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「やめる」決断を正解にする方法は?
こんにちは、Dr.紅です。
いよいよ澤円さんの新書「やめるという選択」がリリースされましたね!
ところで皆さんは「あの時、『○○をやめる』決断をしてよかった!」と心から思ったことはありますか?
私もあります。むしろ「やり続けてよかった」ことより「やめてよかった」ことのほうが多いです。
今日は私の人生で最も良い「○○をやめた」決断と、その経験からの示唆、今後の行動とつながるお話です。
「なんかやり続けることで、モヤモヤが増強されていく」。そんな悩みをお持ちの方々にこのストーリーが届きますように!
サンクコストを振りきれるか?
私は31歳の時に、専門医を取った直後に眼科医をやめました。
なぜやめたのか?理由は以下の3つです。
❶人間として成長したかった。
❷親から離れたかった。
❸ワクワクしなくなった。
臨床医はたくさん患者さんにお会いできますが、患者さんとお話しできる時間は5分程度。多くの時間は同じ病院の眼科に属する医師と医療従事者だけです。もっと言うと、医局の数人の先生と触れ合う時間が圧倒的に長い。
これでは自分がいろんな人の考えに触れることが全くない、将来が先細ってくる、そんな恐怖がありました。
また、プライベートでも問題がありました。私は親の過干渉でうつが強くなったため、なんとしてでも距離をおく必要がありました。そのためには、「自分のことは自分でできる」時間がある仕事を選ばないといけない。
それに加え、マネジメントが全く行き届いていない医局の運営で自分の貴重な時間が失われ、入局当時のワクワクが全くなくなりました。
これはやめるしかない!
一方で、やめようとする気持ちが強くなるほど、サンクコストも強くなります。
●医学部に入ったのは臨床医になりたかったからではないのか?
●眼科学自体は大好きなのに、自分の置かれた環境だけで判断していいのか?
●今までの眼科医としてのスキル、知識を捨てていいのか? 専門医を捨てていいのか?
半年間迷って、やめる決断をしました。
正解かどうかは「やめた時点」ではわからない
けど、やめる決断をした後にわかりました。
大事なのは、やめる決断そのものよりも、
「やめたことで得られたリソースは何で、どう活用して何の価値を作り上げるのか?」という問いの存在です。
やめた後、良いことも悪いこともあります。
私のその後を具体的にお話ししますと、上記❶❷❸が解消されたのはよかったですが、逆に職場を辞めたからといって、急にワクワクすることに遭遇するわけではないです。
新しい職場の皆さんも、みんなが親切ではないですし、医局よりマネジメントが行き届いているわけではない。結果、無駄な時間の使い方は存在する。
つまり、青い鳥・青い芝生はどこにもないことがわかったんです。
結局、「今、自分が存在する環境の中で、何ができるか?」を考え行動し続けるしかない。
私は臨床医を辞めたことによって、当直の時間がな苦なり、休日も時間ができました。いろんな人と話せる機会が増え、統計学、経済学、経営学を勉強できるような環境を得ました。
それらをどう組み合わせて自分が価値を創出するのか?
考えて行動するのみです。おそらく一生続くのでしょう。
今後の私はどうする?
次、いつ「今の仕事を辞める」決断をするのか?今はまだ、わかりません。
次が見えませんし、まだ今の仕事でできることがあります。
例えば、「公衆衛生医師が動画コンテンツやビジュアルコンテンツを作ることで、一般の人にわかりやすくストレスなく知識や自分の考えを伝えることができる」と、保健所と関わるのが楽しくなる人が増えそうです。
また、このような考えを持つ私の保健所では職員さんがどんな幸せを享受できるか?追及したいです。
その行動は、結果的に地元の皆さんに職員さんを通して幸せを還元できそうですよね!
ただ、次、何かやるべきことがあって仕事を辞めると言う決断をする時も、「やめたかどうかの正解は、やめた後に作り出していく」ことを思い出して行動していきたいです。
やめた事と引き換えに得られる環境のメリットは何で、そのリソースを得た上でどんな行動すると誰にどんな価値を提供できるのか?
それを、今後も追求できる人間でありたいと思います。
皆さんは次、どんな人生のステージに進みたいと思いますか?
次の人生のステージでは誰にどんな価値を提供できそうですか?
考えるとワクワクしますよね。
人間万事塞翁が馬😊人生は、いつも幸せと繋がっている。