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【人は何故〈恐怖〉を求めるのか?】 =クライヴ・バーカーによる〈スティーヴン・キング論〉=

必携スティーヴン・キング讀本 恐怖の旅路』(1996年)に収録のホラー作家/映画監督のクライヴ・バーカー(1952-)の序文『恐怖の旅路で命を落とさないために』を引用。最初の邦訳は『ミステリマガジン』1988年8月号。


~~キングは死を売っている。血をすする者の物語、肉を食らう者の物語、魂の堕落の物語――正気が、コミュニティが、信仰が、もろくも崩れ去ってゆく物語を、キングは書き続けている。その作品では、闇に打ち勝つ愛の力さえ確かなものではない。隙あらば愛さえも呑みこんでやろうと怪物たちは待ちかまえている。無垢も守りの力にはならない。大人と同じように子どもたちもやすやすと墓場に入り、ごくたまに復活を遂げる子供がいたとしても、宗教が約束した栄光とは程遠い形でこの世に蘇るだろう。~~おまえはどうして現実感覚の転覆をそんなに高く評価するのか、と疑問に思う人もいるだろう。~~ぼくたちが住んでいる複雑な世界とは精神のことだ。結局、人間が生きている場所は、自分の心の中にほかならない。人間の精神は、奇怪な大鍋のように、知覚の情報・感覚の記憶・知的な思索・悪夢・夢をぐつぐつ煮こみつづけている。~~これまで抑圧されてきた禁じられたものへの嗜好が解き放たれ、子どものころから聞かされていた話とは違って、奇怪なもの、おぞましいもの、逆説的なものを好むことが、実は健康の証(あか)しであることを悟るのだ。だからぼくは、こういいたい。転覆せよ、と。けっして弁解するな。~~それが前に触れた《両義性》の源泉である。自分の人生を変える何者かに出会いたいと思う欲望。その何者かに出会えば神々の領分に入ることができるのだが[]、ぼくたちはあまりにもちっぽけで、大いなる存在には一顧だにされない。そして、出会った瞬間、ぼくたちは殺されてしまうのだ。~~その怪物が、犬を蹴り殺したり、子どもを食らったりするのを見て、[]おれは違うのだと誰もが安心する。自分は天使の側に属しているのだ、と。しかし、それは作り話だ。ぼくたちの心の中には《闇》の棲む場所がはじめから用意されている。健康のためにも、ぼくたちは、かなり広いその場所を尊重し、探検してみなければならない。結局、人が恐怖小説を読むのは、苦しみや死を見物するのが好きだからだ。おぞましいものを見たい欲望があるからだ。天使ならそんなことは考えない。この《正義の新時代》――愚にもつかない道徳が叫ばれ、変わりばえのしない偽善者たちが従者をどんどん集めているこの時代には、何よりもまず人間は完全だという考えを捨てなければならない。そのかわり、ファンタジーだけが解き明かすことのできる人間の複雑さや矛盾を称えなければならないのだ。できることなら、善と悪、光と闇、現実と虚構といった似非(えせ)二元論に代表される単純化の波に溺れてはならない。つねにパラドックスを引き受ける用意をしておく必要がある。~~それとまっこうから対立するのが、これまでぼくたちが教えこまれてきた原則、これさえ知っていればたくましく世の中を渡ってゆけるといわれてきた原則である。証拠第一主義。論理などというものは、ちょっときっかけを与えてやれば、恐ろしい狂気、見事なまでに論理的な狂気に向かって突っ走るだけなのだ。》


☆ホラー作家/映画監督のクライヴ・バーカー(1952-)について


1952年、リヴァプールに生まれる。ジョン・レノンの同窓生。リヴァプール大学哲学科卒業。ボッシュやゴヤなどのヨーロッパ幻想絵画及び「サイコ」「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」「13日の金曜日」などのホラー映画に影響をうけ》ているらしい。『血の本』の袖の紹介文からの引用。

スティーヴン・キングがクライヴ・バーカーのデビュー作『血の本』シリーズに寄せた『私はホラーの未来を見た。その名はクライヴ・バーカーだ』という賛辞は、《「私はロックン・ロールの未来を見た。その名はブルース・スプリングスティーンだ」》という音楽の世界では有名?なフレーズを踏まえてるんですね。音楽に関する知識が無いので、今頃はじめて知りました。


クライヴ・バーカーの「映画」でいちばん有名なのは、監督/原作/脚本の『ヘル・レイザー』(1987/英)でしょうか。原作小説の邦題は『魔道士』。


予告篇 ↓
苦痛と快楽」は紙一重。「恐怖と笑い」は紙一重(←楳図かずお)


オリジナル予告篇

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https://www.buyuru.com/item_992774_1.html


ホラー短編小説集『血の本』シリーズ(集英社文庫/全6巻)の帯付き書影。私は当時新刊書店で1、2巻を買って数話だけ読んだ。後に古本で全巻購入。

http://blog.livedoor.jp/kuroneko_do/archives/9129934.html


↓表題作は映画化(2008/米/未公開)された。小説は傑作だが、映画は凡作。

血を抜かれ、毛をそられ、逆さ吊りにされた全裸の死体が四つ、地下鉄の振動に合わせて揺れている。 カウフマンは恐怖におののいた。肉切り包丁を手に、死体を処理している男こそ、《地下鉄内連続惨殺事件》の真犯人だ! この殺人鬼マホガニーは、人肉を食う奇妙な集団に、人間の体を提供する役目を担っていた。屍肉と血の海のなかで、カウフマンとマホガニーの死闘が始まる。
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オリジナル予告篇  
ブラッドリー・クーパーとヴィニー・ジョーンズ主演


小説を読むのが苦手な私が珍しく読破した中編?小説『死都伝説』(1989年)。

https://www.amazon.co.jp/dp/4087601668


映画化
が『ミディアン』(1990/米)。殺人鬼の精神科医を演じた映画監督のクローネンバーグは味のある〈怪演〉だが映画としては微妙な出来だった。

https://www.buyuru.com/item_927672_2.html


オリジナル予告篇  
〈正常(普通) VS. 異形(異端)〉のダーク・ファンタジー


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#クライヴ・バーカー #スティーヴン・キング #ホラー論

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