北条司・原画展
福岡市・キャナルシティ博多で開催の「キャッツアイ40周年記念原画展〜そしてシティーハンターへ〜」を観覧した。
漫画家・北条司の原点ともいえる、デビュー作の「キャッツアイ」から、大ヒット作「シティーハンター」に至るまで、貴重な原画を多数展示。現代の漫画の原稿は、コンピューター処理が当たり前だとは思うが、この時代の原稿は手作業だ。展示を目の当たりにすると、活字で紙に印刷されたセリフ部分を切り抜いて、吹き出しに貼り付けた跡までハッキリ見てとれる。これは感慨深い。一般の読者はもちろんのこと、自らもペンを取ってネームを書いていたという方なら尚更だ。場内は杏里の歌がBGMで流れており、雰囲気を盛り上げる。
原稿の実物を眺めることは、音楽で例えるならこんな感じだろうか。音源を2ミックスに落とし込む前の、各チャンネルに割り振られた楽器音を単独で聴けるような状態。もし自分が操作卓に座れて、どのトラックも自由に再生していいとなれば、鳥肌ものだ。製作に携わっていなければまずお目にかかれない、貴重な資料である。
北条司の挨拶文も見ることができる。デビュー当時の自分の感覚では、漫画というのは消耗品。いつかは忘れ去られるもの。それが今回40年という歳月を経て、また見ていただける機会を持てたことに驚きもあるし、感謝している。このような旨のコメントをしている。
単にひとつの作品が、40年間だれかの記憶に残り続けるだけでも相当なものだ。それが今回、展示会という形を伴って、陽の目を見ることになった。シティーハンターは海外からも多くの支持を得ている。偉大な作家はやはり違うなあと思った。今現在、少年ジャンプに連載中の漫画家の中で、40年後に展示会が開かれそうなのは誰だろうか。
北条司の作画についても、会場内の説明文から伺い知ることができる。キャッツアイの三姉妹については、顔を描き分けることはせず、髪型のみで描き分けたという。言われて初めて気づいたが、そう言えばそうだ。キャプテン翼は、子供が見てもみんな同じ顔に見えるのだが。北条司が言うには、読者の潜在意識の中には、「このキャラクターにはこういう顔であって欲しい」という理想像があるもの。描き分けをしようとすると、どうしてもそこから逸れた仕上がりになる。だったら描き分けるのをやめよう、ということらしい。顔の描写ひとつとっても、プロにはきちんと狙いがあるのだ。
大変失礼な話だが、子供のころ、キャプテン翼の作者はバリエーションに乏しくて、あの顔しか描けない画力だからみんな同じ顔なんだと本気で思っていた。一目瞭然で違う顔なのは立花兄弟と次藤くらいなものか。そうではなく、ライバルがひしめく中で、パラパラと週刊誌を開くと「ここはキャプテン翼のページなんだ」というのが一目で分かるように、あえて同じようなテイストの顔にしたのかも知れない。高橋陽一の本当の狙いは分からない。だが、エピソードひとつとっても、いろいろな想像が膨らむのは楽しいことだ。
ひとつの描き方をベースにして、髪型を変えることでキャラクターを描き分けるという話からは、音楽でいうリミックスの手法を想い起こさせる。ボーカル・パートはそのままに、伴奏部分をごっそり取り替えることで、同一の楽曲でもまるで違うテイストの作品を生み出すことが可能だ。
アニメ・シティーハンターのエンディングテーマ『Get Wild』は、最初に発売されたオリジナル版と、リミックス版の『Get Wild’89』、それから歌も伴奏も録り直した『GET WILD DECADE RUN』の3バージョンが、過去にヒットチャートのトップ10入りを果たしている。
北条司の、読者に違和感を感じさせまいとして、顔を描き分けるのをやめたと言う話からは、『Get Wild』を歌う、ボーカリストの宇都宮隆にも、表現者として相通じるスピリッツを感じた。
一度発表したレコーディング音源から、あまりにも逸脱した歌い方をすると、リスナーからは「これは違う」と思われることはよくある話。長い年月が経っていれば、変わって当然だと見る向きもあるだろう。だが、宇都宮隆はリスナーに違和感が生まれるのを良しとしない。だから変えずに歌うし、その歌唱法がファンから支持されている。過去の数々のインタビューの中から読み取れる考え方だ。自らの表現が、ファンの求めるものから逸れていないかどうかを気にかけているという点では、漫画家とボーカリストという立場の違いがあっても、通じるものがあるんだなと思った。
音楽番組などで他のアーティストの出演を見ていて思うことがある。例えばもともとポップな曲をジャズ・アレンジに変更したとか、壮大なオーケストラ・バージョンに変更したとかなら、リズムの取り方も変えて然るべきだが、伴奏には大した変化はないのに、やたらタイミングが遅れたりする歌い方を見かける。これは聴き心地が良くない。歌う本人自体は同じ曲を何度も歌い過ぎて飽きてしまっているのかどうか知らないが、オリジナルを再現するのは、リスナーの聴き心地を考えれば大事なことだと思う。
北条司の作画に話を戻そう。キャッツアイが連載終了して、シティーハンターが始まる際、槇村香の髪型をショートカットにした経緯も解説されていた。当時の少年誌のヒロインは、長髪でなければ人気が出ないという風潮があったらしい。それにあえて抗って、ショートカットのヒロインに挑戦したのだそうだ。
この他、香の兄の設定にまつわるエピソードもある。最初から、命を落とす前提で作られたキャラクターだったが、彼を物語に登場させるタイミングについては、北条司と編集部の間には考えの違いがあったそうだ。これは同時期に連載の『キン肉マン〜7人の悪魔超人編〜』における、ウルフマンが連想される。原作者のゆでたまごによると、仲間がキン肉マンのピンチに駆けつける展開が決まった時点から、ウルフマンの敗戦は決定事項だったという。奇遇なことに、アニメ・シティーハンターとキン肉マンの主人公の声優は、どちらも神谷明だ。会場では神谷明の直筆サインも見ることができる。
北条司に加えて、元・少年ジャンプ編集長の堀江信彦の解説も読むことができる。原作への想いを馳せながら、展示会を観覧してみてはいかがだろうか。
この機会に、会場へ足を運んだり、改めて北条司の作品を手に取ってみていただきたい。
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