【大学入試物理】SND'19第2回東大実戦模試・物理へのコメント
はじめに
※ 本稿の筆者は,ここで扱う模試の作成者・運営者とは(現時点で)一切関わり合いがないことをお断りします.
本稿では,各問題における解法と解法を決定するための考え方について記述します.読む前に,各問題における物理モデルの高校物理の中での位置づけを考え,対応する解法を思い浮かべてみてください.
ただし,第1問II(3), (4)は問題として不成立であるため,受験生は一切無視してください.
※ 不成立である理由については別記事で扱います.
なお,筆者の直接の生徒たちには,公式の解答冊子の解説は読まないことを推奨しています.理由は以下のとおりです.
* 定理の導出の計算ばかりに気が行ってしまう.
* 肝心の「解法を決定するための考え方」が示されていない.
* どの系に注目しているのかが明確にされていない.
解説を「解読」することに時間を割くより,本稿を読んで,答えが合うまで自力で解き直すことをお勧めします.
※ 特に第3問の解説では,解答執筆者が注目する系が,説明なしに二転三転してしまっています…
第1問I
小球は円弧上の針金に沿って動く.よって,円運動,とくに非等速円運動の問題である.非等速円運動は,力学的エネルギー保存則から速さを求め,中心方向の運動方程式から束縛力(ここでは針金からの抗力)を求めるのが定石である.また,固定面との衝突は,問題文に与えられた条件(ここでははね返り係数)に従って処理するだけ.
(1) 力学的エネルギー保存則を用い,点Bまで小球の速さが存在し続ける条件を求める.要は,点Bでの運動エネルギーが正である条件式を書けばよい.
(2) まずは,任意の地点での速さと抗力を,力学的エネルギー保存則と中心方向の運動方程式から求める.あとは数学的な処理であるが,抗力の符号が変わる(抗力がゼロになる)角度を求め,そのような角度が存在する条件を考えればよい.
(3) 固定面への垂直な衝突は,単に速度の向きが逆転し,大きさがはね返り係数倍になるだけ.その後,点Cでちょうど速さがゼロになる条件を,力学的エネルギー保存則から書き下せばよい.
(4) 物理とは無関係な数学処理.(3)で決定したv_0が(1)と(2)の不等式を満たすという条件を考える.
円運動の扱いの練習をしたい方は,JUKEN7ウェブサイトで公開している物理ドリル『円運動』をご利用下さい.
第1問II
小球と台が抗力を介して連動して動く,複数物体系の運動の問題である.このような設定下では,個々の運動方程式と束縛条件を連立して解くのは不可能である.そこで,全体で1つの系と見て,運動量と力学的エネルギーの保存則に束縛条件を併せて扱っていくのが基本である.
※ 台が動くため,小球の運動はもはや円運動ではない.
※ (発展的な注)台と共に動く座標系に移って,小球の円運動を議論する問題は作り得る(JUKEN7夏期物理『真の特講』問題5にある).
(1)(2) 「台に対する小球の速さ」というように,誰もが間違いやすい相対速度の大きさが登場するため要注意である.まずは,床に対する各々の速度成分と「台に対する小球の速さ」を正確に対応付けていくこと(その処理の中で自然と束縛条件を取り込むことになる).続いて,水平方向の運動量保存則と,力学的エネルギー保存則を立式して愚直に計算していく.
※ 抗力は個々の物体に仕事をするが,その仕事は合計で相殺する.よって,個々の力学的エネルギーは保存しないが,小球と台からなる系全体の力学的エネルギーは保存する.
複数物体系の基本の取り扱いについての練習は,JUKEN7生授業『2物体系』のテキストをご利用ください(相対速度の大きさが絡む問題ももちろん含まれています).
※ 生授業のテキストは無料公開しており,基礎学習が済んでいる方であれば自習可能です.自習できない方は映像授業(有料)の視聴もご検討ください.
第2問
静磁場中を動く導体棒の典型問題+α.以下のような定石どおりの考え方だけですべて解ける.
* 誘導起電力を「vBl公式」で決定(わざわざファラデイ則を用いない)
* 回路についてキルヒホッフ則を立てる(今回は電荷保存則は無用)
* 導体棒について運動方程式を立てる
* エネルギーの変換について考察
今回,I~IIIを通じて,導体棒に生じる誘導起電力は「vBl公式」で簡単に求まる.
また,電磁誘導では力学系のエネルギーと回路のエネルギーの磁場を介した変換が起こる.今回,力学系(導体棒と重力場とばね)は,運動エネルギーと重力の位置エネルギーと弾性エネルギーを持つ一方で,回路では,抵抗でジュール熱としてエネルギーが消費され,コンデンサーが静電エネルギーを蓄える.これらの間にやりとりがありつつも,全体ではエネルギーの総量は保存する.
I 回路のキルヒホッフ則と導体棒の運動方程式を立てるだけ.速度が一定になったとき,加速度はゼロであり,導体棒に働く力はつりあっている.
II Iと同様,回路のキルヒホッフ則と導体棒の運動方程式を立てるだけ.強いて言えば,i_C = dQ/dtに注意.グラフの選択は,単純に初期加速度と終端速度を求めて比較すればよい.
III(1) やはり,回路のキルヒホッフ則と導体棒の運動方程式を立てる.運動方程式が単振動の形に帰着するので,角振動数と振動中心を読み取って,時間追跡すればよい(暗算できる).
※ 運動エネルギー,重力の位置エネルギー,弾性エネルギーと静電エネルギーの合計が保存する.このことと,キルヒホッフ則を連立する解法もあり得るが,素朴に単振動の時間追跡で充分だろう.
III(2) ジュール熱を直接求めるには,消費電力(RI^2)を時間積分するのであるが,減衰振動の微分方程式を解いて電流を求め,積分を実行するのでは,大学1年生の試験になってしまう.そこで,ここでは(もちろん),エネルギー収支からジュール熱を逆算することになる.ただし,電磁誘導では力学系と回路のエネルギーの変換が起こるから,力学系と回路系の全体でのエネルギー収支を考える必要がある.ジュール熱が生じた分だけ力学的エネルギー(運動エネルギー,重力の位置エネルギー,弾性エネルギー)と静電エネルギーが減少することになるが,はじめとおわりで運動エネルギーと静電エネルギーはいずれもゼロなので,重力の位置エネルギーと弾性エネルギーの減少分が,ジュール熱の総量に等しくなる.
電磁誘導の本質をついた練習をしたい方は,JUKEN7生授業『電磁誘導の本質』のテキストを参考にしてください.
第3問
熱力学の問題は,基本の枠組み,もしくは2種類の例外処理(断熱変化,非平衡状態を経る過程)のいずれかに当てはめて解くことができる.今回は,そのすべてが順に登場する.
I 基本の枠組みどおり.気体の圧力はピストンのつりあいから求まり,体積は容器の容積に等しい.よって,状態方程式から温度が決まる.また,気体の内部エネルギー変化は「公式」から求まり,外部にした仕事はP-V図の面積に等しい.よって,熱力学第1法則より,吸熱量が決まる.
※ Iは,結果的に定圧変化になるが,だからと言ってわざわざ基本とは別の解き方をする必要はない.
II 準静的な断熱変化ゆえ,ポアソンの公式が成り立ち,それから圧力や温度が求まる.また,(内部エネルギー変化)=-(外部へした仕事)の関係から,仕事を逆算することができる.
※ このようなことができるのは断熱の場合に限ることに注意せよ.
III 非平衡状態を経る過程であり,ピストンと気体の間のエネルギーのやりとりの詳細が不明であるから,全体のエネルギー収支を考えるしかない.ピストンと重力場と気体の全体で1つの系と見れば,外界とのエネルギーのやりとりはなく(今回,大気は無い),エネルギー(ピストンの運動エネルギー,重力の位置エネルギー,気体の内部エネルギー)は保存する.はじめとおわりの平衡状態に注目し,エネルギー保存則を立て,状態方程式を連立すればよい.
IV~VI ばねがつくだけで,考え方はI~IIIのくり返しに過ぎない.
熱力学の基本の枠組みと例外処理についての練習は,JUKEN7生授業『熱力学の基本』のテキストを参考にして下さい.
※ 夏期『真の特講I』の問題7と問題8で本問と非常によく似た問題を扱っています.
得点の目安
第1問 IIを計算まで合わせられる受験生はほとんどいない.Iを完答したい.
第2問 本質的に同じことの繰り返し.ここで点数を稼ぎたいところ.少なくともIとIIは正答したい.
第3問 きちんと勉強していれば熱力学で方針に迷うことはないはず.I~IVは正答したい(が,実際は出来が悪いだろう).
均等配点を仮定すると,東大受験生であれば40/60は取って欲しい,と思う.
おわりに
どの問題も,物理的にシンプルで,問題文を読めばすぐに解法を確定することができるようなものでした.これは近年の東大入試問題とは傾向が異なりますが,この時期に受験生が思考法を確認する上では,このような問題でよいと筆者も思っています(もちろん出題ミスはいただけませんが…).
受験生のみなさんにとって本番までにはまだ時間がありますから,なんとなく解き散らかすのではなく,解法を決定する思考プロセスが,意識化されているのかを再確認して,成績向上につなげていって欲しいと願います.
記事に賛同してくださる方,なんらかの学びが得られたと感じてくださった方は,経済的に余裕のある範囲で投げ銭をいただければ幸いです.