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【90年代小説】 シトラスの暗号 #3


※この作品は1990年代を舞台にしています。作品中に登場する名称、商品、価格、流行、世相、クラス編成、カリキュラム、野球部の戦績などは当時のものです。ご了承ください。
※文中 †ナンバーをふったアイテムは文末に参考画像を付けました。



1話から


Ⅱ.paradox


 女子高生という人種に属するようになって3年目。わたしはいまだに馴染むことができないでいた。
 彼女らの性質が、わたしにはどうしても好きになれない。
 権利ばかり主張して、義務は全く果たさないどころか、その存在すら忘れきっている。いや、知らないと言った方がいいのかも。ノーテンキと言うよりは、ノータリン(死語)そのもの。
 今年こそは痩せるって、毎年同じ目標を立てる。あと3キロ痩せさえすれば全てが上手くゆくと信じて疑わない、視野狭窄症的世界観。ダイエットは明日からじゃ意味がない。
 アイドルの追っかけで走るのは何キロでも平気。でも体育の授業は「かったるうい」。
 家庭的な女らしさをウリにしている(どおせ勉強できないしぃ)はずなのに、放課後の掃除は「めんどくさあい」。
 トイレツアーの最少催行人数は2名。トイレ友達の存在は、彼女らにとって必要不可欠。高校生活を送る上での最低条件と言っても過言ではない。
 彼女らの頭脳にセーブ可能なデータは概ね次の通り。
1.ゴシップ
2.新しくできた超カワイイお店の情報
3.今月の新譜
4.好きな男の誕生日
 なんと今どき16ビット。それとも日焼けサロンの通い過ぎで、アタマの水分まで蒸発して、脳みそまふまふの綿あめになってるのだろうか。心配してしまう。
 そして何よりも1番サイテーでめちゃくちゃムカつくことは、わたし自身がその一員であるという、揺るぎない事実なのだった。


 わたしのクラスは北館の1階、1番手前にある。3年6組。12クラスあるうちの真ん中。
 教室ではわたしの御学友ダチ数人が集まって、相も変わらず毎度おなじみの、ワイワイキャピキャピ(死語)的無脳会談に興じていた。
「おかえりぃ」
 魔女っ子アニメの主人公みたいな佐智子の声。頭の後ろに発声装置があるんじゃないか。時々疑問に思う。こんな気分の時には、なるべく聞きたくないタイプの声だ。
「ただいま。待っててくれたんだ」
 先に帰ってくれた方がありがたかったのに。そう言いたいのを抑えて、顔中の筋肉を総動員させて笑顔を作る。
 不自然に頰をひきつらせて席に向かうわたしに、佐智子の容赦ない攻撃が襲いかかる。
「清香ちゃん、シュージになんの用だったの?」
 このメンツの前で、それは爆弾発言でしょ。思わず頭抱えたくなる。


 女生徒たちは「超カッコイイ憧れの織田先生」のことを、愛情と親しみと精一杯の独占欲を込めて、密かに「シュージ」と呼んでいた。
 もちろん、本人の前で堂々と呼び捨てにする生徒なんて居るはずもない。けれど、なにしろ3年女子のほとんどがそう呼んでいるのだ。既に本人の耳に届いている可能性も大だった。


「何ぃ? するってえと、今の今までずっとシュージと一緒に居やがったのかい。とんでもねえヤツだな」
 自称トランプ占いの権威、美奈が、カードをシャッフルしながら話まで混ぜっ返す。
 口調から推察される通り、テレビの時代劇ファンで、少々品のない言葉を使う。ストレートのセミロングに銀ぶちメガネ。
「わたしが、じゃなくて、あいつがわたしに用だったのよ」
 吐き捨てるように言った。周りでシュージシュージ言われると、また逆上してプツンといきそうになる。
 彼の名前が出たことで、話題の中心が移ってしまったようだ。
 取り調べの次は裁判か。アタマ痛あ。

「いやあん、サーヤったらあ。わたしのシュージ様のこと、『あいつ』なんて言わないでよお」
 両手をグーに握ってイヤイヤをしながら、媚を含んだ声で真実。
 生まれつき髪が栗色で、ゆるくウエーブがかかっている。服装検査があるたびに、子供の頃の写真を持ち出して弁解しなくてはならない。ラッキーだかアンラッキーだかわからない子。
 真実は女子高生にしてはちょっと変わっている。育ちが良いせいなのか、お相撲大好き少女なのだ。時々は国技館にも足を運ぶらしいし、『大相撲ダイジェスト』はもちろん欠かさない。
†7様命」の彼女だけど、現在はとりあえず目の前の金星きんぼし、織田修司に恋をしている。
 そして、友達の中でもなぜだか彼女ひとりだけが、†8皇家の†9息女に倣って、わたしのことを「サーヤ」と呼んでいるのだった。
 ただし、顔は全然似てないからね、わたし。

「清香はシュージのこと大っ嫌いだものね」
 と、これは里美。
 放課後のこんな時間によその教室に居るということは、今日は部活がオフだったらしい。
 佐智子を除く3人はわたしのクラスメイトではない。でも、お昼休みも放課後もどちらかの教室に集まって、こうして騒いでいることが多かった。つまり、わたしのマブダチってわけ。
 里美は茶華道部の部長をしている。おかっぱ頭に和服の似合う、おっとりタイプの美人。外国人が見たら、「ヤマトナデシコ! フジヤマ! ゲイシャ!」と喜びそうな感じ。
 にも関わらず、好きな音楽はヘビメタという、意外な一面も持っている。非常にアンバランスな趣味の持ち主だ。
 それでも、さすがにお茶とお花を嗜んでいるだけあって、物腰が柔らかくて落ち着いている。仲間内では1番大人っぽい。
「わたしはね、あーゆういかにもって感じの二枚目は、体質的にダメなのよ。なんかうさん臭いと思わない? あいつ、自分がイイ男だってちゃあんと自覚してんだから。ああもう、マジムカって感じ!」
「でも、イイ男ってことは認めてるのね」
 里美にやんわりと返される。
「そりゃあねえ。あそこまでやられちゃ、認めないわけにはいかないでしょうよ」
 言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、わたしだって人並みの審美眼は持ち合わせている。どう安く見積もっても、織田修司はイイ男だった。

「で、なんだったの、用事って」
 佐智子はあくまでも疑惑を追及したいらしい。
 彼女も真実に負けず劣らず「織田先生ラブ」だった。それどころか、美奈も里美も程度の差こそあれ、彼のことが好きなのだ。
 わたしひとりが仲間外れ。でもいいもん。負けないもん。
「さっさと白状しちまいな、清香」
 美奈ってば、銭形平次にでもなったつもりでいるようだ。
 事態はますます裁判の様相を呈してくる。と言うよりは、お昼のワイドショーのノリか。
 今さらながら、己の軽率さを大いに恨む。後悔役に立たずってことだ。
 観念して、ポケットから答案を引っぱり出す。クシャクシャの†10ら半紙を開くと、ワッと喚声が上がった。歓声、なのかな。他人ひとのテストで盛り上がらないでよ。
「ゲッ、マジで55点?」
「いやあん、うっそお」
「珍しいわね。どうしちゃったの?」
「なんでー? ねえ清香ちゃん、なんでー?」
「なんでって、別に」
 そこまで答えなきゃならない義務はない。
「それで呼び出されてたのね」
 さすがは里美、理解が速い。
「えー、ずるうい。真実、52点だったのにい。真実も呼び出されたあい」
 頭の中にカスタードクリームでも詰まってそうな声で、真実がたわけたことを言う。
「そんな点取って、パパに叱られるぞ」
「いいんだもおん。真実、文系だもん」
 口を尖らせる。
「そおゆう美奈ピーはどおなのよお」
「あたしゃ60点だよ。どうだ、参ったか」
 いばれるほどの点数ではない。
「里美ちんは?」
「わたし? 75だけど」
「いーなー。わたしねえ、42点」
 訊かれてもいないのに、あっけらかんとした調子で佐智子が言う。
 なるほどねえ。里美以外はどんぐりの背比べ。平均点が低かったのもうなずける。これではさしもの織田先生も、自信をなくしてしまうだろう。
 目的の半分は達成されていたわけだ。皆様方の素晴らしい成績に囲まれて、わたしの55点はまるで目立たなかったはずだ。
 これで学年主任のハットリくんさえ口をはさまなければ、完全犯罪が成立していたのに。
 しかしね、お嬢さん方。物理教師に恋をしたなら物理をきちんと勉強する。これが筋ってもんじゃないかしら。


貴乃花光司。左は兄の若乃花勝


平成なので明仁天皇。現在の上皇


紀宮清子内親王。現在の黒田清子さん


当時は上質紙やコピー紙より安かった。消しゴムをかけると破れる