ZPSS®︎0000
1
今年の夏は恐山に行った。八戸を朝早くに出発して,着いたのは太陽が傾きはじめた時刻だった。もっともその日は悪天候で,太陽は見えなかった。実際の恐山は異界とかではなくて,もっとリアルな場所だった。吹き付ける冷たい風が赤い風車を揺らして,持ってきたビニール傘を壊した。ばらばらな方向に折れた傘の骨が風の抵抗をもろに受けて歩きづらかった。雨と風にひるんで下を向くと,たくさんの丸い石に子どもの名前が書かれていた。太いマッキーの筆跡かもしれない。私には産まれてこなかった兄がいる。池に500円玉を投げ入れた。食べたこともない鉛の味が口の中に広がるのを感じた。
山を降りて,車にガソリンを注いでいると目の前に大破した軽自動車が転がっていることに気づいた。私のレンタカーと事故していた車の距離があまりにも近くて,気が付かなかった。オレンジのハスラーがレッカー車に引き抜かれていて,激突先のガソリンスタンドのサインポールは私の傘の骨のようにぐしゃっと折れていた。
なぜか運転手は無傷で,大学生くらいの若い男が魂の抜けたような顔でわきに立っていた。そんな状況なのに,ケミカルウォッシュのオーバーオールを着ていたのがおもしろくて,正直いって笑ってしまった。愉快な気持ちになって給油してくれたひとに話しかけたが,ほぼ無視されたことを思い出した。
そのあと,返却先のレンタカー屋の目の前で,今度は私が事故をした。事故をしたというのは誤りで,白いアルファードが信号待ちの間に突っ込んできた。警察が調書をとっている間,相手方の男と話をした。ユーモア感覚のあるやつで,何度も笑ってしまった。十和田で,息子の相撲の全国大会があるとかいっていた。「さっき恐山から帰ってきたばかりなんです」というと,相手の男の顔色が一瞬変わったようだった。「祟られてるんじゃないですか?」とこぼしそうになったんだな。と察知した。その男に名刺をもらった。庄内で米農家をしているようだ。私はその一帯の地域が嫌いなので,そういうことも覚えている。
2
最近私生活でクソみたいなことがあってまた落ち込んでいる。落ち込んでいる理由は,原因が私の過去の行いに依るものだからで,弁明の余地のない,誰がどうみても私に非があるだろうと思う行為が,回り回って自分に返ってきたからだ。このいい方も正しくないだろうが,もはやなんといおうとどうでもいい。そのことで落ち込むのは辞めようと思って実際ある程度うまくいっていたのだけど,全く見たくないものを見てしまって,ぶり返しているような感じでいる。
3
いちどホテルに戻って携帯を充電して,予約していたディナーを食べに夜の八戸へ出かけた。瓜科のような風味がありながらその中のどれとも違う味の鮎を食べた。文句のつけようがない,素晴らしい郷土料理のフルコースで,昼間のことなどすべて忘れた。隣に座った鮨屋の板前と仲良くなり,話をしていたところ,お店で働いていた男の子が急に卒倒した。すぐ救急車を呼んだが,男の子の母親が来るほうが早かった。八戸のナイトクラブを束ねる経営者なのだと,板前が私に耳打ちした。インクトナーをぶちまけたような,真っ黒なベンツ・マイバッハをぶっ飛ばしてきた。そのあと板前とキャバクラにいった。キャバクラに行ったことがなかったから,どうしてここのガールズバーは隣に女の子が座ってくるんだろうと考えていた。そのあとのことがよく覚えていない。次の日,新幹線で吐いていると知らない女の子から私とのツーショットの写真が送られてきた。また八戸に行かなきゃと思ったけど,この間彼女にそのラインを見せたあとブロックしてしまった。
たしか,その子は「間違いなく恐山の祟りだね」といっていた。
なぜかというと,私のレンタカーをアルファードでぶつけていないからだ。
Zonbipo Private Selection Senryu (ZPSS®︎)
目を見ながら住所を書かされてる
にれの丘あそこに蛇がいませんか
毛並みと歯並みトルマリンの天秤
憧れも冷たい風もありますね
俊之にダボって言って借りた金
逃げ回るタクシーの前に座って
ゆめタウンがある街に産まれてなんもない