優先席の微世界先生【毎週ショートショートnote】
「ここは僕の優先席で良いかな?」
特急列車の回転シートをくるりと動かして対面式座席にしたセンセイはすぐに進行方向に背を向けた窓際の席を確保した。そして窓際の小さなテーブルに水筒などを並べ始めた。
そのセンセイと呼ばれている先輩は僕たちと同い年だ。ついでに言えば大学も同じだった。
センセイは2浪の上2回生なかばで中退し、中途採用により新卒の僕たちより3ヶ月早くこの会社に入社したのだった。
たった3ヶ月しか違わないのにしかも中退のくせして、入社してすぐの僕たちにはやくも先輩風を吹かせて威張り散らすのには辟易した。
先輩はすぐに同期の僕たち3人からセンセイと呼ばれるようになった。センセイと言っても敬称ではない。どちらかというと揶揄の意味が込められた蔑称だ。いや蔑称とまでいかなくてもせいぜい〝大将〟や〝奴さん〟どまりの意味合いだ。
なのに先輩は僕たちにセンセイと言われるといつも満更でもない表情をする。センセイは空気が読めないのだ。
今日は研修で本社に出張だった。僕たち3人であればちょっとした楽しい旅行気分であったがセンセイがいるおかげで苦痛な行軍でしかない。
「そうだ、今日は特別に僕が淹れてきたコーヒーを君達にごちそうするよ。〝いつも会社で『僕だけがこんな美味いもの飲んでいいのかこの幸せ者!』とつぶやいてる〟と先日SNSに投稿したぐらい美味いんだ」
センセイはご丁寧に僕たちの紙コップまで用意してきていた。
「ね?どう?どう?どうなのよ?」
センセイは全員に感想を聞いて回った。大きめの水筒から注がれた珈琲は確かに美味かった。だが感想を強要されるのはうざいことこの上ない。
「じゃあ一人30円ね!」
〝えっ金取るのか!確かにこれで30円は安いが……いやそんな問題じゃねぇ〟
そこにいる全員が驚いたが、同僚の一人が気を回してすぐに100円硬貨をセンセイに手渡した。
「3人分です。お釣りはいりませんから」
「えっそうなの~。悪いね~。おかわりも良かったらどうぞ。2杯目からは15円に負けとくから」
〝冗談じゃねえ。もう二度と飲むか!〟
気がつくとセンセイの独壇場だった。センセイは僕たちにはお説教、上司の悪口とゾーンに入っているのかと思うほどの饒舌だった。
そうこうしているうちにグリーン車に乗っている上司が様子を見にやってきた。それにめざとく気づいたセンセイは急に声を大きくしてこんなことを言い放った。どうやら優先席の決め方はこれが重要だったとみえる。
「あっ、お疲れ様です。いまこの新人君達に部長がいかに素晴らしいか説いて回っていたところです」
〝えっ?お前今の今までこの上司のことさんざんボロクソにこきおろしてたやんけ!〟
僕たちはあっけにとられてしまった。
そうこうしてるうちに車内はだんだん混み始めてきていた。シートに座れなく立っている乗客も増え始めた。
センセイは再び何かをめざとく見つけると立ち上がってどこかに行ってしまった。
僕たちはほっとした。たとえトイレでも野郎がいなければ束の間の安息が得られる。
「おい!お前達、立て!」
突然声がしてそちらを見るとセンセイは若い旅行者風の女性3人を連れていた。
「この方達は楽しかった旅行の帰りで疲れてるんだ。若いだけが取り柄のお前達!席を譲れ!」
〝えっ!〟
女性を前にしてまさか〝イヤです〟とも言えずに僕たちは渋々と立ち上がった。
センセイは女性達を僕たちの座っていた席に案内し自分はもとの優先席に収まってしまった。
再びセンセイの独壇場が始まった。
女性達もはじめは席を譲って貰った負い目からか熱心にセンセイの話を聞いていたがそのうちリアクションが薄くなってきた。
センセイの話がつまらなすぎるのだ。誰だって自慢話をえんえんと聞かされるとうんざりしてくる。
こんどはそんな女性達にセンセイは説教を始める始末だった。
〝ああかわいそう!彼女達は優先席の微世界、みじんこ級に器の小さい男の微少ワールドにあと一時間は付き合わされるのか……〟
女性達のことを考えると同情せざるを得なかった。
〝一方、あと一時間はこの野郎の極小スモールワールドから離れられる僕たちって……〟
僕たちは自然と笑みがこぼれてしまっていた。
(1700字越え~)
たらはかに様の毎週ショートショートnoteの裏お題に参加しました!
器の極小の男を書きたかったのですがうまく書けなかったです。
自分を含めて器の小さい男のイメージ
1.セコい
2.すぐ怒る
3.許せない
4.自分にこだわりがありすぎる=我が強い=自分だけ
⇨ 世界が狭い ⇨微細ワールド、極小ワールド
これぐらいしか思いつきませんわ😭
まだありました。
5.すぐ妬む
6.根に持つ
(’23.12.5.11:14追加)