弦楽器で奏でる、TM NETWORK「Get Wild」
2021年10月1日、TM NETWORKファンにとって衝撃的なニュースが舞い込んだ。新曲「How Crush?」のリリースと、3人揃っての本格的な活動再開である。サウンドの中核を担っていた小室哲哉が音楽活動からの引退宣言を発表。その後、乃木坂48や浜崎あゆみへの楽曲提供、自身のセルフカバー「RUNNING TO HORIZON 206 Mix」などで徐々に復活への兆しは見せていた。だが、ファンの僕でさえも、TM NETWORKの復活は、切望してはいても夢物語の域を出ない、というのが本音だった。
それが、まさかまさかの展開だ。ボーカリストの宇都宮隆は単独公演によるツアーの真っ最中。ここに専念するものとばかりに思い込んでしまうが、10月から隔月で開催される、TM NETWORKの3人揃っての出演となる無観客配信ライブも意識しながらの活動となる。なんとエネルギッシュなことか!
例え実現したとしても、まだまだ先の話と思っていたTM NETWORK復活の一報。随分と驚いたし、反響も大きい。
今回は彼らの代表曲「Get Wild」を、いろいろな弦楽器奏者によるカバー動画で楽しむことにしよう。鍵盤楽器奏者の作った楽曲を、弦楽器奏者がどう解釈し、表現したのか。そのあたりに注目してみると面白いだろう。
Yoshi Rock「Get Wild」
まずはギター演奏によるカバーから。今回の記事の目玉でもある、インパクト大の動画だ。聴きどころは盛りだくさん。最初から最後まで耳が釘付けで、むしろ聴きどころではないポイントを探す方が無理な話ではないか、とさえ思える。それほどエキサイティングなパフォーマンスを披露してくれている。
イントロの尺を倍の長さで表現するアプローチは、2005年発売の玉置成実によるカバーを彷彿とさせる。出だしの数小節はオリジナル版の旋律を辿っていくが、その後自由に展開していく様子も好感触。これは面白いカバーになりそう!という期待感が序盤から一気に高まる。
イントロをゆっくりな展開で始めた分、本編で本来のテンポ感に戻った途端に加速感が増す。最高の切り出し方だ。1コーラス目が終わった後の間奏では、ハードロックでのギタリストの奏法とEDMでのトラックメイカーのプログラミング、それぞれのジャンルならではの表現が共存し、聴きごたえのある展開をみせる。2コーラス目が終わってからエンディングまでが、最も大きな聴きどころ。一度休符を挟んでから、ロングトーンで演奏を再開し、それに続く速弾きフレーズ。ここがYoshi Rock自身の内から沸き起こるパッションをまじまじと感じられる部分だろう。
TM NETWORKファンのみならず、B'zファンにも聴いていただきたい。それは、松本孝弘がかつてTM NETWORKのライブやレコーディングでサポートをしていた縁があるからという理由だけではない。Yoshi Rockの演奏を終盤まで聴けば、B'zファンをも思わずニヤリとさせてしまう仕掛けがしてあるからだ。
アウトロでは、どこかで聴き覚えのあるフレーズだけど、何だったか思い出せない方もいるかも知れない。そういうときは、映画「ぼくらの七日間戦争」のサウンドトラックを引っ張り出してみよう。Yoshi Rockも自身のYouTubeチャンネルで、このサウンドトラックの収録曲からカバー動画を投稿している。
始まりから終わりまで、小室哲哉の音楽に精通しているからこそ生み出せる、粋な盛り付けが楽しい。
こういう、オリジナル版にはまったくない、その奏者ならではの味が楽しめるかどうかで、カバー動画がリスナーに刺さる度合いはかなり変わってくる。カバー動画を録り慣れてきたら、譜面通りに間違えず演奏できることまでで満足せずに、もう一歩先へ踏み込んでみよう。新たな世界が見えてくるはずだ。
特に「Get Wild」に至っては、TM NETWORK本人たちによるリメイクがいくつもあり、それを全部収録しようとすると、1枚のCDではとても足りないほどの量になる。企画アルバム「GET WILD SONG MAFIA」をお持ちの方ならご存じだろう。それに加えて老若男女、世界各国で数多くのカバーも発表されている。これらを既にチェック済のコアなファンには、ちょっとやそっとの変化では、なかなか驚いてもらえないだろう。
そこへきてのYoshi Rockの快心の一作である。ぜひお聴き逃しのないように!
あかりんご「Get Wild」
続いてはベース演奏。先のYoshi Rockはエッジがキンキンで刺激満載な仕上がりだったが、こちらは対照的に聴きやすさ重視のポップな仕上がり。TM NETWORKの曲で分かるのはアニメの主題歌ぐらいで、そんなにたくさん知っているわけでもなく、あまり大胆なアレンジをされても困惑してしまうというリスナーには、こちらの方がとっつきやすいだろう。
TM NETWORKにはベーシストがいないのだが、それでもベースのカバーが投稿されている時点でレア度も高く要注目。演奏も安定感があって落ち着いて聴いていられる。単に市販の音源の上から自身の演奏を被せるのではなく、自前で伴奏を調達して、自分自身の演奏のみを録音しているのはポイント高い。手間はかかるが、この条件をクリアしているかそうでないかで、観賞を楽しめる度合いも相当変わってくる。特に、誰もが知っている定番曲で他の作品と一線を画したいのなら、この点だけは押さえておきたい。
ベース演奏によるカバー動画ではあるが、ボーカル・パートも収録している。楽器演奏のカバーだと、まったく演奏をしないリスナーには興味を持ってもらいにくいところ。だがこの動画はもっと広い層にもアプローチできるだろう。もちろん彼女の本職は歌よりもベースの方だろうが、歌っていることはプラスにはたらいていると思う。
あかりんごの心温まるカバー動画を、ぜひお楽しみいただきたい。
高嶋英輔「Get Wild」
最後はバイオリン演奏で締めてみよう。先のあかりんごは、ベース奏者不在のアーティストの楽曲をベースでカバーという点で、レア度の高さにも要注目だった。こちらは、そもそもバイオリンという楽器奏者がメンバーにいるポップスのアーティスト自体がなかなか見つけにくく、さらにレア度の高い作品だ。
TM NETWORKのファンにとっては、バイオリンに馴染むには今年は特に良い機会だろう。宇都宮隆は今年の自身の単独ツアーを、ボーカル・キーボード・バイオリンの3人編成という、かなり珍しい形態で行っている。まずはバイオリン奏者・NAOTOが2019年にリリースした「Get Wild」を聴いていただき、そこでバイオリンに興味を持てたら他の奏者の作品にも触れてみるといいだろう。
僕もこれまでバイオリンに深い馴染みがあったわけではなく、知っているのは金原千恵子のほかにチラホラ…という程度だった。金原千恵子はダンス・ミュージックにかなり寄り添って活動していたので馴染みがあったが、彼女は例外中の例外で、クラシック畑の人はポップスなんてやらないような思い込みが僕にはあった。
ところが蓋を開けてみると、意外とバイオリン奏者もポップスを弾くんだな、と驚いたものだ。嬉しいことだよね。
余談になるが、宇都宮隆のアルバム「fragile」の歌詞カードのクレジットには、「KANEHARA CHIEKO STRINGS」という記載がある。僕はこれを「KINBARA CHIEKO STRINGS」の誤植ではないかと踏んでいるのだが、そうだとすると、かつて縁のあったアーティストということになるね。
このカバーもイントロからツカミはOK!単音楽器ではあるが、重ね録りでメイン・パートの他にサブ・パートも弾くことによって奥行きのある仕上がりになっている。これも譜面には書かれていないものを、奏者自らのアイデアで絞り出さなければならない。聴きごたえを生み出す秘訣だろう。
僕が「Get Wild」のカバーを鑑賞するときに一番ハラハラするのが、サビの「一人では」「君だけが」の「りでは」「だけが」といったところの音程の辿り方だ。ファン心理としては、ここはオリジナル歌手の宇都宮隆や、作詞を手掛けた小室みつ子のセルフカバーのように、音程をキープした歌い方でいってもらいたいところ。しかしながら実際は、ここで音程を動かすカバーもかなり多く存在している。小室哲哉自身がメンバーであるglobeのカバーですら、音程を動かしているぐらいだ。
例え音程を動かしていても、それにも勝る聴きどころがあれば楽しんで聴いていられる。globeのカバーはBメロのマーク・パンサーのパートが激アツだし、二人目のジャイアンのカバーはイントロから大胆なアレンジで聴かせる。だからまったく問題はない。
しかし、オリジナルに沿ったアレンジの場合は、宇都宮隆のボーカル・ラインの取り方をトレースしてもらいたいものだ。その点、高嶋英輔のカバーは心配ご無用。この点でリスナーをガッカリさせることはないだろう。僕は、この部分を間違って表記している楽譜が出回っているんじゃないか?とさえ思っているのだが、実際のところどうなんだろうね。
ラストはオクターブ上げて締めているのも、ちょっとしたポイント。人間の肉声ではなかなかこうはいかない。バイオリンの音域の特長を活かして、ピリッとしたエンディングになったと思う。
普段はポップスばかり聴いていて、バイオリンとは縁の薄かった方には、こちらの動画をチェックしていただきたい。
3つ書けたから、noteの企画「スキな3曲を熱く語る」に応募できるかな?とチラッと思ったけど、3つとも「Get Wild」じゃん!これじゃ3曲にはならないな。今回はやめとこう。