ただれたマドンナ
そいつは、よく笑う女だった。
出会いはいつだったか、そう一年前だ。転職に合わせて越したアパートの下にコンビニがあって、そこの店員がそいつだった。
第一印象は可愛らしい高校生だなと思った。
朝七時、出勤前に寄るといつもそいつは忙しそうに走り回っていた。
そして俺に気づくと、おはようございます、とへんにゃり笑って挨拶をする。
学校には通っていないのか、どの時間帯にも彼女はいた。
年齢を訊ねたら、驚くことに俺とさして変わらず、よく休憩だと言っては外で気だるげに煙草を吸う姿を見かけた。
そのギャップにやられたのかもしれない。
ふとした時に彼氏の有無を聞いた。彼女はお菓子の棚で整理をしていた。
一瞬、残念そうな顔をしてからいつものへにゃっとした笑顔で「いますよ」と穏やかに答えた。
その日の夜はやけに酒が不味かった。
けれど俺はその日の俺に教えてやりたい。半年後には、お前そいつとヤってるぞってな。
「……ヤダさん?」
か細い呼び声が玄関先で聞こえた。眠りかけていた俺はうっすらと目を開けて、返事も待たずにスタスタ入ってきた声の主を見る。
彼女は慣れた手つきで鞄や着ていたコートをソファーに掛けて、俺の膝元に擦り寄ってくる。
ふわっと彼女の使うシャンプーの匂いがして、俺は横に寝転んできた女を抱き寄せた。
「彼氏は」
「ゲーム。わたしのこと興味ないですから」
いつものやりとり。でもいつも心の中で反論している。
ぜってーヤキモチとか恥ずかしくていえねーやつなんだろ。
まあそのおかげで俺はこいつとやれてるわけなんだけど。
話もそこそこにキスをして、身体に触れる。
大人しそーな顔をしといて、なかなかに彼女はエロかった。
求めることにはすべて応じてくれた。
そのくせ、やってる間はずっと恥ずかしそうな顔で必死に声を殺してるもんだからたまらない。
「なーさや、付き合う?」
セックスを終えて、まだ起き上がれないでいるさやの身体を撫でながら聞いた。
最初は無理やりだったけれど、週に一度は会っている。
もはや略奪は目前だと思っていた、けれども。
息を乱して蕩けた顔をしていた彼女はその言葉が合図だったかのように起き上がり、下着を身に着け始めた。
「言ってなかったですけど、わたし結婚するんです」
「は?彼氏と?」
「ええ、来月籍入れます。今日で仕事も最後でした」
結婚間近と言う割に全く嬉しそうでない顔に俺は昔、二股をかけられていた女を思い出してぞっとした。
本当は自分のことなのに、まるで他人の話をするような態度の彼女に対してかもしれない。
「それなのにほかの男とやってていーんかよ」
「いいんですよ、わたしのこと抱けないんですから」
うふふ、と昼間よく見る笑顔が俺を見る。
その瞬間、唐突に俺は彼女はいつも本当は笑っていないのだと気づいた。
「それなのに結婚するんやな」
「ええ。捨ててもらえなくて」
ふふっと自嘲気味の笑い方をして、彼女は俺を見た。
もうすっかり乱れた服装は直されていて、俺の跡などひとつも残されてはいない。
それが俺のことはなんとも思っていない証のように思えて、今すぐもう一度ぐちゃぐちゃに犯したい衝動に駆られた。
「なにそれ、彼氏のこと好きじゃねーの?」
「わたしは誰のことも好きじゃないですよ」
穏やかな笑顔が俺を見る。だからお前と寝れるのだ、とその笑顔が言っていた。
反射的に顔が笑った。
怖い女だと思う。でもどうしてか、可哀想な女とも思った。
「あんだけさっき鳴いといて言うセリフかよ」
「あっ…ちょっと…ヤダさぁん…」
手を伸ばし、スカートの中をまさぐる。
いまだしとどに濡れたそこは簡単に俺の指を飲み込んだ。
はあ、と熱い吐息がさやの薄い唇から漏れ、眦にうっすらと涙が滲む。
嗜虐心を煽られ、俺は服を毟るようにもう一度脱がして彼女を犯した。
きっと最後だと、俺は心のどこかで気づいていたから。
「じゃ、ヤダさん。おやすみ」
化粧を軽く直して、赤い唇をしたさやがふわっと笑って手を振った。
次の瞬間、音もなく玄関のドアは閉じて、その向こうから階段を静かに降りていくヒールの音が遠ざかっていった。
それを笑顔で見送って、俺は赤マルを咥えて火をつける。
部屋の中にはさやの匂いが残っていて、早くそれを消してしまいたかった。
「……何年ぶりかに失恋だわー」
誰にともなく呟いた。さきほどまで、確かに腕の中にいたのに、もう彼女には二度と会えない。
ひと口吸って目を閉じると、制服姿で俺に笑いかけたあの間の抜けた顔が浮かんで、鼻で嘲笑った。
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わたしなまじ顔が整っている方なので、昔からおじさんによく口説かれるんですが、大体腹の中ではその方のふぐりを全力で蹴飛ばしております。