのことを言おうと思うからだ。
だけど、タイミングを外してしまい言えなかった。

もうすぐプロジェクトが始動するのに、ヤマザキさんが居なくなったことが心細いし、ひどい喪失感に打ちひしがれた。

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月末の金曜日。
今日は職場の定期健康診断で終わったら有給を取って家に帰っていいことになっている。昼前には健診が終わり病院を出た。
この辺りは以前のプロジェクトでヤマザキさんとよく歩いた場所だ。
馴染みのお店も何軒かある。とりあえず一人で町中華の店に入って昼食を食べた。

さあこれから何をするかな。
一応、会社にも寄れる服装では来ている。会社に戻って残った仕事をやろうか、このままどこかブラブラするか。

ボーっと考えながら駅まで向かっていると、赤白青のサインポールがクルクル回る理容室の前に辿りついた。
ここは理容室ホンダという都会の中に奇跡的に残っている古い佇まいの店で、ヤマザキさんの行きつけの場所。
顔剃りもやっているということで彼が以前私に紹介をしてくれた店だ。
それからというもの私は数ヶ月に1度ここで顔剃りをしている。
顔剃りをするとすごく気持ちがいいし、お化粧のノリが全然違うのだ。

(あっ…そういえばしばらく行ってなかったなぁ。ちょっとリフレッシュしようかな)

私は店に吸い込まれるように入っていった。

「いらっしゃい」
重たいドアをガタンと開けた途端、その音に反応して、おじさんは私を見ないであいさつをした。
この店は古いけどいつも客がいる。
今日も店員の夫婦はカットやシェービングで手が離せない状態だ。
おじさんが振り返って私を見るなり

「あぁ、スズちゃん?久しぶり。ちょっとごめん。あと1時間半くらいしてなら大丈夫なんだけど待てる?」

どうやら、何人もお客さんを待たせているようで忙しいみたいだ。

「ごめんなさい。じゃあ今度にしようかなぁ…」

私はドアの前に立ってどうしようか迷った。思いつきできただけだし、別に今日じゃなくてもいい。束ねずにいるロングヘアをかきあげながら考えていると

「ちょっと外でコーヒーでも飲んで待っててよ。終わったらすぐ電話するから」
とおばさんが言った。

そう言われると断れなくなって
「じゃあよろしくお願いします」と答えて店を出た。
結局私はしばらく駅前のコーヒー店で時間を潰すことにした。
歩いた距離は短いけれど季節外れの炎天下で首筋にべったり汗をかいている。
アイスコーヒーを飲みながら、長い髪を持ち上げて首筋の汗をハンドタオルで拭き取っているとある考えが頭に浮かんできた。

(髪切っちゃおうかな)

初めてヤマザキさんとあの店に行って、彼のカットを見てドキドキした思い出が蘇ってきた。彼は真冬でもいつも髪を短く刈り込んでいる。
いわゆるクルーカットという髪型でトップは9ミリくらいの坊主でサイドやバックは剃り上げている。
顔剃りをしてもらっている横で、彼の頭にバリカンが通るのを見て私はその時、何か妙な興奮が沸き起こったのを覚えている。

「なんでこんなに寒いのに短く髪を刈っているんですか?」と店を出た時に質問すると

「うーん。最初は職人さんたちと会う時になめられないようにするためだったけど、この髪型に慣れちゃったからかな?」と彼は照れ臭そうに答えた。

私がヤマザキさんのような髪型にしたらどうなるかなぁ?
カバンから鏡を取り出して、顔を映しながら髪を後ろに持っていき、髪を短くした私の姿を想像してみようと試みたが正直全く想像がつかない。だけど、髪を切りたい気持ちがどんどん膨らんできた。

もし自分が女性だからという理由でヤマザキさんを押し退けてプロジェクトリーダーに推薦されたのなら、それは私にとってもひどい侮辱ではないだろうか。

いっそのことこの女っぷりの良さを捨て去って、偉い人たちに一泡吹かせるのもいいのではないか。だんだんと断髪の意思は確固たるものへと変わってきた。

その時、電話が鳴った。
理容室のおじさんから前のお客さんの散髪が終わったから、戻っておいでという電話だった。

店に戻りおじさんに夏用のネイビーのジャケットを脱いでバッグと一緒に渡すと、窓側の茶色い大きな散髪椅子に座った。

「スズちゃんは今日もシャンプーと顔剃りでいいのかな?」おじさんが後ろから話しかけてきたので

「いえ今日はカットをお願いしたいんですけど、いいですか」と言った。

「えっ?いいけどここで髪切るの?」おじさんは不思議そうに私に聞いてきた。

「はい。ヤマザキさんのような髪型にしたくて」

「えっ?ヤマちゃんみたいな髪型ってあれ丸坊主だよ?大丈夫なの?」おじさんは驚いて聞き返してきたが

「はい。決心したことがあるんで」と、鏡に映る自分自身に言い聞かせるように静かに回答した。

「だけどおじさんはまた「本当にいいのかい?取り返しつかないよ」と少し動揺しながら私の髪を頭の上でクリップで留めながら首にタオルを巻いていく。

どうやら気が進まないらしい。
すると隣で中年男性のシェービングをしていたおばさんが
「あんた。私がその子の髪やるから代わって」と交代を名乗り出た。

担当交代
小柄で耳だしのショートカットのおばさんが私の背後に立った。

「希望どおりにバッサリ髪を切ってあげるから安心して」おばさんは私の髪を切りたくてウズウズしてそうな雰囲気だ。
椅子の横にかけてある黄色いケープが体を覆った。首周りはきっちり紐で縛られ、足元に髪が落ちないように椅子の横からポールが出て来て、ケープが引っ掛けられておへそのあたりに髪が溜まるようにされた。

頭の上のクリップが外されて、スルリとロングヘアが肩の上に落ちてきた。
おばさんは私の髪をコームで丁寧にすいていく。
前髪もつくっていない胸の下まで届くワンレングスの髪。
私は小さな時から肩より上にしたことがない。
いつも真ん中より右寄りに分け目をつくって、前髪は耳に引っ掛けているが、コームですいていると顔を覆うように垂れ落ちてくる。
おばさんはその髪が顔にかからないように整えながら無言で断髪の準備を整えていく。

背後のテレビからは情報番組が流れているようで、日本人メジャーリーガーの活躍を褒めちぎっている。きっと病院で見たあのホームランのことだろう。
そんなことが感じられるくらい今の私は変に心に余裕がある。
生まれて初めての大断髪を前にしても平気な自分にちょっと驚いた。

おばさんは長く伸びた後ろの髪を左右に分けながら全部肩の前に持ってきた。
顔の周りを覆うように垂れた美しいロングヘアももう見納めか。

おばさんが両手を肩に載せて

「本当に切っちゃっていいのね」と言ってきた。おじさんをいれるとこれが3回目の確認だ。

「…はい。お願いします」と私は小さく頷きながら返事をした。

するとおばさんは「じゃあやっちゃうよ」と言い、後ろにある棚の方に行って充電池に差し込んでいたバリカンを手に取った。
そして何やらカチャカチャと先端にプラスチックのアタッチメントをはめ込んで動作の確認をしている。

カチッ…プーーーーーン
モーター音がテレビの音声に覆い被さりコメンテーターの声が聞こえにくくなった。
バリカンの音はこの店に通っていれば何回も聞いた音だし特に驚かない。
だけど今日はこれからこのバリカンが私の髪を刈り落とすんだと実感したら、私は急に胸がドキドキしてきた。

鏡にはまだロングヘアの私が映っている。
今からこの髪がほとんど全部失くなってしまう。
もう一度髪を触りたい衝動に駆られるが、大きなケープがポールで固定されているから美容室のように手が出せない…。
見納めになる姿を首を左右に振りながら確認していると、バリカンと櫛を持ったおばさんが近づいてきた。

( ああ。もうこれで終わりだ… )

ここに来て断髪の決意がグラグラ揺れて、頭の中が真っ白になってくる。

「やっぱりやめます」と口にしたいけど、何度も確認をされたからそれもできない。

おばさんが
「じゃあ髪切っていくわよ」とバリカンのスイッチをオンにて、私の頭を後ろから押さえつけるようにして下を向かせた。
意外な展開に余計に頭がついていかない。
視界からは鏡に映る自分の姿が見えなくなり、黄色いケープが目の前に見えるだけ。
と同時に、顔の周りの髪が下に垂れ、耳にかけていた長い前髪も顔の前に落ちてきて視界が塞がった。

そして…

首筋の真ん中からプラスチックの何かが当たる感触がした。

ジャリジャリジャリ…ジャリジャリジャリ…
 ジャリジャリジャリ…ジャリジャリジャリ…

なんだかわけもわからない間にそれは首筋から頭の上にまで2度ほど駆け上がった。

するとバサバサっと大きな音を立てて頭の上から大量の黒い塊が落ちてきて、膝の上の窪みへと滑ってきた。

私の髪だ…

60センチ以上ある長い髪がみるみるうちに膝の上でいっぱいになる。

( ウソっ?ウソっ?一体私はどうなっているのよ? )

すぐに鏡で確認したくて頭をあげようとするけど、おばさんがグッと左手で私の頭を押すから鏡が見えない。
上目遣いに鏡を見ようとするけど、長い髪が目の前に垂れ下がっているからそれも叶わない。

ジャリジャリジャリ…ジャリジャリジャリ…
 ジャリジャリジャリ…ジャリジャリジャリ…

おばさんは手を緩めることなく私のてっぺんからおでこに至るまでゴシゴシと擦るように何度も何度もバリカンを這わせてくる。

バサバサッ バサバサッとバリカンが頭を離れるたびに私の頭から滝のように髪が落ちてくる。
そしてだんだん、前に垂れ下がる髪が心もとなくなってくる。

イヤっ…やっぱり…もうやめてほしい…
膝に落ちた大量の髪を目の前にして、これは夢であってほしいと神様に祈りたい気持ちになるけど、そんなこと無駄だ。

おばさんが「これだけたくさん髪が落ちてたら床が滑るから危ないのよ」と言って、私の肩の上に引っかかり、胸の辺りに溜まっていた髪をケープの上に払い落とした。

さらに髪が膝の上に溜まっていく。

こんもりと膝の上に溜まった髪をケープの下から手のひらを添えて感触を確かめてみると確かな重さを感じる。

刈り落とされてなお艶のある自慢だった長い髪。
たくさんの人がこの美しい髪を「きれいだね」と褒めてくれたり「羨ましい」って憧れてくれた。

それだけの投資もしてきた。
社会人になって、建設現場にヘルメットを被って視察に行くこともある。
だからはシャンプーだってコンディショナーだって髪や地肌にいいものを使ってきたし、ドライヤーや最近ではシャワーヘッドだっていいのを買ってヘアケアに勤しんできた。

自分で決めたことだけど思いつきでほぼ坊主にするなんてやっぱり早まったかもしれない。
下を向かされ、ジョリジョリと髪を刈り落とされながら二度と自分の頭にはくっつかない膝の上の髪を見つめていると強い後悔の念が湧き起こる。

やがて頭の上から垂れ下がる髪がなくなった。
だけどまだ顔の横には長い髪が存在している。
一体頭の上はどうなっちゃったのか…頭を上げて現実を直視するのが怖くなっている。

だけどここでおばさんはバリカンのスイッチを切って両手で頭の両サイドを持って、頭を起こすように促した。

いやがおうにも鏡に映る自分の姿をここで見ることになる。

「えっ…えっ…やばいやばいやばい…」

鏡を見た思わず小さく声を出してしまった。

今の私の頭は頭頂部や後頭部には髪が全然残っておらず坊主の状態。当然前髪も喪失して富士額を曝け出している。髪はこめかみから耳の上にかけてしか残っていないというか、なぜかそこだけ残されていてとても惨めな状態だ。

おばさんは「とりあえず全部刈り落としちゃうから待ってて」と悪びれることもなく、最後に残ったこめかみあたりの髪を手で掴んでもみあげからバリカンを下から潜り込ませた。

ジャリジャリジャリ…ジャリジャリジャリ…
 ジャリジャリジャリ…ジャリジャリジャリ…

刈り落とされた髪は根本を下にしておばさんの手に握られて、私の膝の上に置かれていく。こめかみからの髪がなくなり頭頂部と坊主頭が繋がって、一気に坊主頭の雰囲気が出てきた。

ジャリジャリジャリ…ジャリジャリジャリ…

右側の髪が全て刈り落とされ、少し先が尖った耳が丸出しなった。
もう残っているのは左側の耳のあたりの髪だけ。
当たり前だけどクリクリの坊主頭は初めてで、変わり果てた自らの姿を受け入れようという気持ちがいっぱいだ。

そしてなぜかもう数分前のロングヘアだった私の姿がイメージできない…。それほどまでに私の姿は激変してしまったのだ。

おばさんは反対側に立ち、残った髪をいっぺんに手で掴むと、さっきとは逆に耳の上の方からからバリカンが入った。
耳の上の髪が失くなって、最後にこめかみの髪が刈り落とされて、ついに私は9ミリの丸坊主になってしまった。

そこからもおばさんは額から頭の上に向けてジョリジョリとバリカンを入れたり、頭全体に刈り残しがないように何度も頭を刈り揃えていく。
ふと気がつくと、隣のおじさんの視線を鏡越しにヒシヒシと感じる。
反対側は窓だから外からも散髪の様子が見えてるかもしれない。

( やだ。こんな姿を見られるなんて絶対にいや )
なんだか着替えを見られているくらい恥ずかしいけど逃げることもできない。

ようやくおばさんがバリカンのスイッチを切り、頭をゴシゴシを擦って短い髪を払い落とした。

でもまだ散髪は終わりじゃない。
おばさんはバリカンのアタッチメントを外してまたスイッチを入れて、今度はこめかみのあたりから、真っ直ぐ頭に線を引くようにぐるりと刈っていく。

ジリジリ…ジリジリ…。ジリジリ…ジリジリ…。

右、左、また右へとおばさんは移動しながら高さを合わせながら真っ直ぐなラインが頭に刻まれる。
後ろ頭にもバリカンがあたり、どうやらぐるりとラインが繋がったようだ。

テニスボールのような頭にされたが、そんな状態はすぐ終わり。
アタッチメントなしのバリカンがもみあげや耳の周り、そして後頭部へと入り、ジョリジョリと時間をかけて刈り上げというか剃り上げられ青白い地肌の面積が広がっていく。
恥ずかしさとこれ以上女らしさを失いたくなくなった私は一刻も早くバリカンのスイッチを切ってほしい。

後ろでカチッと音がしてようやくバリカンの音が止んだ。
硬い毛のブラシで剥き出しにされたばかりの頭皮を擦られて、これで終わりかと思っていたが、おばさんはなんと電気カミソリを持ってきて後頭部の下の方をを剃り上げ始めた。
あぁ…もうなんだかどうでもよくなっちゃったよ…。

グリグリとシェーバーを当てられると、髪が根本からちぎられるようなチクチクとした痛みを感じる。
スイッチが切られる頃には、青白かった耳の周りの頭は白さが目立つようになった。
仕上げにおばさんは剃り上げた部分とトップの髪をハサミで自然な感じで繋げていった。
老眼鏡を胸ポケットから出して、時間をかけてチョキチョキ…チョキチョキ…

こんなに短くされてもう切る髪なんてあるのかと思んだけど、境目あたりに白い粉を少しつけてハサミを細かく動かして…

「はーい。お疲れ様でしたー」と笑いながらケープを首から外してくれた。

髪がなるべく床に落ちないように、膝の上あたりに髪を集めて包むようにケープを外した。

「すごい量の髪ねー。こんなに髪切ったの初めてよー」おばさんはとても満足げだ。

首にタオルが巻かれているが、立ち襟の七分袖の白いシャツをきた私。
別人のようなヘアスタイルになってものすごくアンバランスに感じる。

だけど本当に髪がない。
ロングヘアだった痕跡は、長年アップにしていたことで広くなった丸いおでこと同じ場所で作っていて、広がってしまっていた分け目の跡だけ。

これも長年の癖で生え際から後ろに髪をかきあげるような仕草をしても、両手は髪が失くなった頭はするりと抵抗なく頭の後ろへと通過していく。
ザラザラとした感触すらない剃り上げられた後頭部から耳の周りを撫で回していたら、

「髪は持って帰らなくていい?」とおばさんが声をかけてきた。

私は膝の上の溜まっていた髪を根本を揃えながら片手で握れる分だけ集めて、左手に付けてあったヘアゴムでまとめた。
残りはおばさんが後ろのゴミ箱へと捨ててしまった。

そこからはいつもと一緒。
鏡の前から出てくる洗髪台に頭を突っ込むようにしてシャンプーをしてもらって、育毛剤を頭皮にかけてマッサージをしてもらって、顔剃りをしてもらう。
今までと違うことは、髪を乾かす時間がほぼ失くなったことと、頭皮を直接ゴシゴシ洗う感触が気持ちよかったこと。

ペタペタと顔にローションをつけたら終わり。
椅子から起こされて、タオルを首から外されて散髪は終了した。

「美人さんだし、頭の形もきれいだからその髪型もよく似合ってるわよ」っておばさんが褒めてくれた。決してお世辞でも取り繕っているわけでもないと思う。
こんな髪型をしている女性は周りで見たことはないけど、似合っているのだ。

まだ他のお客が来ていないので、椅子に座ってお化粧を整える。
今まで同じじゃなくて、ちょっとくっきりとしたメイクがいいかもしれない。
少し考えながら化粧をすると、バッグの中に髪の束を詰め込んでお店を出た。

太陽は少し西に傾いたけどまだ暑い。
剥き出しになった頭皮に日光がジリジリと当たってくる。
駅に着く頃には首の周りがもう汗ばんできた。
ハンドタオルでゴシゴシと首も頭も拭けるのが便利で思わず笑ってしまった。

よし。これから会社に行って少し仕事をして帰ろう。
激変した私を見てみんなどんな反応をするかな。
プロジェクトも絶対に成功させてみせる。
軽くなったのは髪が失くなった頭だけじゃない。
傷心からきっぱり断ち切った気持ちだって軽くなったんだ!

※3連休ですね
 みなさんいかがお過ごしでしょうか
 たぶん来週中には30万PVに到達しますので、ひと足早くお礼の作品をアップします
 ぜひご覧ください
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 みなさんのエールが支えです
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 30万PVに届いたら恒例のランキングを発表しますが、次回の作品は11月か12月になる予定です。しばらくお待ちください
 過去作品もお読みくださいね

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