『主戦場』 ニューズウィーク

慰安婦映画『主戦場』リアルバトル 「騙された」vs.「合意を果たした」
2019年6月7日(金)18時00分
朴順梨(ライター)

<ドキュメンタリー映画『主戦場』出演者が抗議声明を発表し、上映中止を求めて会見。その4日後、今度は監督側が反論の会見を開いた。焦点となっているポイントは――>

スクリーン上の言論バトルが、リアル空間に飛び出した。

慰安婦問題をテーマにしたドキュメンタリー映画『主戦場』に対し、5月30日に一部の出演者が上映中止を求める記者会見を開いた。同作は4月20日に東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開が始まったところ連日盛況となり、上映館が拡大。北海道から沖縄まで、40館以上での上映が予定されている。

会見で「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長ら3人は、日系アメリカ人のミキ・デザキ監督が2016年当時は大学院生で、「これは学術研究でもある」と語ったことから「善意で学生の勉強に協力した」とし、「商業映画として一般に公開することを知っていたら、インタビューを受けることは決してなかった」などと説明。

今回抗議声明に名を連ねた藤岡氏と「テキサス親父」日本事務局局長の藤木俊一氏ら7人 は、監督との間に承諾書もしくは合意書を交わしているが、合意書に書かれた「甲(監督)は、本映画公開前に乙(出演者)に確認を求め、乙は速やかに確認する」という条項を監督が無視したと訴えた。

さらに、同作は藤岡氏や杉田水脈衆議院議員らを「歴史修正主義者」と呼び、貶めるためのグロテスクなプロパガンダ作品であるとして、上映中止に加えて法的に追及する考えを表明した。

「商業映画になる可能性を知っていた」
一方のデザキ監督は同日の会見後(※)、YouTubeに動画をアップした(下記)。その中で「実際に当時、私は大学院生でしたし、映画が卒業プロジェクトだと説明したのは事実です。しかし、もし完成した映画の出来が良ければ、映画祭への出品や一般公開も考えていると伝えていました......彼らは映画が一般公開されると知っていましたし、そして公開にとても乗り気だったのです」 と、騙して撮影したという指摘は誤りであると語っている。

そして6月3日、デザキ監督も配給会社「東風」代表の木下繁貴氏や東風顧問弁護士の岩井信氏らとともに記者会見を開いた。

席上でデザキ監督は承諾書と合意書を示しながら、「これは卒業プロジェクトではなく映画への出演承諾書です。学術プロジェクトとは一切書かれていません。ドキュメンタリー映画と記されています」と反論した。

さらに、抗議声明を発表した7人のうち5人が署名・捺印をした承諾書には、「制作者またはその指定する者が、日本国内外において永久的に本映画を配給・上映または展示・公共に送信し、または、本映画の複製物(ビデオ、DVD、または既に知られているその他の媒体またはその後開発される媒体など)を販売・貸与すること(第5項)」とあり、このことから商業公開される可能性があることを5人は知っていたと主張。

そして 藤岡氏および藤木氏と交わした合意書にも、「甲(監督)は本映画公開前に乙(出演者)に確認を求め、乙は、速やかに確認する(第5項)」と書かれていて、かつ両名とも承諾書を読んでいるため、彼らも商業映画になる可能性を知らなかったという事実はないと続けた。

「一般公開前に異議の申し立てはなかった」
では、なぜ出演契約にあたり承諾書と合意書の2通が存在するのか。

藤岡氏・藤木氏の両名は、承諾書の文面が「取材者側の権利のみをうたう偏った内容」であったため、第5項に加えて「本映画に使用されている乙の発言等が乙の意図するところと異なる場合は、甲は本映画のクレジットに乙が本映画に不服である旨表示する。または、乙の希望する通りの声明を表示する(第6項)」などの文面を監督と協議し、合意書を作成したからだと会見で明かした。

また藤木氏は2016年9月の取材以降、デザキ監督からの音信は途絶えていたのに、2018年9月30日になり突然「10月7日に『釜山国際映画祭』で映画が上映される」と連絡があり、「リークの恐れがある」などとして公開前に作品を見せなかったことが、契約違反の根拠であると示した。

これに対し、デザキ監督はこう言い切った。

「承諾書には『取材対象者はいかなる映像も公開前に見ることができる』という項目はないため、公開前に映像を見る権利があったという点では5名は争えない。合意書に署名した藤岡・藤木両氏には釜山国際映画祭の5カ月前に、彼らの出演部分の映像を送付している。第6項に即して彼らの発言が意図と反している場合、2週間以内に返事を頂きたい旨も同時に記した。

返事がなかったら不満はなかったと判断していいだろうと私は思った。藤木氏から返事はなかったが、藤岡氏からは『拝見して返事を差し上げます』と返信があった。しかしその後連絡はなく、問題はなかったのだろうと判断した。

2018年9月30日に映画祭について通知したら、藤木氏から映画祭前に見たいと返事があった。5月に出演部分を送っていたことを伝えると『迷惑メールに分類されているようなので再送してほしい』と要請があり、再送した。その後苦情や要求はなかった。

藤岡・藤木両氏は、一般公開前に8回あった試写会に招待されている。彼らが試写会を認識していたことは、5月30日の配布資料に招待状のコピーが含まれていたことからも明らか。もし藤岡・藤木両氏が発言が意図と反して使われたと言うならば、一般公開前に異議を申し立てることができたのに、彼らはしなかった。以上のことから、私は課せられた合意を果たしたと思っている」

「今すごくホットな映画」と紗倉まなさんがツイート
なぜ藤岡氏らが会見を開いたと思うかと問われ、デザキ監督は「(7人が)この映画を気に入っていないからではないか。人に見てほしくない、評判を下げたいと思っているからだと思います」と答えた。

「映画の中で、彼らの言葉をねじ曲げたり切断したりすることはしていないから、なぜ自分たちの支持者に見てほしくないと思っているのか不思議に思います。彼らが語る言葉は既にさまざまな記事で出ており、逸脱した表現をしているとは思っていない。どうして気に入らないのか。気に入るだろうと思っていた」

確かに「グロテスクなプロバガンダ」と批判しながらも、藤木氏は会見で映画内での「フェミニズムを始めたのは不細工な人たち」といった自身の発言について問われると、内容そのものについては「まったく改める必要もない」と回答。発言の一部を切り取られたことに憤っていると語っている。

しかしデザキ監督は「映画での発言について、意図と違う内容で映されているという不服や不満は現在のところ出てきていない」と言う。さらに「どんな記事も映画も100%客観的ではありえないが、彼ら(慰安婦否定派)の言い分を入れたという点でフェアだと思っている」。

デザキ監督は「グロテスクなプロパガンダ」ではないとし、こう主張した。

「最終的に私の結論がどういうものか、どうしてその結論に至ったかについては明快で、そのプロセスが分かるがゆえに『主戦場』はプロパガンダ映画ではないと思う。この透明性によって、観客が結論に同意することも同意しないことも自由にできる。映画を見て、それぞれの論点について観客自身が検証することを推奨している」

確かに『主戦場』が、これまでの慰安婦をテーマにした作品では叶わなかった、両論を取り上げた映画であることは事実だ。そして監督が導き出した結論は彼自身の意見に過ぎず、 誰のどの言葉をどう受けとめるかは1人1人に任されている。

意見を押し付けるのではなく考えるきっかけを与えてくれる作品であることは、作家でAV女優の紗倉まなさん(下記)をはじめ、これまで慰安婦について語っていなかった人たちにも鑑賞されていることからも分かるだろう。

5月30日の会見後にデザキ監督が公開した(※)YouTubeについては、映画出演者の1人である加瀬英明氏が代表を務める「『慰安婦の真実』国民運動」という団体のホームページ上で、即座に反論がなされている。監督の言葉には、今後も反論が来るかもしれない。そうなったらリアルでのバトルを続けていくつもりなのか。

「(反論合戦は)続けたくない」と、デザキ監督は言う。「私が話したことは明快だし、隠していることはないから」

岩井弁護士も承諾書と合意書に法的な瑕疵はないため「現時点では何よりも映画をたくさんの人に見てもらうことに集中したい」と語った。

※デザキ監督がYouTubeで反論を公開したのは5月30日ですが、出演者らの記者会見後ではなかったため、訂正しました。



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