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2000年代テイストで楽しむ小室哲哉ナンバー

※2020/08/01にamebaownedで掲載した過去記事を転載。



 乃木坂46への楽曲提供で、引退宣言から2年開いて音楽業界へカムバックした小室哲哉。この知らせに対するリアクションも賛否両論さまざまだ。その活躍が90年代に集中していたことから、現在となっては終わった人だと見る向きもあるが、僕はこれには異を唱えたい。今回は、見方によっては小室哲哉が失速していったと言われる2000年代においてダンス・ミュージック・シーンを熱くしてきたクリエイター、その中でも、井出靖監修の名作コンピレーションCD「TOKYO LUXURY LOUNGE」シリーズに登場するアーティストに絞り込んで、彼らゆかりの楽曲を集めてみた。

 本当に小室哲哉が「終わった人」であるならば、この度ピックアップするアーティストにも見向きもされないはずである。しかし現実には、彼の残した作品がこうして新たな色付けで蘇っている。新たな世代にとっても、小室哲哉が決して無視できない存在なのかがわかるだろう。小室哲哉は大好きだけど、他のアーティストはあまり深く掘ったことはないという方は、リミックスを担当したアーティストゆかりのオススメ楽曲も付記しておいたので、ぜひ音楽鑑賞の幅を広げてみていただきたい。

globe「Feel Like dance - FPM EVERLUST Remix」

 まずはglobeのデビュー曲「Feel Like dance」のFPMによるリミックスから。2011年発売のリミックス・アルバム「house of globe」の1曲目に収録。このリミックス盤自体が、もしglobeでTOKYO LUXURY LOUNGEをやってみたらこうなる!ってなぐらいに、当時僕が夢中になっていたハウス・クラブジャズ寄りの音作りにしてある。参加リミキサーの面々を見て、こんな面子が一同に会してglobeをやるのか!と血沸き肉躍ったものだ。僕がCDを入手した時点では、「在庫僅か」の表示が出ていたので、現在ではCDを入手することはできなくなっている可能性もあるが、配信リリースがあるのでぜひそちらの利用も検討していただきたい。

 globeのオリジナル・バージョンは、それまでの小室哲哉の集大成とも言えるような完成度の高さだった。元々がはじけるようなキャッチーでポップな曲調だが、FPMのリミックスでは男性ボーカル・パートやギターも使用しておらず、女性ボーカルときらびやかなシンセサイザー・サウンドのみで推し切る構成。キャッチーさに更に輪をかけて、よりフットワークが軽くなった印象だ。オシャレな感じで女性受けも良さそう。

 FPMは、「TOKYO LUXURY LOUNGE」シリーズ第一弾に「Reaching for The Stars」で登場。ファンにとっては当たり前過ぎる話だが、知らない方のために一応触れておくと、発売当時のアーティスト名義がFantasic Plastic Machineで、その後FPMとなっている。オリジナル曲も素晴らしい作品を数々産み出してきたFPMだが、今回はそれよりもFPMが2000年代中盤に自らのDJイベントでココ一番!というときによく回していた楽曲「Strings of Life」を取り上げたい。動画ではオーケストラ・バージョンにしてあるが、気に入った方はデリック・メイによるオリジナル・バージョンもチェックしてみると、FPMがダンスフロアで実際に使用していた雰囲気にグッと近づくだろう。

 僕もこの曲は現場で実際に何度か体感した。その中でも福岡県で開催された、サンセットライブでのFPMの出演が印象深い。通常DJというのは、観客の様子をみながら徐々に積み上げて行くように場を盛り上げていって、ピークタイムでとっておきの一曲を投下するものだと思う。ところがこの日は、田中知之がただ顔を出しただけで、まだ1曲も回してないうちから会場全体が完全に出来上がっていた。後で振り返ってみたら、1曲目からいきなりStrings of LifeでもOKだったんじゃないかと思えるぐらいだ。アイドリングをしなくても、FPMがそれまでに良質な楽曲やミックスCDを精力的にリリースしてきたことで、オーディエンスの期待が「FPMはハズさない」という確信に変わっていたのではないか。詰めかけた観客の多数が既にFPMにそんな印象を持っていたら、徐々に煽って行く必要もなくなる。のっけからアクセル全開な、多少無茶な繋ぎもできてしまうのだ。まさに地道な活動が身を結んだ瞬間だったように思う。





STUDIO APARTMENT「オーバーナイトセンセーション」

 続いてはTRFのヒット曲でレコード大賞受賞曲でもある、「Overnight Sensation」。これを新たに蘇らせたのは、「TOKYO LUXURY LOUNGE」シリーズ第一弾に「Flight」で登場した後も、度々コンパイルされた、シリーズ常連アーティスト・STUDIO APARTMENTだ。2012年発売のアルバム「にほんのうた」制作の際に、TRFメンバーのユーキとSAMを招いて、ボーカルを録り直している。

 仮にボーカル・パートを取り除いて聴いたとしても、この曲が「Overnight Sensation」であることは分かるぐらいに、元の曲の面影は残してあるアレンジだ。1995年発売の小室哲哉によるオリジナル・バージョンは直球勝負のパワフルな印象なのに対して、STUDIO APARTMENTのバージョンはヒネリを効かせた大人向けのエレガントな仕上がり。

 どうしてこんなに印象が変わるんだろうと、少し注意深く聴き込んでみた。STUDIO APARTMENTのバージョンは、小室哲哉のオリジナルよりもアレンジや録音の面でパーカッションがよく聴こえるように配慮されている。これで、TOKYO LUXURY LOUNGEによく登場するアーティストたちが得意とするジャンルのそれらしい雰囲気が出る。これに加えてベースも本家よりは装飾的な動きが多いので、先のパーカッションともよく噛み合うのではないか。

 アウトロの外国人コーラスも、小室哲哉のオリジナル版は熱くエモーショナルに歌い上げる感じでかなり主張が強いが、STUDIO APARTMENT版はもっと軽快でしなやかにリズムに乗っているように思える。主張するというよりは、サウンドの中に溶け込んでいるような感じだ。

 小室哲哉によるオリジナル・バージョンは、音と音の間隔を規則正しく空けてあるような印象だ。trfの場合は単に良い音楽を作るだけではなく、振りがついて映像作品として楽しめる所がゴールである。こういうサウンドの方がメリハリのある仕上がりになるというもの。ヒット・チャートに載せることも意識するとなると、この音作りで正解だ。

 かたやSTUDIO APARTMENTのバージョンでは、メンバーにダンサーがいるわけでもない。夜な夜なクラブに繰り出しては、深夜2時を回っても帰ろうとしない、かなりディープな客層を、映像の力を借りずにほぼ音だけで満足させなければならない。こうなると随所に変化球を織り交ぜた音作りが求められる。多少小難しくなっても、このぐらいはやってくれないと困る。

 アレンジを自分でもやってみようという方は、少し洒落た感じを出したいときには、一度完成したパートであっても、この音運びはリスナーにも先が読めてしまうのではないか?と思う部分には軽くかわすような変化をつけることも検討してみるといいだろう。ただ、やりすぎると難解な音楽になってポピュラリティーがなくなってしまうので、サジ加減は重要だ。

 STUDIO APARTMENTといえば2000年代の中頃には街のアパレル・ショップからも彼らの音楽がよく聴こえてきた。ああいう場にピッタリのお洒落な音楽が得意なんだよね。この度はそんな中からジャズ・シンガーのakikoを迎えた「Evolution ?」をピックアップしたい。2005年発売のアルバム「PEOPLE TO PEOPLE」に収録。彼らの音楽に触れるまでは、僕が聴いてきたのは小室哲哉かヨーロッパのダンス・ミュージックが大半で、ジャズなんて柄にもなかったんだけど、この影響でakikoや青木カレンなどのジャズ・シンガーのCDも買うようになっていった。

中島愛「Kimono Beat」

 最後はこの曲。松田聖子の1987年発売アルバム「Strawberry Time」収録曲のカバー。アレンジしたのはスウェーデンのアーティスト・ラスマス・フェイバー。コンピレーションCD「TOKYO LUXURY LOUNGE 2」に収録される、SOUL SOUCE PRODUCTIONの楽曲「The Real Thing -Monday Michiru meets Rasmus Faber-」において彼のサウンドに触れることができる。

 これは楽曲制作の経緯が非常に興味深い。2019年発売のアルバム「ラブリー・タイム・トラベル」にこの「Kimono Beat」が収録される運びになるのだが、参加アーティストのクレジットを見たときに、リスナーが思わず欲しくなるような面子を意識して制作にあたっているというのだ。つまり、作曲・小室哲哉、アレンジ・ラスマス・フェイバーだったら、そりゃあ気になってチェックせずにはいられないよね?という購入者心理を突いてきているのである。

 意外なことに、このマッチングは中島愛本人の発案だ。僕はてっきり、レコード会社の偉い人の指示に従っているだけと思い込んでいた。中島愛がラスマス・フェイバーを知っているようなイメージも持っていなかったのだが、メジャー・デビューしてしっかり成果も上げてきているんだし、そりゃあ良い音楽をたくさん聴き込んできているはずだ。これで僕の中で中島愛の株も上がったな。

 冒頭で、小室哲哉が「終わった人」だと見る向きもあることに僕は賛同できないと述べたが、現代の音楽シーンで活躍する中島愛が、自らの意思で自分の作品に起用する作曲家として小室哲哉を選んでいるのである。この点にはぜひご注目いただきたい。レコード会社との契約が切れた後も新たな所属先が全く決まらず、ライブも行えなければ新曲の制作もしていない、さらに過去のヒット曲の再プレスさえも全く行われていない。こんな状況が何年も続いている…こうまでなれば、終わった人だと言われても仕方ないが、果たして小室哲哉はそうだろうか?

 ラスマス・フェイバーといえば、Jazztronik「Seaching for Love」のリミックスにみられる大胆なアレンジが印象深いが、今回はしっかりとポップスの範疇に収めてきている。なんでもかんでも派手なダンス・リミックスというのではなく、届けるリスナー層に応じて幅広く対処できるのだろう。中島愛の歌唱もオリジナル歌手へのリスペクトをたっぷり込めてある。これなら松田聖子のファンも気持ちよく聴けるのではないか。

 自分でもこの曲をカラオケで歌ってみよう!という方は、Bメロの「Fu Fu」の部分の歌い回しに気を遣ってみてはいかがだろう。一度目の「Fu」の後、二度目の「Fu」で感情を込め直すのである。歌詞では同じ単語が二度続くので、ついつい同じ調子で歌ってしまいがちなところだが、中島愛本人の歌唱をよく聴けば、そうはなっていないことに気がつくだろう。

 

 ラスマス・フェイバーの作品でイチオシなのは、なんといっても「Free」だ。アーティスト名義がSeawind Projectとなっているので、知らない方は気づかないかも知れないが、ラスマス・フェイバーの作品である。数あるバージョンの中でも僕の一番のお気に入りは、KNEE DEEP CLASSIX CLUB MIX。2006年発売のタワーレコード限定コンピレーションCD「LUXE」に収録。

 これには並々ならぬ思い入れがある。初めて聴いたのは、福岡市で行われたJazztronikのクラブイベント。普通はTVやラジオ、あるいはお気に入りのアーティストのアルバムに収録されたもので初めてお目にかかるものだろう。誰の何という曲という情報も得られる。ところが、これは最初がいきなりダンスフロアだ。当時の僕はこのジャンルに飛びついてから間もなかったので、アーティストも曲名もまったく分からなかったが、とにかく最高に洒落た雰囲気に酔いしれた。と、同時に楽曲の情報を調べる術もないので、曲が終わると「ああ、もう二度と聴けないかも知れないな、良い曲だったのに」と、一抹の寂しさも感じていたっけ。

 パーティーから何日明けても、やっぱりこの曲のことが忘れられない。サビで何度も「Free」という歌詞が出てくるから、多分「Free」という曲名なんじゃなかろうか?手掛かりはこれだけ。それ以降僕はCDショップの試聴機の前を通る度に、洋楽コーナーのジャケット裏の曲名欄を片っ端から追っていき、「Free」という曲を見つけては「コレでもない」、「コレも違う」と、なんとかして野崎良太があの夜かけた「Free」を探し回るようになる。たまにジャケットの表にも裏にも曲名が書いてないCDがあるが、この当時は「曲名ぐらい開封しなくても分かる所に書いといて欲しいなあ」と思ったものだ。こんな方法で見つかるわけない!と頭では分かっていても、CDショップに行く度に、どうしても洋楽コーナーに足が向いてしまう。

 そしてとうとう、こんな方法だが見つかってしまった。自分でも「嘘だろ!?」と信じられなかったが、タワーレコードに置いてあったコンピレーションCD「LUXE」に、確かにあの夜かかっていた「Free」が収められていた。多分レジに持って行く前に、僕は小さくガッツポーズしてたんじゃないかな。

 後にラスマス・フェイバーの来日公演の際に、この曲を生演奏で体感できたのも感慨深い。外タレの公演なんて、一度機会を逃したら次はいつ観られるかなんて分かりゃしないからね。別名義で出した曲だからライブのセットリストに組み込まれてるとは思いもしない。喜びもひとしおだった。余談だが宇都宮隆も自らのライブでは、過去に別名義で出した曲をしばしば披露してくる。安室奈美恵もSUITE CHICの曲を披露することがあった。

 小さな町でも、ひとつくらいはレコード・ショップがある時代は過ぎ去ってしまったし、そもそも販売経路も狭いCD。手に入らないなら、既に持ってるDJにかけてもらおう!としても、クラブイベントも開きにくいご時世になってしまった。それでも、これはぜひともチェックしていただきたい。草の根かきわけてでも聴く価値アリな一曲だ。



尚、中島愛『Kimono Beat』は2022年5月19日に、こしがやエフエムの番組・TIMEMACHINE NARRATIVEでピックアップされた。