アカウンタビリティの重要性
おはようございます!
さて。
今日は昨日の続きの、『アカウンタビリティを利かせる為に大切なこと』というテーマでお話ししようと思います。
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▼ 『合意』の重要性
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ざっくり昨日の記事をおさらいすると、「スタッフを切る(解雇or移動)という判断は上長にしかできないが、切るな『説明責任』は果たした方がいいよね」というところだったと思うのですが(#合ってる?)、その『説明責任』を果たす上でも押さえておきたいポイントがあります。
ちょっとまたドライな話になりますが、「アカウンタビリティが利いている(確保されている)状態」を証明する為に、「エビデンスを残す」が一番重要です。
「エビデンス(根拠、証拠)」とは、ここで言うところいわゆる「書面」のことですね。
なので、書面をちゃんと残しながら解雇をしたり、採用をしたりするっていう事を、大きな組織になるとやっておく必要があるってことですね。
当たり前の事ですが、僕の務める会社でも、採用する時やタイトルダウンする時にも、「エビデンス」を残すっていう風になっています。(#今どきはもうどこもそうですよね)
もう仕方なく辞めて頂こうって場合にも、前もって『解雇事前告知書』みたいなものを作成するんですね。
要は辞めてもらう前に2ヶ月とか3ヶ月前に、「あなたはこのような理由で、改善されなければ3ヶ月以内に解雇しますよ」っというような内容の書面を残して、本人に説明するんです。
「今までに何回も同じことを指摘したのは分かりますよね」って、
そして本人もその事を自覚している場合がほとんど、
「改善期間を半年与えたけど、まだ変わっていませんよね」
「まあ、実際は変わっていません」
「じゃあ、この改善されない状況があと3ヶ月続いた場合には、解雇することになりますが、それは理解できますか?」
「理解できます」
「じゃあこの書面に名前を書いてください。」
とまあ、なかなかひりひりしたセリフを並べましたが、このようなやり取りをすることで『エビデンス』を残す。
そして3ヶ月間待ってあげて、結果改善できなかった場合、
「改善できませんでしたよね」となり、
「まあ、結果としてそうですね…」という現状の共有をしたうえで、
「では、残念ですが、解雇になります。 理解できますか?」
「はい。」
「では、こちらにサインを下さい。」
と、結果的に2回サインを頂いてから『解雇』するんです。
この流れは、大企業ではおそらくどこの会社でもやられている方法だと思います。
上記の例は、あくまでものすごく丁寧なバージョンで言いましたが、このプロセスがものすごく大切だと思います。
なぜなら、繰り返しになりますが、大事なのは『合意』だからです。
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▼ この場合は『感情論』より『仕組み』
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「どんな社員でも、必ず会社の求めた通りに成長させることができる。」とは、限らないですよね。
一生懸命企業側も努力したし、本人も努力した。
だけど、無理だったってことは、起こり得るわけですよね。
ゼロにはならない。
その時の事を考えて、設営責任をちゃんと発揮しておくっていうのは、リスクヘッジの観点からもそうですが、何よりスタッフに優しい考え方だと思います。
このような、合意をした上で解雇をするというのは、『適切な手続き』なので、そのことを「人でなしだ」とか、「いい悪い」とかっていう道徳的な判断をするのは違うので、しっかりその人を見てあげた上で、判断してあげたらいいんじゃないかなと思っています。
日本に存在する数多くの会社の中の、一つの部署で「向いていなかった」からと言って、その人の人間性がダメという証明にはなりません。
たまたま数ある会社の中で、その会社のそのポジションが向いていなかったというだけの事です。
ですから、決して感情論には持っていかない。
『いい悪い』とか、『善悪』を入れない。
それよりも、『説明責任』。
ちゃんと合意が取れている『エビデンス』を残す。
この事に集中して成された判断であれば、OKです。
当たり前ですが、従業員が出来る判断ではありません。
なので、ここでは『感情論』より『仕組み』として進める事が大切です。
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▼ 「それは採用の問題じゃないんですか?」
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それもあり得ます。
それは、『個々人』の事ではなくて、『組織』としてなぜ、このケースのように何度も何度もコーチングしてきても、その会社の組織人として成果を残すことができなかったのかっていう事は、その『個人』の話ではなくて、組織として、今後の課題として捉えるときには、「なぜだったんだろう」という分析をしたときに、「採用の問題だったね。」、「アンマッチだったね。」という事は、要素としてあり得るよねってことです。
その時には分からない。
結果から逆算は出来ても、この場合どうだったかというのは分からないので。
人が辞めた時に「あ~、あいつ向いてなかったね」っていう風に『感情論』で処理してしまうと、同じことを繰り返す可能性もあるので、冷静に分析をして、企業として、チームとしてどうあるべきかと都度都度向き合うことが大切だと思っています。
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▼ なんつって、偉そうなことをゆーておりますが…
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人の『採用』とか『解雇』って、「これが正解!」というのはなくて、でも僕がいつも思っていることは、「そもそも、会社って『ひと』が作ったんだよね」ってとこです。
言ってみれば、創業者が作ったものなので、創業者の考え方が、その会社の考え方だと思うんです。基本的には。
ただ、「おれ、創業社長じゃないもん」って場合だったら、創業社長から『創業社長の代わりを承った自分』がいるんだから、今はその経営者の人の考えで動かすのが『その会社の正解』になっていくので、、、
従業員もそうで、「私がこの会社(社長)を選んだんだ!」という認識を持った方が、ストレスは少ないですよね。
社長は社長で、「私が彼を採用したんだ!」っていう風に、思っていれば、全ての従業員が経営者シップを持っている必要はないのかもしれません。
それが『根本』のような気がしています。
『会社』っていう、人間じゃないものをイメージするからブレやすいのかもしれませんね。社長が、「うちの会社ではどうだろ…」とか言ってるよりも、「私はこうしたい。」と言ってもらった方がしっくりくるし、グッとくる。
この話はすごくセンシティブな話なので、「俺ならもっとこう面白くやるぜ!」みたいな応用や、裏技は僕にはないです。
面白くする必要はなくて、ここはしっかりやるべきだと思っています。
今回は『解雇』を題材にした『アカウンタビリティ』の大切さのお話でしたが、『解雇』が重くてちょっとそっちに寄り気味になっちゃいましたが、そもそも『アカウンタビリティ』ってめちゃくちゃ大事だと思っていて(#カタカナにするからダメなんかなぁ)、もっと身近に、もっと気軽に、息するように『アカウンタビリティ』が出来たらいいなぁって思ってます。
今度またどっかでアカウンタビリティについてもっと突っ込んだ話をしようと思います。
今日もありがとう!!
じゃ
またね。
阿部