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【4711】 卒業文集  前編

この作品は『シトラスの暗号』から始まる4711シリーズの続編です。よろしければ1作目からどうぞ。

登場人物

✻水木清香さやか
私大附属のS高に通う3年生。美化委員会会計。
家庭科と体育が苦手。好きなものはテディベアとアイスクリーム。趣味はゲーム。
昭和54年12月13日生まれ。B型。

✻織田修司
S高の物理教師。二枚目。
好きなものは寿司とビール。趣味はテニス。ドイツ製の4711というオーデコロンを使っている。愛車はBMW 。
昭和47年1月1日生まれ。A型。

✻千葉道子
みっちゃん。美化委員会の1年生女子。

✻須田のぞむ
美化委員会の1年生男子。

✻有村一真かずま
美化委員会の2年生男子。

✻堂本はじめ
清香の恋人。S高の2年生。
サッカー部でゴールキーパー。
身長185センチ。

✻立花百合
清香の中学からの後輩。元と同じクラスで、清香に元を紹介した。
珠算部。
身長168センチ。

✻嶋崎佐智子
清香のクラスメイト。放送部。
織田先生が大好き。

✻遠山恵子
S高の国語科教師。美化委員会顧問。
通称けーこたん。
好きなものはキティちゃんと一條誠。
清香を妹か娘のように思っている。




1998年3月5日(木)、東京近郊の大学附属高校体育館


 わたしの高校3年間なんて、70パーセントがイヤな思い出で占められているから、嘘八百並べたら答辞みたいになってしまった。
 残り30パーセントの内訳は、指導力があって尊敬できる先生に出会えたことが25パーセント。生まれて初めて彼氏ができたのが5パーセント。
 3年間部活に入らなかった代わりに、放課後は委員会活動にいそしんでいた。
 遠山先生が顧問の美化委員会で、わたしは会計を担当していた。
 いそしんでって言っても、委員会室という名の倉庫でお菓子食べながら大富豪やってただけって気もするけど。 
 美化委員1年生のみっちゃんに、「わたし、清香先輩みたいな先輩になりたい」って言われたのが最近1番うれしかったことだ。
 そんな先輩らしいことした覚えはないのに。
 しかもみっちゃんのこと「みっちゃんみちみち」って呼んでたし。
 百合がほしいと言うので、3年時のノートとテストは全部あげた。物理の55点も100点も。
 もし55点の理由を訊かれたら、なんて答えよう。


 開式の時は寒かった体育館も、約1000人分の二酸化炭素でようやく暖まってきた。
 今日は卒業式。粛々と卒業証書の授与が行われている。
 あんな長い祝辞のあとで500人弱に卒業証書手渡しなんて、校長先生もお年だろうに、ご苦労様だわ。
 以下同文て言いすぎて、ゲシュタルト崩壊起こすんじゃないかしら。
 わたしはそろそろお尻が痛い。
 折り畳み椅子の微妙な傾斜が辛い。寝そうになるとお尻が段々滑り落ちてくる。
 寝るのはいいけど、椅子からずり落ちて大惨事は回避しなくては。
 やっと3組までいったところだ。うちの組にはまだ遠い。
 先生の中にはハンカチで目頭を押さえてる人もいる。
 手のかかるクソガキが卒業してくれてうれし泣きか、それとも卒業式イコール悲しむものという図式に則った条件反射か。
 卒業式で泣いたことはない。
 そんなんで冷たい人と言うのなら、どうぞご自由に。
 小中学校は公立だったから、卒業して友達と離ればなれなんてなかったし。
 中学卒業の時は、毎日毎日宿題見せてと言ってくる、おんぶにだっこな友達と離れられて、むしろせいせいした。
 うちの地元からすると、S高はハイレベルな高校だったので、同じ中学から進学したのはわたしの他に男子2人のみ。
 友達関係を1度リセットするには最適の環境だった。
 でも結局、ここでも便利屋扱いで、毎日誰かがノート見せてと言ってくるわけなんだけど。
 だからってクラス内で大事に扱われるわけでもなく、男子はたいていわたしのことが嫌いだ。
 ガリ勉とかティーチャーズペットとか思ってるんだろう。
 ノート写させてもらえるのは、そのお陰なんだと気付きなさいよボンクラども。
 せっかく受験戦争勝ち抜いてそこそこの学校に入ったっていうのに、3年間で偏差値落としてどうすんのよ。
 ほんとバカは嫌い。世のため人のため滅びてほしい。
 なんかそういうマンガあったよね。
 おでこに数字が表示されて、スコアが低いと消される運命。
 なんてマンガだったかな。
 でもそういう世界でわたしが生き残れるとは限らない。
 お勉強ができるのなんて、ただの記憶力と器用さなのかもしれないもの。
 本当の意味で頭がいい人って、織田先生みたいな人だと思う。
 織田先生はわたしを買いかぶっている。
 理系に進学すればって勧められたけど、もし落ちたらって考えると、怖くてそんな選択肢は選べなかった。
 がっかりされたくない。
 だってわたしは既に、生まれた時に両親にがっかりされているんだろうから。
 男の子がほしかった。きっとそうだ。
 だからわたしはずっと呼び捨てで叱られてばかりで、弟はちゃん付けで呼ばれて溺愛されて育ったのだ。
 どれだけ100点を取ってもほめられない。
 それなのに、少しでも順位が下がればひどく叱られた。
 かわいいと言われたこともない。
 母と祖母から、かわいくない、かわいげがないと言われ続けて育った。
 子供でいる間中わたしが模索していたのは、どうしたら愛されるかではなかった。
 愛されないのはもうわかっていた。
 だから、どうすればこれ以上嫌われないか、そればかりを考えて過ごしてきた。
 おそらく、友達や先生に対してすらそうなのだ。
 わたしは嫌われないように生きている。
 だから便利に使われるのを断れない。


 暇に任せて思考ダイブしていたらゆううつになった。
 両親や弟とは、家族でありながらずっと違和感を抱えたまま暮らしてきた。
 わたしだけが違う種類みたいな。
 高校を卒業したら、テストの点数で順位が付く世界とはさよならだけど、だからって家族内にわたしの居場所ができるわけじゃない。
 それどころか、点数や順位を失ったわたしは、ますますいらない子になってしまうのではないだろうか。
 専門学校を出たら手堅く就職して、さっさと家を出てしまいたい。
 そしたら彼らは親子水入らずで平和に暮らしてゆくことだろう。


 ゆうべ、めずらしく織田先生から電話があった。

「はい〜、清香だぴょん」
「あー、織田です、ぴょん」
「ぶっ。オジサンは無理しない方がいいんじゃない?」
「全然無理なんかしてません」
「あ〜、そうなんだ。どしたの? めずらしいね」
「うん、あのさ、明日、式が終わったら職員室来てくれる?」
「いいけど、何?」
「いや、たいしたことじゃないんだけど。お祝い言いたいし」
「お祝い?」
 なんか怪しい気がする。
「校長先生呼ばないでよ。もう校長室面談で懲りてるんだから」

 去年の秋の話だ。
 授業中いきなり校長室に呼び出されて、なんの用かと思ったら、「水木くんはどうしても大学には進学しないのか」と、直々に訊かれた。
「わたしはやりたいことがあるので大学には行きません」と答えておいた。
 本当は、大学に行ってまでやりたいことがない、が正しいけど。まあ似たようなものだと思う。

「別に校長は呼ばないけど」
「じゃあ誰呼ぶのよ」
「え? 遠山先生だったら呼ばなくても来そうだけどね。水木さーん! て抱きついて泣くよ」
「あー、泣きそう泣きそう!」
「あ、あとね、ひとりで来て。嶋崎さんついてくると面倒だから」
「ふーん? わかった」
 ますます怪しいんだけど。なんかたくらんでる?
 先生の命令通り物理は100点で通したし、理事長賞も取った。
 お祝いのハグとかしてくれないのかな。
 お祝いのキス?
 お祝いのプロポーズ?
 ないない、それはない。
 お別れのハグ?
 お別れのキス?
 え、お別れ?
 お別れ……。

 心臓が、ドクン! と大きく脈打った気がした。