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頓珍館殺人事件・転【毎週ショートショートnote】

(こちらの投稿の続きになります)


「まあ守秘義務のことはいったん棚に上げよう」

ポームスは僕を殺人者にしない道をとったようだ。

「その日の13:30分頃、館内がなにやら騒然となったんだ。何事かと控え室を飛び出したところ、騒ぎはダイニングルームからだった。私が駆けつけたところ、奥さんがナプキンで口を押さえて苦しんでいた。執事と給仕係とおそらく料理人が何とか介抱しようとしていたが、奥さんの七転八倒する姿に気おされて誰も手が出せないでいた。旦那もおろおろするばかりで何の役にもたたなかった」

僕は固唾をのんでポームスの言葉を待った。

「私は中毒と見当をつけて吐かせようと駆け寄ったんだ。なんとか暴れまくる奥さんをねじ伏せて、口に手を入れようとした矢先にこときれてしまった。ナプキンをもぎ取るのにちょっと時間が掛かってしまった。無念だったよ。そして奥さんの口もとからのアーモンド臭に気付いた。シアン化合物による中毒死だ。残念でならない」

「青酸カリか?」

「そうだ」

「素直に考えれば昼食が原因なのだが」

「だが、この日の昼食は出前だったんだ。高級中華料理店の『あんぽんたん』というところの『天津飯』が二人前だった。一皿三千円もするのだが、奥さんのお気に入りで月に何度もオーダーされている。配達は『ウーバーイーツ』だ。実際に鑑識の結果でも『天津飯』からもサイドメニューの『汁物』からも毒物は見つかっていない」

「塩、胡椒や酢などの調味料はどうなんだ?店からの提供じゃなくて卓上に備え付けのものだ」

「いいところに気付いたな。私もそれを疑ったんだ。実際ご主人に聞いたところ酢で味変したのは奥さんだけだった。しかも味変したのは食事もだいぶ後の方になってからだ。だがな残された天津飯に掛けられている酢からも毒物は検出されていないんだ」

「では水か食器か?」

「水はミネラルウオーターの瓶から直接コップにつがれたもので奥さんは水に手を付けていない。スプーンや箸などの食器も疑われたがこちらからも毒物は検出されなかった。何より食器に毒物がついていたら、食事を始めて1時間も経過して突然中毒になるというのもおかしい」

「では奥さんの常用薬のカプセルか錠剤に仕込まれていたとか?」

「言っただろう奥さんは妊娠3ヶ月だったんだ。何かの薬の服用履歴もなかったし、当日体調が悪くてもできるだけ薬は避けようとするだろう」

「加湿器や空調はどうなんだ?」

「旦那はピンピンしてるぞ!」

「わかった!奥さんはナプキンで口を押さえて、もぎ取るのに時間がかかったと言ってたよな。ナプキンに細工がしてあったんじゃないのか?」

「それも良い指摘だ。天津飯を食べてみればわかるが、餡が掛けられていて頻繁に口を拭いたくなるだろう。実際食べはじめから奥さんは一口毎に口を拭っていたらしい。となると食器同様で、食事も終わる頃に中毒になるというのも説明がつかないのだ。実際に私が投げ捨てたナプキンからも毒物は検出されなかった」

「さっき料理人と給仕って言っただろう?天津飯の他になにか提供されたんじゃないのか?」

「デザートのスィーツとコーヒーだ。だがなそれらのものはテーブルにさえ並べられていないんだ。提供されるまえに事件が起こった」

「他に僕に話していない情報は無いのか?」

「ない。ダイニングルームにある何ものからも毒物は検出されなかった。あとはっきりと言えることはこれは明らかに他殺だ。妊娠している女性が自殺などするわけがない」

(1400字強 頓珍館殺人事件・結に続く)








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