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〈ヌングンナム荘〉(1)

ドラマ『秘密の森』+アガサ=クリスティー著『ハロウィーン・パーティ』の二次創作です。

「魔女ハンヨジン」の続編です。ハンヨジンは警部補で、国家警察情報部にいます。ファンシモクはスウォン市にある地方検察庁の管轄のアニャン市の支庁にいます。物語の中の時間は、2022年秋です。

*参照

『ハロウィーン・パーティ』(アガサ・クリスティー著、中村能三訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1977年初版、1985年22刷)
"Hallowe'en Party", Agatha Christie, Agatha Christie Limited.1969.

ハロウィーン・パーティ (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫)
著者 アガサ・クリスティー (著),中村 能三 (訳)
発売日:2003/11/01



(1)

ハンヨジンの実家は冠岳山の南にある。そこはもう、ソウル特別市ではなく、その南隣のアニャン市である。

アニャン市も、首都圏内ではあり、アニャン駅からソウル駅まで、各停で14駅40分ほど、急行で20分余りである。

アニャン駅前は、デパートや大型店舗の並ぶ繁華街である。駅前から離れると、高層集合住宅の並ぶ、典型的なベッドタウンである。

アニャン駅の東側を安養川が南から北に流れている。東西両岸とも、アパート群が広がり、その周りに、低い山々がある。東の山地の方が高く、麓が川岸に迫っている。

アニャン駅の北東約6キロメートルにある冠岳山の頂上が標高600メートル以上、そこがアニャン市とソウル特別市との境界の最高峰で、その南側が、東から西へ徐々に低くなりながら、峰が続き、安養川を挟んで、その西に、更に低い山々が広がっている。

郊外住宅地の住民たちが散歩やハイキングに行くのに、ちょうどよく、公園も多い。

そのうちの一つに、私有地の半分を無料で開放している庭園があった。

自転車で頂上まで行ける道を、町を見下ろしながら上がっていくと、半分も、いや、4分の1も、行かないうちに、道がカーブして、町が見えなくなる。脇に分かれ小道があり、〈ヌングンナム荘〉と書いた、小さい矢印看板がある。それがなければ、小道があることにさえ気づかない、ただ、2本の木の間が、ちょっと広く空いている、というようにしか見えない、入口である。

この山に元から生えていた樹々の間を通って、そうと気づかないほど僅かにカーブした、これもそうとわからないほど緩やかな登りを歩いていくと、道路から見えなかった、西洋の妖精が出て来そうな、美しい庭園に入り込んだことに気づく。

セメントの壁と、その内側の、綺麗に刈り揃えられた常緑樹とに囲まれて、ウメ、カイドウ、モクレン、レンギョウ、サクラ、ユキヤナギ、フジ、ツツジ、イチハツ、シャガ、ユリ、ボタン、アジサイ、ハナキズキ、タイサンボク、クチナシ、ノウゼンカズラ、エニシダ、サルスベリ、ムクゲ、キンモクセイ、モクセイ、サザンカ、ツバキ、いつ来ても、その季節の花が咲き、雪が降る季節以外は、花の無い時が無い。

そのなかに、想像上の動物や実在している動物や絶滅した動物の形に刈り込まれた常緑樹や、想像上と実在と絶滅の動物の、セメント製の彫像が、あちらにもこちらにも紛れ込んでいる。

妖精の庭園の周りのセメントの壁は、内側の常緑樹よりも低く、外側の山の樹々が迫っていて、ここは森に囲まれている、いや、森の奥に隠されていると言った方がよい。

セメントで柔らかい曲線のL字に作られた椅子が、そこ、ここに設えられている。

サイクリング道路に開いた入口から入った細い登りの道は弓なりに曲がって、平坦で真っ直ぐな、二人並んで歩けるぐらいの道に変わる。

やがて、非常に立派なネムノキの前に来る。道は、環状交差点よろしく、木をぐるりと一周している。夏は、すっかり、木蔭を歩くことになる。

右手に下りの分かれ道がある。やや急な勾配で、両側の地面よりも更に低くなっていく。

50歩ぐらいで坂を下りきると、セメントで縁取られた、小さな八角形の池がある。池の向こう側に、真っ白なセメントで造られた四阿がある。

四阿の向こう側は、急な角度で土地が高くなっていて、常緑樹の樹幹が四阿よりも高い位置にあり、セメントの壁の外側の樹々からも、見下ろされているようである。

四阿の中に、八角形の水盤があった。水道の水を湧き出させて、注ぎ口から溝に落としていた。溝は池まで伸びていた。

ここには、元々、泉があった。

昔は、薬水が湧いていると言われて、人々が汲みに来ていた。水が枯れてしまって、人々が通った道も、草に埋もれてしまった。

その場所を、〈ヌングンナム荘〉の主人が買い取って、庭園にしたのだった。

池の縁から、ネムノキを通る道と平行に、下っていく小道がある。その道に沿ってまた、池から細い水路が延びている。四阿から延びてきた水路と直角の方向である。

ネムノキを通る道に戻ると、池から下っていく道と水路とは、間に植木があるのと、低い場所なのとで、見えなくなる。

ネムノキから先に進むと、ゆっくりとした下りになる。

500歩程で傾斜が尽きると、両側に大きなスモモがあり、周りにシバザクラが植えられている。左は、真冬の夕暮れにスモモの頂の影が壁に届くのが見え、右は、真夏の朝に、スモモの頂の影が、八角形の池から下ってきた道に届くのが、見える。

正面の1㎞ほど向こうに、こちらと同じような低い山があるのが見えている。こちらの山の頂上から四方に伸びた尾根の一端である。

20歩程先に、赤煉瓦で築かれた、三つか四つの子供の背丈位の花壇があり、その上に建てられた格子網に薔薇の蔓が絡まって花の壁になっている。薔薇の壁が端から端まで続いて、行き止まりかと錯覚する。そばまで行ってみると、ネムノキから降りてきた道の前で花壇は途切れて、向こうに、また同じような薔薇の壁があるのがわかる。

1列めと2列めとの間は、また、二人並んで歩けるぐらいの道になっている。2列めの薔薇の花壇は、左右両端が途切れている。

左端に行くと、蔓草模様の鉄格子の扉があり、〈ヌングンナム荘〉と彫った銅板が付いている。

薔薇の花壇を境にして、北側が妖精の庭園、南側が〈ヌングンナム荘〉である。

薔薇の壁の東の端の、蔓草模様の鉄格子の扉は掛け金だけで、錠が掛けられていたためしがない。開けて、一歩、〈ヌングンナム荘〉の庭に入る。

動物の姿の植木や石はなく、あたりまえの姿の植木と花壇と芝生だけである。ここは、人間の住む場所で、妖精の棲む場所ではない。

大きな木もなかった。低い木と、スイセン、クロッカス、ヒヤシンス、ムスカリ、スミレ、チューリップ、スズラン、ユリ、タチアオイ、ダリア、コスモスなどが植えられていた。

ここも、セメントの壁の内側に常緑樹が植わり、外側から山の樹々が被さるように迫っている。

庭は、50歩ほど先で行き止まりになり、格子網の塀がある。塀の内側に常緑樹は植えられていない。ただ、格子網の向こう側に、大きな木があるのが見えている。

戻って扉を閉めて、今度は、薔薇の花壇の西の端に行くと、こっちも蔓草模様の鉄格子の扉があり、〈ヌングンナム荘〉と彫った銅板と掛け金が付いていて、錠はない。

扉を開けて、〈ヌングンナム荘〉の庭に入る。

こちらも、セメントの壁の内側に常緑樹が植わり、塀の外から山の樹々が被さるように迫っている。

こちらでは、1列目の薔薇の壁も、赤煉瓦の塀より手前で途切れて、妖精の庭園の小さな八角形の池の縁から下ってきた小道が、〈ヌングンナム荘〉の庭まで続いている。
蔓草模様の鉄格子の扉があって、〈ヌングンナム荘〉と彫った銅板と掛け金が付いていて、錠はないばかりか、昼間は、開けっ放しである。

小道は、建物の横を通って、階段に変わる。

小道に沿った細い水路は、建物より妖精の庭園に近いところで、小さな四角い池につながっている。その池の水は、〈ヌングンナム荘〉の庭に撒かれるのだ。池の南側の縁に水門が付いていて、雨が降った時に、排水溝に流すことができるようにしてある。排水溝は、家の前の舗装道路の下を通って、川に水を流していた。

〈ヌングンナム荘〉は、谷の斜面に建っているのである。庭の西の端の小道は階段になって、建物の南側の敷地に降りていた。

〈ヌングンナム荘〉の建物は、池より南の、小道の東側に、2軒、ほとんど、くっつくようにして、北・南に並んで、薔薇の花壇と直角をなしていた。

二つの家は、大きさも形も全く違っていた。南側の家は、広さも高さも、北側の家の2倍以上だった。

北側の家と、南側の家の北半分とは、同じ平地に建っていて、小道の東側にあるが、南側の家の南半分は傾斜地に突き出して、階段の東側に建っていた。

北側の家は、平たい屋根の1階建てで、屋根も壁も濃い灰色で、正方形の箱を真ん中で二つに割ってずらしたような形をしていた。ずらして、はみでたところに、扉がある。池に近い箱に、花壇に面した扉、池から遠い箱に、南側の大きい家に面した扉がある。

南側の家は、灰色の大きな切妻屋根が二つある、白い壁の3階建てだった。二つの切妻屋根は、平地の部分と傾斜地の部分とに分かれて、直角に交わっていた。平地の部分の屋根が薔薇の花壇と平行だった。3階は、すっぽりと、屋根裏に収まっていた。

南側の3階建ての家と北側の1階建ての家との間に、二人並んで歩けるぐらいの距離が空いていた。それで、北側の小さい家は、夏は南側の大きい家の影に入らないが、冬は、すっかり、日陰になるのだった。逆ならいいのに、とは誰しも思うことである。

平地の部分の切妻屋根の東側の1階にテラスがある。テラスには、平たい屋根と、北と東の2面にガラス張りの壁が付いていた。北側のガラス壁は、2面に分かれていて、1面が引き戸になっていた。東側のガラス壁は、3面に分かれていて、まんなかの1面が引き戸になっていた。南は下半分がコンクリートの壁で上半分がガラス張りだった。

テラスより東の庭の、南側を塞ぐ格子網の外の傾斜地に、大きな木が生えている。樹幹が網を通して見え、頂は格子網よりも高いところにあった。

切妻屋根の大きな家の、傾斜地に建っている部分は、太い柱で支えられており、その土台となっている斜面に、芝生が植えられている。

斜面は地面に届くまえに遮断されて、芝生の下に、車庫が造られていた。

芝生の下の、東側3分の2が車庫で、西側3分の1に、車庫よりも少し奥に引っ込んで、同じコンクリートの壁の部屋があって、黒い扉が付いていた。黒い扉を開けて入ると、奥の西側にエレベーターがあった。

つまり、舗装道路からは3階の高さのところに、家としての1階があった。エレベーターは、家の西側に張り付いた塔を昇って、1階の外の廊下に着くようになっていた。

エレベーターの昇降塔と1階の外廊下は、黒い柱と透明な壁に包まれていた。透明な壁は傾斜地の部分だけにあり、平地の部分は、壁のない外廊下になっていた。

エレベーターの昇降塔の西側に、小道から続いてきた階段が降りている。

車庫とエレベーター昇降塔と階段の前の敷地は、コンクリートで固められていた。中型の乗用車4台が駐められる広さであった。

傾斜地の上の3階建ては、舗装道路に面した南側が正面で、各階にベランダがあって、切妻屋根だから、当然、1階のベランダが一番広く、3階のベランダが一番狭い。

屋根の側面も外壁もベランダの床も1階の床下の4本の太い柱も、皆、白く、テラスの天井裏が明るい茶色で、正面から見ると、家の輪郭が、くっきりと白い太い線になって表われていた。

4本の柱の上に、横長の四角形が載り、その上に三角形が載っているように見えた。

2階のベランダの、向かって右の壁と、3階の床とがつながって、アラビア数字の"7"に見えた。あるいは、"7"の左側にも短い縦棒をつけて右に倒したように見えた。"7"の右側は、1階のベランダから屋根まで吹き抜けになっている。更にその屋根も、一部を四角く刳りぬかれて、空が見えていた。

傾斜地の3階建ての東側の斜面は、途中で遮断されずに、地面まで届いていた。芝生が植えられているが、それを、すっかり、覆うような、大きな木がある。傾斜地の上の庭の格子網よりも高いところに頂があって、樹幹が網の目を通して見えている木である。

ここに家を建てる前からあった木である。

〈ヌングンナム荘〉の正面は舗装道路だが、両側面は、山の樹々が迫っている。つまり、〈ヌングンナム荘〉全体が、山に囲まれているような造りだった。

見方を変えれば、〈ヌングンナム荘〉は、登山口に造られたのだということもできた。事実、昔は、こちら側から、泉のあるところまで登っていく人もいたのだった。

そこには、目印となる木があった。野生のリンゴの木であった。

泉は枯れても、リンゴの木は枯れず、土地の古老から泉の話を聞いた人が、その木のそばに家を建てて、〈ヌングンナム荘〉と称したのだった。

*参照

https://www.archdaily.com/537528/gg-house-architekt-lemanski
GG House / Architekt.Lemanski

https://ko.wikipedia.org/wiki/능금나무
능금나무
위키백과, 우리 모두의 백과사전.

2021年10月31日の日曜日、ハンヨジンと同じ教会に通う人々が、東と西との二箇所に分かれて、ハロウィーン=パーティをした。ハンヨジンが魔女になって迎えられたのは東の家で、西の魔女迎えの家が、〈ヌングンナム荘〉だった。

10月31日午後9時40分頃、救急車が、〈ヌングンナム荘〉の車庫の前に停まった。

車庫の上の芝生に、ジャック=オ=ランタンが並んでいた。横の大きな木の根元も、ジャック=オ=ランタンが取り囲み、枝からも、ジャック=オ=ランタンが下がっていた。

1階と2階のベランダにも、ジャック=オ=ランタンが並んでいた。家の横の階段も、全部の段に一つずつ、ジャック=オ=ランタンがいた。

車庫の横の黒い扉を開けて待っている人がいて、ここから上へ、と言った。

救急隊員は、エレベーターで、1階の外廊下に上がり、外廊下から小道に入り、池の横を通って、妖精の庭園に入り、八角形の池まで登った。

地面に、12歳の少女が寝かされていた。そばに、灯の消えたジャック=オ=ランタンが落ちていた。

救命救急士は、少女の心肺停止を確認した。

12歳の少女シニョンは救急車に乗せられた。一緒に乗った母親のパクセヒョンが、病院に着くまでの間に、救急救命士に話した。

9時少し前に、ハロウィーン=パーティが終わる頃を見計らって、シニョンを迎えに行った。ゲームの賞品が渡される表彰式をやっていて、全員、何かの賞品を貰えるのに、シニョンだけがいなかった。他の子供達は、迎えに来た親と先に帰り、自分とパーティの主催者と手伝いのおとなと年長の子たちが、手分けして、シニョンを捜した。

家の中のどこにもおらず、庭にもおらず、妖精の庭園まで探しに行って、池に顔を突っ込んで倒れているのが見つかった。すぐに引き揚げて、水を吐かせようとしたが、息を吹き返さなかった。

12歳の少女シニョンは救急救命センターに運び込まれた。蘇生しなかった。

医師は、事故を引き起こした原因を調べるために解剖をしたいと、母親のパクセヒョンに話した。

そのとき、パクセヒョンの隣には、〈ヌングンナム荘〉の主人でハロウィーン=パーティの主催者のホンスギョンもいた。救急車の後から、自分の車で病院に来たのだった。

ホンスギョンも、言った。シニョンは、そばに誰もいないときに意識を失う発作を起こして水の上に倒れて、パーティが終わるまで誰も気づかなかったのかもしれない。

パクセヒョンは、涙を流しつつ、解剖を承諾した。

解剖の結果、事故につながるような病変はなかったことがわかった。外傷も内科的な病気も、植物や昆虫などの毒もなかった。溺死だった。


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