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都筑道夫氏が賞賛する『Jenny Wilde Is Drowning』(1970/TV) 脚本はヘンリー・スレッサー

都筑氏の映画鑑賞日記?『サタデイ・ナイト・ムービー』(1979年/奇想天外社)より。「drown(ドラウン)」=「おぼれて死ぬ」「溺死」の意味らしい。

ユダヤ系米国人ヘンリー・スレッサー(1927-2002)は〈星 新一に多大な影響を与えた〉推理作家/脚本家で「短編やショートショートの名手との事。


初出は『小説新潮』の昭和五十一年(1976年)五月号

_推理作家のヘンリイ・スレッサーは、ずいぶんテレビ映画の脚本を書いているが、三年ほど前にフジ・テレビで深夜にやっていた「ネイム・オブ・ザ・ゲーム」の一回、「ジェニイ・ワイルド・イズ・ドラウニング」などは、日本人むきの甘い甘い人情噺を、実にしゃれた技巧で処理していて、小憎らしくなるほどだった。_トニイ・フランシオサ扮(ふん)する雑誌記者が、ハリウッドにいまだに群がるスター志願の若者たちを取材していて、ジェニイ・ワイルドという自信まんまんの娘と知りあう。無一文で腹をすかしているのを哀れに思って、親友の顔のひろいディスクジョッキーに頼んで、
あちこちのスタジオに紹介してやる。だが、ジェニイの自信がわざわいして、どこへ行っても、うまく行かない。_だんだん彼女は転落して、行方不明になってしまうが、ある晩、ディスクジョッキーの番組に電話をかけてくる。お世話になったが、どんづまりに来てしまった、あなたの放送を聞き
ながら、死にます、という電話。ジェニイはトランジスタ・ラジオを抱えて、バーやスナックを歩きながら、電話をかけるたびに、睡眠薬を飲むつもりらしい。_ディスクジョッキーはあわてて、フランシオサを局へ呼びよせる。フランシオサは聴取者に呼びかけて、リクエストの電話をいっさい遠慮
してもらい、マイクを通じてジェニイに自殺を思いとどまるよう、説得しようとする。だが、ジェニイはときどき電話をかけてきて、だんだん呂律(ろれつ)の怪しくなる声で、どうしても死ぬという。その電話の背後に聞える音楽を手がかりに、フランシオサは雑誌のスタッフや警察を動員して、ジェ
ニイの所在をつきとめようとする。_しかし、どこにいるかわからないままに、番組の終了時間が近づいて、ジェニイが電話をかけてくる。睡眠薬の最後の一錠を、いま飲んだわ、いろいろありがとう、さようなら。フランシオサは、どこにいる、場所を教えろ、とマイクに叫ぶ。返事はない。床に倒れる音。スタジオの全員が息をのむ。やがて、電話から、かすかな笑い声が聞える。ジェニイが元気な声で、どう、これでも私はへたな役者? 今夜ハリウッドじゅうのひとが私の演技力を知ったのよ。私、きっと有名になるわ。
小娘に翻弄(ほんろう)された中年男たちは、顔を見あわして、苦笑する。やられたなあ、でも、彼女が生きていて、よかったじゃないか、という笑いだ。_フランシオサはひとり、局を出てゆく。戸外に若い女が立っている。見知らぬ女はフランシオサに近づいて、放送を聞いて感動しました、私も
女優の卵だから、ジェニイの気持ちはよくわかります、あなたのおかげで、私とても元気づけられました、お礼をいいます、と小さなものを彼の手に押しつけて、身をひるがえして行ってしまう。_フランシオサは自分の手を見て、にやりとする。女が渡していったのは、睡眠薬のいっぱい詰った壜(びん)。彼の懸命な説得は、ほんとうに自殺しかけていた娘を救ったのだ。スター志願の娘の感傷的な悲劇を、サスペンスで盛りあげていって、いったん皮肉な結末をつけ、さらにO・ヘンリイふうに甘くひっくり返してみせる。これだけ脚本が技巧をこらしていれば、主役がフランシオサのような大根(※ヘタな役者=大根役者のこと)でもじゅうぶん持つし、大甘の人情劇でも、おとなの視聴者をうならすことが出来るのだ。

」は引用者の加筆



英米ではイギリスの小説家サキと並んで短編の名手と呼ばれる


ジェニー・ワイルド」の役を演じたのはパメラ・フランクリン(1950-)。


単行本『サタデイ・ナイト・ムービー』(1979年)の書影。「文庫判」あり。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/t1135396166
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