『部品メーカー残酷物語』第二話 ©︎99right
第二話「今時タコ部屋?」
本社は○知県□谷市の駅から歩いて5分程度の距離にあり、正門を入ると目の前には数年前に建てられたばかりの巨大で立派な社屋が立っていた。入社案内などの正式書類にはその写真が使われていて、入社試験を受けたのも、役員面接もそこで行われたのでこっちとしてはこの会社の全ての社屋がこの様な立派な作りだと勝手に思っていた。
ところが入社式は別の結構な年季の入った木造モルタル塗りの建屋でちょっと広めの会議室だった。聞くとそこが本社屋なのだと言う。ではそれまで本社屋だと思っていたのは何だったのかと言うと、実は技術棟と呼ばれる建屋で○○自動車からの出向者を受け入れるために造ったのだと言う。
鉄筋コンクリート造りエレベーター付きの社屋に慣れていらっしゃる〇〇自動車の社員様が折角当社に出向という形でいらっしゃるのに薄汚い木造の社屋に席を設けるのは忍びないと言うことだったらしいのだ。後から追々解ってくるのだが、県内数カ所に置かれた当社の工場及びこの本社工場の中にあるオフィスはそのほとんどがかなりの年月を経た木造建築で、所謂近代的な鉄筋コンクリート造りの建屋はその技術棟のみだった。
しかも驚いたことに、本社屋と呼ばれた建屋は元々は戦中戦後から使われていた社員寮だったと言うのである。確かに駅から歩いて来る途中に見えるその姿は、一言で言うと田舎に今なお残る巨大な木造の小学校の様だった。それを無理矢理改造し、南側部分の四階に会長室・社長室に秘書室を、三階に取締役会会議室と人事部・総務部を、二階に営業部といくつかの技術関連部署を置き、一階に受付と打ち合わせスペースが作られていた。当然ながらそんな作りの建屋にエレベーターは無いのでお年を召した会長や社長はどうやって四階まで上がったのだろうかと、今更ながら思ったりもする。
さて面白いのは北側部分である。南側部分三階の会議室で入社式を終えた我々新入社員達は一部実家通いのラッキーな数名を除いて残った二十名以上が全員その日から寮生活の開始である。人事部の肉付きの良い体育会系のマッチョ係長(渾名)が案内してくれたのは、本社屋の北側部分だった。つまり本社屋のざっくり言って南半分は当然会社機能が詰まっていたが、残りの北半分は日本中の田舎から出て来た「寮生」が詰まっていたのである。(苦笑)
当然ながら男子寮と女子寮はキッチリ分かれていて入り口が別々である。大勢の若い社員達を性別で振り分けるその場所にはハクション大魔王の様な顔とスタイルをした寮長がいて常に私達寮生を監視している。一応寮長の名誉のために書いておくが見た目はアニメのそれによく似ているが、彼女は女性であり髭も生えていなかった。
私はこの198x期大卒新入社員で寮に入ることにした唯一の女性だった。大魔王は私を一人寮長室に残し、先に男性新入社員を各自の部屋に案内しに行った。しばらくして遠くで小さく叫び声の様なものが聞こえたが、もしかしたらそれは幻聴ではなかったのかもしれない。戻って来た大魔王は私を一人連れて廊下を進み、これから私が少なくとも数ヶ月から数年は過ごすであろう部屋に案内した。ガラリと立て付けの悪そうな引き戸を開けて彼女が「この部屋のココを使いなさい」とちょっと偉そうに言ったその場所は、カーテンで仕切られた畳一畳半ほどのスペースだった。
その部屋は、戦時中のモノクロ映画に出て来そうな一部屋十二人用の大部屋で、八畳ほどの共有スペースを三列二段のベッドで両側から挟んでいた。湿気を含んだ畳や色落ちしたカーテンからは私の嫌いな埃っぽくてカビ臭い匂いが漂っていたのをよく覚えている。
唖然としていた私に大魔王は言った。
「この部屋は八人ね。夜勤明けでまだ寝てる子もいるから静かにするんだよ!」
……今時タコ部屋かよ!?
(続く)