『部品メーカー残酷物語』第五話 ©99right
第五話「やられた……」
富江に連れられてやって来たのは小さなスナックだった。
私が歓迎会とやらに参加することを了承すると、富江は食堂にいた若い社員達に声を掛け、すぐに数名のメンバーを集めた。
会社の正門を出て右に曲がると古く鄙びた商店街で、寂れた飲食店や金物屋、和菓子屋、鰻屋の前を通り過ぎて数十メートル進むと左手に数軒の飲食店が連なっている長屋のような作りの建物があった。富江はその中の一つ、派手な色をした扉を開いて仲間と一緒に談笑しながら入って行った。
私は正直こんなところは生まれて初めてだった。薄暗い店の天井にはミラーボールがぶら下げてあり、それがゆっくりと回りながら七色の光を反射して、壁は勿論のこと店中のあらゆるモノに加えて、私や富江の顔までをも彩った。私が訝しみながら扉の中の雰囲気を確認していると、偉そうにソファーのど真ん中に座った富江がコッチコッチと言う仕草で私を呼んだ。それを見て私は意を決して店内に入り、富江に近付いて行った。
「今日はあんたの歓迎会なんだからさ、遠慮することはないよ」
そう富江が話している間に、店員さんが運んで来た数本の瓶ビールを富江の連れて来た若者達が素早くグラスに注いでいった。そして全員にビールが行き渡ったことを確認すると富江が「乾杯!」と大きな声を上げて全員が各々グラスをぶつけ合った。私も様子を伺いながら「よろしくお願いします」と言って見知らぬ若い社員達と小さく乾杯を交わしていった。
二十分ほどビールを飲んで軽く酔いが回り始めた頃、富江は私に対して自分と仲間達の身の上話を始めた。簡単に要約すると以下の通りになる。
この会社の現場作業員は九州の佐賀県と長崎県の工業高校出身者で、その多くが先輩後輩の仲であり高校からの顔見知りが多い。一応同じ九州出身という事で仲間意識もあるが、逆に出身県や出身高校で派閥のようなものが出来ているという。ちなみに今回集まったメンバーも特に私と同部屋という訳でもなく富江の高校の後輩たちだと言うのだ。
また私が感じたこの会社に対する違和感を彼らも同じように感じていた。彼らのほとんどが、上手い言葉や綺麗なパンフレットで誘われて高校卒業と同時に戦後間も無い頃の集団就職のように大量採用で連れて来られたところ、全員があの木造タコ部屋に押し込められたのだと言う。
また驚いた事に何年か前までは中卒の社員もいたと言う。現在の人事部のメンバーの一部は、その中卒社員のために高等学校レベルの授業をやっていた元教師で、中卒社員の採用を止めたと同時に人事部に吸収されたと言うのである。言われてみればなるほどあの肉付きの良いマッチョ係長は、当時の体育教師だったのだ。
誤解の無いように書いておくが、中卒の社員が悪い訳では無い。私の友人も一人、中学卒業と同時に地元の金属加工会社に就職した。
ただ社内で学校教育を行う教師を雇う必要があるほどの決して少なくは無い人数の中学卒業者がこの自動車部品製造会社に就職していたと言う事に私は驚いたのだ。
富江はアルコールが入るほど饒舌になってきて私に会社への不満を散々ぶちまけた。私はウンウンと頷きながら聞き役に回った。そうこうして富江とその後輩たちとも、私はなんとか打ち解けることが出来た。いや、私は勝手にそう思った。
宴も2時間を過ぎようとした頃、私は一人トイレに立った。アルコールは苦手ではなかったが強くも無い。けれど久しぶりだったこともあって私は随分と酔っていた。
お手洗いの後、ちょっとふらつきながら席に戻ろうとして驚いた。富江も彼女の後輩たちも煙の如く消えていたのだ。唖然として立ち尽くしている私に店の主人らしき女性が請求書を持って来て手渡した。そこには明細など全く無く、ただ「五万円」とだけ書かれてあった。
「やられた……」
(続く)