オーディションを受ける前に
これから音楽で一旗揚げようとする方にとって、オーディションは代表的な道標のひとつだろう。いざ受けるとなったら、本番でも悔いの残らないように、自分本来のパフォーマンスをしっかり発揮したいところだ。
ところが実際にはそううまくはいかない。オーディションを受けるのは、大多数が駆け出しのミュージシャンだ。90年代にナインティナインがMCを務めていたTV番組「ASAYAN」の企画・再起にかける芸能人での鈴木早智子(Wink)のような例外もあるが、駆け出しゆえにリスナーの獲得もままならならず、ストリートで歌っていても足を止めてくれる人はごく僅か、ライブの動員にも苦労しているというケースが大半だろう。
オーディションの場で普段と決定的に違うのは、楽曲を披露する相手だ。聴いているのは、自らの歌を好意的に受けとめてくれる、僅かながらのリスナーではない。自分の何倍ものキャリアを積んだ、業界で生きてきたその道のプロフェッショナルだ。その彼らが行うのは鑑賞ではなく、審査である。歌い始める前から、ワクワクと楽しみに待ってくれている状況とは違う。課題曲がある場合は、同じ曲を続けて何度も聴くことになるので尚更だ。その場の圧に屈することのないように、万全の心構えで臨みたいところである。
今年の12月20日にYouTubeで観た生配信「ひろみちゃんねるTV」で、配信者・ひろみによるオーディションの体験談を聞くことができた。彼女は今年開催された、日本和装主催・二代目きもののうたオーディションに応募し、結果は第三位。賞金の獲得に至った。優勝以外にも複数の賞が設けられていたので、ひろみの歌唱力をもってすれば、手ぶらで帰ることにはならないだろうと僕は踏んでいた。結果を知って「さすがだな」と思ったのと同時に、彼女のさらに上をいく存在がいることにも驚いた。
傍から見ると一定の成果を上げたように映るが、彼女は賞金以上にタイアップに強い関心を示していた。そこまでには到達しなかったので、両手を挙げて万歳!という心境ではないのかも知れない。
本番では過度の緊張で、納得のいくパフォーマンスはまったくできなかったようだ。歌唱では声が裏返り、受賞の際の応答もしどろもどろ、待機中でも用意されていたお弁当にも手がつけられなかった程だという。これだけ聞いても、まったくいつも通りにはいかなかったというのがお分かりいただけよう。
生配信の談話では、バックステージで他の出場者に話しかけていればよかった、と彼女は言っていた。そうすれば緊張を紛らわすことができ、違った結果になったかも知れない、と後悔しているようにも僕には思えた。話っぷりや表情を見ていても、晴れやかというよりも負け戦から帰ってきたような感じも交じっているなあとは思った。しかし賞金はしっかり獲得しているので、なんともリアクションしがたい結果なのだろう。
今回、ひろみはソロ・シンガーとして応募したわけだが、中にはグループ応募の出場者もいた。生配信の談話の節々から、こういうときには心細さを感じなくて済む、共に活動する仲間の存在を羨ましく思っていたのかも知れないと僕には感じられた。
実は僕自身も、90年代にYAMAHA主催のTEENS MUSIC FESTIVALに応募した経験がある。当時、TM NETWORKのファンでYAMAHA製のシンセサイザーを持つもの同士という共通項のある友人がいて、その彼の誘いに乗った形だ。
彼は僕より何歩も先を行っていて、ボーカルはもちろん、プログラミングにメロディー・メイクからアレンジまで何もかもを自分で完結できていた。僕の役割はコーラスだったが、「音を外しそうなら無理をせず、最悪ユニゾンでもいい」と、本番前に耳打ちされていた。僕がいなくても彼だけでパフォーマンスは成立していたが、なぜ呼ばれたんだろう。当時は不思議だったが、今となってはバックステージを共に過ごすことで、彼の緊張を緩和させて普段通りのパフォーマンスを発揮させる役割が、僕にはあったのだろうと思える。
ユニットというと、B'zのようにお互いが足りないものを補い合う、フィフティー・フィフティーの関係が理想だと思っていたが、TEENS MUSIC FESTIVALに応募した当時の僕たちのように、力関係が偏っていても、相手のために貢献できているなら、それもアリだ。普段はひとりで活動している歌い手も、オーディションのときに力を貸してくれる仲間が見つけられそうなら、声をかけてみてはどうだろうか。僕も自分がセンターではないことに不満は一切なかったし、貴重な場を体験できて良かったと思っている。
もしくは、ひとりで挑むことになっても、他の出場者に話しかけて緊張を紛らわすという、ひろみができなくて後悔したであろうことを実践してみることだ。ここで一度接点が生まれていれば、今後他のオーディションでバッタリ再会ということも、あり得ない話ではない。そうなると「ああ、あのときの!」となり、両者にとってその先も風向きがかなり良い方に変わってくるだろう。
ひろみにはピアノの経験があり、発表会では直前までイヤホンで曲をチェックしていたという。自分より前の順番の出演者の演奏は、影響されてしまうといけないので、なるべく耳に入れないようにしていたそうだ。これを実践するかどうかはさて置き、ひとまず課題曲を外に持ち出せる環境は作っておこう。呼びかけられたら応答できるように、音量の上げ過ぎには気をつけておきたい。
これから初めてオーディションを受けるという方は、今回述べたことを少し思い返して欲しい。まったく何の情報もないまま挑むよりは、少しの心の支えになっていただければ幸いだ。
一度や二度の挑戦で結果が出なくても、簡単には諦めないことだ。globeのKEIKOはオーディション・デビューである。KEIKOは90年代に小室哲哉がtrfのコンサート・ツアーと並行して行っていた、EUROGROOVE NIGHTというイベントの九州会場で見いだされるわけだが、実はその前に同イベントの他会場で一度落選している。それでもめげずに九州会場に再エントリーし、globeのボーカリストの座を射止めた。その後90年代J-POPシーンの主役へと登り詰めたのは周知のとおり。また、m.o.v.eのボーカリスト・YURIも、先のASAYANの別企画で落選していたが、番組を見ていた木村貴志の目に留まり、その後TVアニメ「頭文字D」のタイアップを獲得するまでに至った。
オーディションで望む結果が得られず、審査員からは評価されなくても、同行していた関係者がその後自分主体で事を起こすとなったとき、「そういえばあのときのオーディションの!」と思い返してもらえれば、そこから世に出る糸口が見つかることもある。業界で動いているプロに実際に見てもらえる機会というのは、そうどこにでも転がっているものではない。チャンスとあれば、ドシドシ挑戦していくといいだろう。
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