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アフター・コムロの洋楽カバー(後編)

2020/05/30


 前回の記事に引き続き、小室ファミリー出身者による注目の洋楽カバーを聴いてみよう。
鈴木亜美「Kiss Kiss Kiss」

 アナンダ・プロジェクト2003年のリリース作の日本語詞カバー。元曲の数あるバージョンの中でも僕が好んで聴いているのが、Eric Kupper Club Mixだ。イメージとしては、ちゃんとドレス・コードのある上品な感じ。綺麗な夜景がよく似合う、ドライブのお供に持っておきたい一曲。一般のダンス・ミュージックとは違って、バラードを聴くときのように、目を閉じてウットリと音に酔いしれる的な味わい方もできる。ホワンホワンと波打ちながら減衰していく、シンセサイザーの柔らかく幻想的な音色が心地よい。
 これの鈴木亜美バージョン発売を知ったときは、「うわっ、エラく難しい曲に手を出したなー、アミーゴ大丈夫かぁ〜?」と心配になったものだ。彼女のデビュー当初しか記憶にない方には、この「Kiss Kiss Kiss」を聴くと、歌の上達ぶりに驚くことだろう。
 もちろん、2000年代中頃に日本のクラブ・シーンを熱くした、例えば井出靖のコンピレーションCDに収録されるような音楽ばかり聴いてる濃いリスナーにとっては、オリジナルのananda projectと鈴木亜美を同列には語れない。そこは分かっているが、そうは言ってもここは日本。知名度においては鈴木亜美の方が圧倒的に上回る。日本のリスナーにもananda projectの音楽を聴いてもらうのに、良い入口なのは間違いない。いくらananda projectのプロデュース・ワークが素晴らしくとも、日本で普通に生活しているだけでは、そうそう巡り合う音楽でもない。所変われば届け方だって変わるのだ。
 鈴木亜美のバージョンは、僕が愛聴しているEric Kupper Club Mixのシックな雰囲気よりも、音使いがキラキラと派手になった。彼女か過去にリリースした楽曲からの延長線上でも聴けるように、との制作意図があったのだろうか。
 日本人アーティストによる洋楽カバーは、遠い場所にある音楽へのガイドとしての役割もあるように思う。歌手の力量以外にも、制作側の選曲眼や交渉能力など、オリジナル曲のときとは別な要素が求められる。簡単な仕事ではない。

hitomi「Venus」

 バナナラマの80年代ヒット曲のカバー。2005年発売のシングル「Japanese girl」に収録された。太く力強い音色を前面に出した押せ押せなアレンジ。歌が始まる前のイントロの段階で、聴き手である僕の注意を一気に惹きつける。こういう音は大好物だ。
 フレーズや和音進行は、複数の音階が動いたり積み重なったりすることで、はじめて効力を発揮する。その良さを表現するのに手間隙や高い技術が必要になるが、そういうのも関係なく、出音それ自体が気持ち良い音色ってあるよね。音楽として機能する前に、単発でポーンと鳴らすだけでも気に入る音。hitomi「Venus」のイントロでは、僕にとってそういう音が鳴っている。
 面白いことに、hitomiのレパートリーには、これとはまったく別の「Venus」が存在する。2011年発売のアルバム「Special」に収録の「Venus」だ。バージョン違いとかではない。歌詞もメロディーもバナナラマとはまったく別の、「私たちが未来のヴィーナス」という歌い出しで始まる、日本人アーティストによる純粋なオリジナル曲だ。同姓同名の音楽版といったところか。
 歌うアーティストも制作年代も別々で、偶然タイトルが一致するケースはある。それこそ「I Love You」なんて曲はごまんとあるだろう。でも、過去に自分自身で出した曲のタイトルが被ることってある!?いや〜、紛らわしいというか検索泣かせというか。これは本当に、入手の際には買い間違いのないように、しっかり調べてからカートに入れるようにしたい。

バナナラマのオリジナル版は、僕はリアルタイムでは体感できなかったが、90年代に東京ドームで開催されたイベント「avex rave'94」模様を収録した映像がNHKの地上波で放送された。ビデオに録画してよく見ていたものだ。バナナラマの「Venus」はこちらで覚えた。僕が見ていたものとは編集が異なるので、知っている曲が省かれたり、見覚えのない曲が入ったりしているが、当時のイベント映像が見つかった。洋楽の世界により深く入っていこうとする方は、ご覧になってはいかがだろうか。
 大きな目玉は2アンリミテッドの出演。globeの音楽性にも影響のある存在で、小室哲哉も彼らのステージは参考になるからよく観ておくように、とメンバーに指示を出している。デビュー前のマーク・パンサーとKEIKOが会場で観ていたステージがこれなのかと思うと、俄然興味が湧いてくる。