イライラする挨拶代わり【毎週ショートショートnote】
〝少数精鋭で盛り上がるハイパー遺伝子まつり〟
今回私は一風変わった名前の婚活パーティに応募してみた。
なんか遺伝子自慢が集まるらしい。
えっ?私の自慢?
もちろん、この整った顔立ちと、均整の取れたバディだ!
私の顔には黄金比率しか存在していない。
そして大きなバストとヒップ、くびれたウェストだった。ちなみに私のウェストとヒップは完璧なW/Hレシオ(※注1)をたたき出していた。マリリン・モンローと同じ0.7だった。
したがって私にひれ伏しないという男を見たことがない。だけど私は飽き飽きしていた。イケメンで高学歴で高身長で高収入の男に……それだけでは物足りない。もう一つの〝何か〟が欲しかった。
さて、こぢんまりとした、そして小洒落た飲み屋さんの一室に男女それぞれ3人の合計6人が集まった。
男性はイケメン、女性も綺麗どころ。さすがハイパー遺伝子だ。
名札に#1をつけた男性から自己紹介が始まった。
「はじめまして!練馬高エネルギー研究所で常温超伝導を研究している高橋と申します。挨拶代わりにデモをお見せします」
隣の男性から質問がとんだ。
「常温超伝導で間違いないですね?常温核融合ではなく。たしか最近韓国の研究機関が実現したぞ!といって世界を驚愕させましたが結局どこの研究機関も再現できてません」
「ふっふっふ。まあご覧下さい」
高橋さんはアタッシュケースをテーブルの上に載せるとおもむろにケースを開けた。
「おおっ!」
私以外の5人が身を乗り出した。
「下の円筒は永久磁石です。そしてその上に浮遊している小さな切片が室温超伝導物質です」
「追試できてたんですか?」
「いいえ。韓国チームのものとはまったくの別物です。年末当たりにネイチャーに論文を発表の予定です」
「これが事実なら次のノーベル物理学賞はあなたです!」
女性の一人が立ち上がり拍手を始めると、他の4人がすぐさま後に続いた。
だいぶ遅れて加わったが私だけ置いてけぼりを食らっていた。何が何だかチンプンカンプンだ。短いデモだったが私にとってはウザいだけの時間だった。
次は女性の1番手だった。
「初めまして。日本画家の小松と申します。先日は伊勢神宮の方に私の最新作を奉納させていただきました。自己紹介を長々とするのも何ですから……」
小松さんは巻物を取り出した。右手で紐を解いたと思いきや、「えいやっ!」とかけ声をかけて左手で巻物を繰り出した。それはテーブルの上を吸い付くようにすうっと通り過ぎ、床に落ちたかと思うとそのまま通りすぎて壁にぶつかり、こんっと音を立ててようやくその動きが止まった。
「おおっ!」歓声が上がった。
カラフルな色使いの抽象画だった。いや、よく見ると鳥獣戯画だ。他の5人からは次々と質問が飛んだ。
〝あのさ、この凄さは見ればればわかるじゃん!〟
とにかく長い質疑応答だった。印象に残ったのは次の一つだけだ。
「これ製作にどれがけかかりましたか?」
「見てのとおり、タッチは最初から最後まで同じです。勢いというかノリにまかせて一気に描き上げました!」
だらだらとした時間が終わって良かった。
この時、私はふと不安に襲われた。
〝ちょっと待って?今日はこの流れなの?〟
〝どうしよう!私には見た目のアドバンテージしかない。おちゃらけたミッション系の女子大出で、一流商社で事務やってたけど今はニートだし……〟
相手に求める〝何か〟が、自分にもないことに突然気づいた。いやそんな気づきはどうでも良い。今日この場をどう乗り切るかだ。
私は必死に考えどうにかやり過ごせる手を思いついた。
とたんにこの場に対する集中力が戻ったが、それは私にとって退屈でイライラする空間でしかなかった。
次は先ほどの質問した男性だった。
「ジュリアード音楽院を首席で卒業した中村です。コントラバスの奏者ですが楽器ならなんでもこなせます」
といって取り出したのが、私の知っているものより3倍は長いピアニカだった。特注らしい。
中村さんはおもむろに演奏を始めた。〝ラ・カンパチなんとか〟といった名曲でピアノで弾くのもムズくてそもそもきちんと弾ける人があまりいないらしい。
それにしても凄い肺活量だ。素潜りやっても凄いんだろうな……。ちょっとときめいたが30秒で飽きてしまった。飽きるどころか残りの時間は苦痛でしかない。
他の5人はやはり食い入るように聴き入っていた。どうしてそこまで興味が続くのか不思議だ。
満場の拍手で中村さんのパフォーマンスは終わった。
女性の二人目はやはり美人で均整のとれた体付きをしていた。
日本画家の小松さんも美人だがちょっと細すぎる。この女性は容姿では私と張り合える唯一のライバルだ。
「オリンピック、アーチェリー種目日本代表強化選手の高野と申します。京大の院に通ってます」
〝えええ~。オリンピックにほんだいひょう~~?しかもいんせい~?〟
私は完膚無きままにたたきのめされた。
でも冷静に考えればオリンピックの強化選手がなぜに今婚活パーティ?後から思ったが高野さんは婚約なりをすることで日本代表の座を辞退したかったのではないか。
高野さんは続けた。
「では軽く私の特技を披露させていただきます」
といって何やらものものしい装備を準備し始めた。
「どなたかメニューを上に放り投げていただけませんか?」
弓に矢をつがえた高野さんは虚空に向かって構えたままそう告げた。
高橋さんがテーブルの上のメニューを掴むと天井に着くかと思うほどに高く放り上げた。
ひゅんっと音がして、メニューは矢によって壁に留められた。一瞬だった。
「もう一回お願いします。今度は3枚重ねで」
中村さんが3枚を重ねてやはり高く放り投げた。
再びひゅんっと音がして今度は別の壁に矢によってメニューが留められた。すこしばらけていたが見事に一本の矢で3枚が留められていた。
「どなたか確認していただけませんか?」
私は反射的に動いた。今日は絶対この率先した行動が生きてくる!
最初の矢は「生ビールピッチャー特大」を射貫いていた。
そして3枚重ねの方を確認するとそれぞれ「サイコの唐揚げ」「半笑いのポッキー」「ほんの一部スイカ」を射っていた。訳がわからなかったがどうやらここは創作料理の店らしい。
私は大声で読み上げてから、備え付けの電話でオーダーを出した。この機転が私の株を大きく上げるはず。高野さんとのコラボレーションだ。
そういえば始まってから40分以上経っているのにまだテーブルの上には何も載っていなかった。
高野さんのサプライズは皆を満足させ、そしてその驚くべき動体視力と技術をみんなが褒めた。
男性の最後は超イケメンだった。だけど、なんか〝うさんくささ〟が満載だ。この雰囲気。さまざまなパーティーでよくある色モノ枠かな?
「はじめまして。メンサの日本支部で青年部副部長をしている小山と申します」
〝うわ、やっぱり!〟
〝メンサってたしかIQが人口の2%に属する人か入会できないんじゃなかったっけ……とてもそんな風には見えないけど、コイツのIQって130だか150はあるってこと?……〟
〝それに、日本支部はわかるけど青年部って何よ!怪しさ満載じゃないの……でも市町村の消防の青年部ってだいたい還暦前の人で成り立っているらしいし……〟
小山さんは続けた。
「ところでメンサは知っていてもその入会時の試験って見たことがない人がほとんどだと思います。よかったらこれから体験してみませんか?簡略版ですが」
〝ええっ?これから?カンベンしてよ!〟
と思ったが周りを見わたすとみんな興味を示している。
〝いったいどんな集まりなのよ!!!〟
私は叫びたくなったがこらえた。
「では制限時間15分ですが今から問題用紙と筆記具をお渡ししますね。結果次第では私の裁量でメンサ入会の可能性もありますよ」
小山さんは全員に配り終えると驚くべきことを告げた。
「それでは、開始の合図で伏せてある問題用紙を起こして下さいね!…………あっそうそう。ここにいるみなさんは優秀な方ばかりのようなので制限時間15分では長すぎるかも。でも15分は一応規則なので、よかったら退屈しのぎに私の趣味の大道芸でも披露しますのでお楽しみ下さい。それではスタート!」
開始を宣言すると小山さんは部屋から出て行ってしまった。
〝大道芸って何?〟
悪い予感しかしなかった。
〝うわ、ムズい!〟
問題は予想通りだった。そしてこんな所まで来て頭を使うとは思わなかった。今夜知恵熱が出たらどうしてくれる!
周りを見るとみんな問題用紙に集中していた。やはり一芸に秀でるってのは集中力が凄いんだな!私は早々に問題から離れて人間観察ときめこんだ。
時間が半分も過ぎた頃だろうか…
突然アップテンポのエスニックな曲が流れ出した。中華系だ。それとともにマントをひるがえし派手な衣装をまとった小山さんらしき人があらわれた。〝らしき〟というのはお面をまとっていたからだ。
〝何だ、何だ!何が始まった?〟
扇で顔を覆うと、お面が変わっていた。後ろを向き振り返るとまたもやお面が変わった。次々とポーズを決めそのたびに一瞬でお面が変わった。
〝変面だ!まさか婚活パーティーで変面ショーが見られるとは思わなかった……〟
私はあっけにとられた。カオスだ……イライラやウザいをはるか遠くに通り越している!
マントも効果的に使われていた。素人芸の上手い下手はもうどうでもよく次々と矢継ぎ早に変わるお面に圧倒された。とにかく15回は顔が変わっただろうか。
最初は私だけだったが、問題を解き終えた人がだんだんと観劇に参加してきた。
最後のキメのポーズで素顔をさらした小山さんに満場の拍手が贈られた。
息を切らしていた。そして小山さんは全員の問題用紙を回収するとそのままの衣装で席に着いた。
〝重そうな帽子もとったらいいのに!あっネタがばれるのか!〟
余裕でツッコミを入れられるのもそこまでだった。
とうとう私の番がやってきた。
今日は割と早い段階で開き直った。
私は元気よく立ち上がりさっき苦し紛れに思いついたコメントを口にした。
「皆様!本日はようこそおいで下さいました。そして皆様のパフォーマンスにはいたく感動致しました。運営スタッフの鈴木と申します。本日は皆様のご不便がないよう全力でサポートに当たらせていただきますのでよろしく御願い申しあげます!」
(イライラする4000字ちょい越え。ホントに毎回字数オーバーで申し訳ないのですが今回もこれを410字に収めよう奮闘しましたが無理でした😭)
たらはかに様の毎週ショートショートnoteに参加いたしました!
(運営スタッフの鈴木よる※注1)
W/Hレシオというのはウェスト/ヒップの比率のことだ。これが0.7か0.7を切ったとたんに男どもにはその女がとてつもなく魅力的な女に見えるようになる。男どもは女を見ただけでこのW/Hレシオを瞬時に計算することができるのだ。
ところで、この0.7という数字。実は受胎率に関係がある。この数字を境に受胎率が上がるという〝しきい値〟なのだ。実は男は女のウェストとヒップを見ただけで子供のできやすさを本能的に判断していることになる。