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システム化の始まり(ほぼひとりごと(2020年8月17日(月)))

【自分(の仕事)史㉞(www.akihiko.com)の裏話】

(写真は、1年半ほど勤務した埼玉県久喜にある電報電話局。駅から歩いて10分弱です)

#電話局 #システム化 #紙文化


埼玉県久喜にある電話局(電報電話局)に勤務したのは、1978年3月から1979年9月までの一年半。そのころの営業窓口の主役は、紙カードが収納されていたロータリーファイルでした。


窓口でお客様(当時は加入者と呼んでいました)からの注文を受けると、複写式の薄紙に必要な事項を記入します。基本はロータリーファイルに収納されている紙カードに記載されている事項です。


紙カードの記載事項と違っていると大騒ぎ。違っている原因がはっきりしないと次のステップに進めません。様々な関門をクリアして、初めて、電話の引越しが可能になります。大変なことでした。


電話線が移転先の家や事務所の近くにあり、あらたに電柱を建てる必要があるかどうかから、始まり、局内の交換機の空き状況、料金計算のための度数計登録、料金収納など多岐にわたりました。


確かでは、ありませんが、7,8枚の複写紙だったと思います。筆圧が弱いと、下の方の紙には写らず、トラブルの原因になりました。各部門への配って、集めるプロセスの中でトラブルもありました。


このプロセスを電子データ化しようということで、まずは、紙カードに書かれているデータの入力作業が始まりました。文字を、コード番号に変換して入力するという大変な作業が始まりました。


この時のシステム化は、6000万件というデータの受け皿を用意して、そこに入力するという、紙を電子データに切り替えるだけの作業でしたが、実現したのは、久喜勤務から10年近く後でした。


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