頭の中が真っ白(ほぼひとりごと(2021年6月7日(月)))
【自分(の仕事)史(www.akihiko.com)第73回】
(写真は、日比谷公園。当時、ビル内で頭の中が真っ白のパニック状態になり、右往左往していたNTT日比谷ビルが見えます)
大震災が発生してからしばらくの間、関西支社も本社総務部も頭が真っ白になり、パニック状態でした。何をしたら良いか、何を届けたら良いかも気づくことができませんでした。
社長の発案で、ヘリコプターをチャーターし、当座の食料として、おにぎりを積んだヘリコプターを飛ばすと連絡したら、具体的な物資や商品要望が次々と出て来ることになりました。
結局、ヘリコプターを2機チャーターし、飛行可能な昼間時間帯に、しばらくの間、大阪府八尾市の飛行場と神戸ポートアイランド間に一時間毎のシャトル便を設定し、人とものを運びました。
ヘリコプター定期便は、復旧や生活物品などの輸送や、支援スタッフの移動に使いました。いつ行っても大丈夫なように、物資の数量に関わらず、1時間毎の定期便として飛行してもらいました。
新幹線や高速道路が通行できないため、姫路や有馬ルートなどを通って、阪神間に入った設備復旧チームを中心に、全社をあげての電気通信設備復旧作業が始まりました。
本社総務部は、関西支社と一緒になってサポートしましたが、いろいろな行き違いや諍いなどもありました。即断即決に心がけ、ある程度のことは出来たのではないかと思っています。
ヘリコプターの確保や自宅に住めなくなった社員家族の住居や寝具など家財道具の提供、電話局周辺の被災者への炊き出しなど、いろいろなことを数えればキリがありませんでした。