断髪小説 成れの果て
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なおこの作品は「復讐(前・後半)」のエピローグのような作品です
まだご覧になっていない方はそちらから先に読んでいただくことをオススメします
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悪夢の断髪から2年が経った
私は不倫の代償として慰謝料を支払うか断髪するかを迫られ、私はこの店で2年間の「カットモデル」の契約をした。
髪型は店主サクマさんの自由。
お尻に届く自慢のロングヘアはその時に全て刈り落とされ、残された僅かな髪にチリチリにアイロンパーマがあてられた
美も自尊心もボロボロに砕かれてしまった
その後も毎月、私の髪は短く刈りこまれ、きついパーマをあてられ続けた
丸2年、23回もこの行為は続けられた
私の人生は激変した
不倫の代償で花形の仕事から外され、給料も減った
だからと言って奨学金の返済とかのことを考えると、今の会社をやめることもできない
こんな髪型をしていてまともな転職だって無理だし
結局、ほぼ毎日作業着を着て汗臭いヘルメットを被り建設現場を回る仕事を続けた
最初のうちは日焼けを気にしていたが誰にも目に留まらない、むしろ目に留めてほしくないという思いは、肌の手入れすら遠ざけてしまい、顔や首周りを真っ黒に日焼けさせていく
もちろんこんな髪型じゃ出会いもないし恋愛なんてできない
仕事が終わって友だちと遊びに行くこともなくなり、家に帰って一人でお酒を飲みながらご飯を食べて寝るだけの日々
自堕落な生活とストレスで食欲は増進してしまい、体重は2年間で15キロも増えて顔もブクブクと太りヒキガエルのような締まりのない身体に成り果てた
だけど、もうどうでもよかった
半年前、賃貸マンションの更新を機に、若い女が住むような物件じゃないボロいアパートに引っ越した
安けりゃどうでもよかったし、こんな風貌じゃ誰も止めてくれる人もいなかった
引っ越しの時に、太って着られなくなった華やかな服や靴やジュエリーは全部二束三文で売り払ったり捨てたりした
リサイクルショップに使わなくなった高級なドライヤーやヘアアイロンを持って行った時、私を見て「これをあんたが使っていたの?」ってリサイクルショップの店員が嘲笑ってるような気がした
でもそんなこと悔しくもなくて、どうでもよかった
そして最後のカットモデルの日がやってきた
私はいつものように汗臭い作業着のままサクマ美容室を訪れた
1か月も経つと綺麗に剃り上げたサイドやバックの髪は1センチほど伸びる
グルグルにコテで巻いたトップの髪のパーマも、毎日ヘルメットのなかで蒸れるとすっかり解けていて、根本からはコシのある黒髪がそれを押し上げるように生えている
今日はサクマさんの他に、あの女が来ている
私をこんな目に合わせた張本人
2年ぶりの再会だ
「サラさんお久しぶりね。まあすっかり見違えちゃって」
あの女は太って醜く成り果てた私を蔑む言葉と視線をぶつけてきた
彼女が2年前に剃り上げていた頭には私と違って健康そうな髪が肩のあたりまで届いていた
時間はそれだけ経過し、彼女は美しい髪を取り戻し私は失ったまま…
でもどうでもいい
あの女にどう思われようと私の心は揺れもしない
いつものように黙ってカット椅子に座ると、サクマさんはさっさとカットの準備に取り掛かる
こんな髪型じゃ櫛で梳かす手間もいらないから、汗で汚れた髪を蒸らしたタオルで拭き取るだけだ
サクマさんは
「それじゃこれで最後ね。よろしく」
とだけ言い、いつもの通りアタッチメントの付いていないバリカンのスイッチを入れた
プーーーーン
モーターの音が響く
耳の後ろから下半分の髪が剃り上げられるのがいつものパターン
そして何も考えることなく無言でボーッと鏡を見ているだけの私
何をされても心はもう動かなくなっている
だけど
今回は違った
ザリザリザリ…
なんとバリカンは額の真ん中から頭の上に一直線に走り去り、頭のど真ん中が刈られて、白い頭皮が剥き出しにされた
「えっ…」思わず声が出た
最後のカットモデルの髪型は、いつもの惨めな髪型じゃない
ザリザリザリ…
ザリザリザリ…
頭頂部はたちまち禿げ上がり、いつもとは全く逆の上半分だけが剃り上げられた落ち武者状態
このままじゃスキンヘッドにされる
呆然としている私だったが、自然とここでツーッと涙が溢れた
心が揺れた。確かに揺れた。
サクマさんが私を見てニヤリと妖しく笑った
わずか数分で私の頭は五輪刈りになり、その後電気シェーバーでツルツルに剃り上げられ、仕上げに眉毛まで剃られてしまった。
「はい。これでおしまい!2年間お疲れ様」
ゴシゴシ洗われ、タオルで綺麗に拭き上げられたテカテカと光るハゲ頭
眉毛もない姿は太った妖怪みたいだ
そしてあの女が私に近づいてきた
「あなたがしたことは一生許せないけど、約束は約束よ。髪も眉も全部剃って、これでおしまいにしましょ」
そう言い放つとさっさと店を出てしまった
ああ、これで終わったんだ…
その後、私は眉も髪もない姿で電車に乗った
汗で汚れた作業着を着た髪も眉もない醜い女を、車内の客たちはまるで化け物を見るかのような視線を向けてきた
当然だ
ドアに寄りかかり、ガラスに映る自分を見ればわかる
自分の成れの果ての姿に屈辱と悲しい気持ちが湧いている
閉店間際のスーパーでビールと見切り品の弁当を買ってアパートに着いた
家に着くと私は不意に押し入れを開けて、奥から紙袋を取り出した
中にあるものは、2年前に私から奪われた髪の束だ
半年前にいろんな物と一緒に捨てようと思ったけど捨てられなかったもの
だけどこの2年、手を触れることもなかったもの
閉ざしていた気持ちを開くように自然と紙袋から髪の束を取り出した
あの頃ほどの艶はないけど、照明に照らされると髪は妖しく反射光を放っている
私が失った女としての自尊心と美がここにあったのだ
根本の部分から縛られて切られた1メートル近くある髪束に私は顔を埋めた
スンと鼻腔にあの頃の自分の匂いが突き刺さった
するとこの間のイヤな思い出がドバッと頭の中を駆け巡ってきて、私はあの日以来の大号泣をしてしまった。
今日で罰は終わった。
20代半ばをこんな形で過ごしてしまったけど
ここから私はやり直せるだろうか
取り戻せるだろうか
心が激しく揺れてきた
これからどう生きるかわからない
だけど剃り上げられた髪が伸びるのと同じように
時間がかかっても私自身を再生したい
この涙は悲嘆を洗い流すためにある
成れの果てなんかじゃない
再生するんだ!
汗臭い服を脱ぎ、シャワーを浴びに浴室に入る
なんとなく自分で再スタートをしたいから、頭にボディソープを付けながらムダ毛剃り用のカミソリで自分の頭をゾリゾリ剃り上げた
(後書き)
お読みいただきありがとうございます
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過去の作品または有料記事になりますが先日アップした「おばあちゃんの散髪」もよければぜひ読んでください
次回作品は12月にアップする予定です
お楽しみに