レンジーと連獅子と〜選手よ、谷底から駆け上がれ〜
1.一年後の現実
年内はラグビー日本代表の活動は中止
なんともやるせない思いになった。もちろん、あらゆる意味で、今ヨーロッパは、日本代表となる選手の健康と安全を保障できない状況にある。妥当な決断、ではあるが、W杯から1年も経たないうちに世界が激変したことを飲み込めない自分がいる。
2.変身するマスコット⁈
先日W杯のマスコット『レンジー』が、日本ラグビー協会の公式マスコットになったことを知った。
素人とはいえ伝統芸能に長く足を突っ込んでいた私にとって、『レンジー』は嬉しいマスコットだった。
なぜなら
人間に変身することができる
からだ。
W杯開会式では、歌舞伎役者市川右近さんらが凛々しく連獅子を舞った。
連獅子は言うまでもなく、白の親獅子、赤の仔獅子で成り立つ
舞踊の世界では、親と子、祖父と孫、師匠と弟子、盟友2人、で踊ることが多く、舞台の前から観客を期待させる取り合わせになっている。歌舞伎役者の襲名披露ではお約束の演目だ。
ラグビーの『レンとジー』は、やはり親子らしい
超一流の舞踊家でもあった故中村勘三郎と中村勘九郎、七之助親子のようだ
レンとジーは、普段は可愛いマスコットだが、ラグビーの公的な行事になると、突如人間に変身して雄々しく毛を振る。なかなか粋なマスコットじゃないか。
ちなみにあの長い毛は腰を使って振るらしい。首で振ったら首を捻挫する。
3、連獅子は自立の物語
舞踊『連獅子』は中国の故事に由来する。
ざっくり言うと、親が子を鍛えて自立させる物語だ。
親獅子は仔獅子を深い谷底に突き落として、自ら駆け上がるのを待つ。仔獅子は、のたうち回りながらも一度深い谷底を駆け上がるが、なんと再び親獅子に蹴落とされる。しばし谷底で休む仔獅子。心配そうに谷を覗き込む親獅子。
その時、谷底の水たまりに親獅子の影が映る。それをみた仔獅子は再び力を振り絞り、遂に谷底を駆け上がって親獅子のもとへ駆け寄る。それを受け止める親獅子。
物心ついた頃から、血は繋がっていても『師匠と弟子』として向き合う伝統芸能の世界の厳しさ、それを象徴する演目でもあるので観客の感動もひとしおだ。
4.ラグビー界運命のマスコット⁈
再来年に新リーグに移行するラグビー界が、この演目をモチーフとしたマスコットを協会公認とした事には、どこか考えさせられるものがある。
ラグビー選手は、多くが社員選手からプロ選手になるだろう。明日の保証もないプロの道に足を踏み入れる。
彼らは一度谷底に突き落とされるのだ
『ラグビー新時代』という深い谷底に
そこから這い上がった者だけが、チームのレギュラーの座を勝ち取る。しかし、その中の選ばれし選手は、再度新たな谷底に突き落とされ、日本代表という更なる高みを目指して、崖に爪を立て地上を目指すだろう。
この厳しい未来を選手達は今どれ程予想しているのだろうか。
5.選手よ、親獅子の愛を受け止めよ
若い頃、稽古場に駆け出しの舞踊家さんがいた。始めた年齢が遅く、芸もまだ拙ないものだった。しかし師匠は、
国立大劇場で連獅子の仔獅子を踊れ
と彼に命じた。当時の彼の技量では踊りきれない難曲だというのに。稽古場で師匠は最低限のことしか言わなかった。
舞踊会当日、私は彼の舞台を見た。前半だけで彼は息が切れていた。獅子の装束に変わった後半
それは惨めなものだった
力尽きて何度頭を振っても毛が回らない。箒のように国立大劇場の花道を、右に左に毛は揺れるばかりだった。
場内には失笑が漏れ、同情のため息が聞こえた。
これこそ親獅子の愛の教えなのか。
私は師匠のあまりの厳しさにただ呆然とするばかりだった。
キャノンスポーツパークでは、連日猛烈にトレーニングが行われているようだ。ラグビーマガジンでもダントツで沢木キャノンへの期待は大きい。
沢木親獅子は、選手全員を既に谷底に突き落としているが、谷の上から毎日這い上がるアドバイスを怒鳴ってくれる優しい親獅子だ。その言葉の一つ一つを自分の心に刻み込み、アドバイスの集積を自分なりに構築して新たな自分を創造する。これは選手仔獅子の仕事であって、沢木親獅子は手が出せない。
何人の選手仔獅子が、谷底から這い上がって沢木親獅子と再会できるだろうか。彼らを再び新たな谷底に突き落とすことに沢木さんが疲れ果てる、そうなった時キャノンイーグルスは強豪と呼ばれているだろう。
時折谷底を覗き込む沢木さんの顔が思い浮かぶ。愛の教えとは親獅子にも胸をつく痛みを伴うものだろうか。
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