ボカロ通史③ 「全盛期」〜マスメディアとの対峙
(2024.07.26 改訂)
今回は長いので、目次をご活用ください。
メルトショック後のボカロ〜VOCAROCK
メルトショック以降ボカロ界が大きく変わったのは周知の事実だが、ここからボカロは「全盛期」と呼ばれる群雄割拠の時代に突入する。
この頃になると鏡音リン・レンや巡音ルカなどが登場し、クリプトン以外からも「Megpoid(通称GUMI)」(インターネット社)、「IA -ARIA ON THE PLANETS-(通称IA)」(1st PLACE社)などのVOCALOID製品が発表され、ボカロの「声」にも変化がみられた。
また歌い手界とボカロシーンを繋げたエピソードとして、歌い手としていち早くメジャーデビューを果たしたピコ氏の歌声をサンプリングした「歌手音ピコ」が2010年に登場した。上記のソフトと比べると投稿された作品は少なかったものの、VTuberなどといった後のネット発コンテンツとの組み合わせを予期させた。
鏡音リン・レンのリリースと時を同じくして、ニコニコ動画では有志による「週刊VOCALOIDランキング」が制作され、2009年10月には公式に「VOCALOID」カテゴリが実装された。こういった人気の指標となる仕組みが作り上げられたことで、ボカロシーンはより盛り上がりを見せることとなる。
この時期の楽曲の特徴として、音楽性が大きく広がったということが第一に挙げられる。
現在では主流となっているVOCAROCK(ロックテイストのボカロ曲)も、この時期に登場した。初音ミクの紹介文に「ダンス系ポップスが得意」と書かれていたこともあり、それまでダンス系ポップス一色だったボカロ曲にロックが加わったことで、元バンドマンやギタリスト出身のボカロPも多く参入することとなった。
代表的な作品では、164氏の「天ノ弱」やジミーサムP氏の「Calc.」、DECO*27氏の「モザイクロール」などが挙げられる。また、ロックとエレクトロを融合させた楽曲も多数発表された。
ロック以外にも、現代音楽やヒップホップ、ジャズ、フュージョン、演歌など、VOCAROCKほどのヒットはないものの、実に多種多様なサブジャンルが生み出されていった。
ラップに関しては、駱駝法師氏の記事にて詳しく紹介されているので、そちらを参照されたい。
一方でダンスミュージックを突き詰め、EDM的な楽曲を世に送り出したギガ(Giga)氏は2013年からオリジナル曲の投稿を開始した。
また、ボカロ特有の音楽性を見出したのもこの時期である。
ハチ(現米津玄師)氏やwowaka氏を筆頭に、高いBPMや16分音符の多用、転調の繰り返しなど、高速かつ複雑な構成の楽曲が「ボカロらしい」とされ、その音楽性は現在でもアップデートされながら受け継がれている。
これらの要素を多分に含んだボカロPの代表としてはkemu氏(KEMU VOXX)がいる。「人生リセットボタン」「六兆年と一夜物語」などで上述の手法を駆使した疾走感のある楽曲で人気を博した。この頃からボカロリスナーの年齢層が下がり始めたことも、このような楽曲の台頭に影響している。
また、「バビロン」でブレイクを果たしたトーマ氏も「ボカロらしい」音楽性を引き継ぎつつ、kemu氏とは違ったアプローチでこちらも複雑な構成の楽曲を発表した。
ところでKEMU VOXX作品の特徴として、「kemuキューブ」と呼ばれる立方体を用いたアイコンがある。彼らはこれを用いてMVを見るだけでボカロPの存在を想起させる手法を用いた。このようなMVに統一性を持たせることでボカロPとしてのアイデンティティを示す試みはwowaka氏やギガ氏の作品でも行われており、後の世代のボカロPたちも同様の手法を用いている。この試みがMVありきのボカロにおいて非常に有効であることは明らかだ。
これを実現させた背景としてke-sanβ氏(KEMU VOXX)やお菊氏(ギガ氏の作品を多く担当)などの動画製作者の存在も大きい。現在ではイラストレーター(絵師)がその役割を果たしている。また、このような絵師のなかには動画製作者も兼任している例もみられ、よりMVによるボカロPの演出に一役買っていると言える。
また、違ったところでは「人間には歌唱できない楽曲」が出現したのもこの頃だ。
代表的な楽曲ではCosMo@暴走P氏の「初音ミクの消失」、木村わいP氏による「高音厨音域テスト」(とそれに連なるシリーズ)がある。
高速歌唱や極端に広い音域を使用したこのような楽曲はニコニコにおいて「歌ってみろ」タグが付けられ、同系統の楽曲としてその後もピノキオピー氏の「頓珍漢の宴」、いよわ氏の「一千光年」などがリリースされるなど、一定の人気を維持している。
このような楽曲が生まれた背景には、VOCALOIDがコンピュータ上で作られる合成音声であることが大きく関わっている。
ボーカルに合致した音域や息継ぎ、トーンの長さといった人間のボーカルでは絶対に考慮しなければいけない要素を完全に無視できるが故の賜物なのだ。それは初音ミクをはじめとするキャラクターたちの汎用性の高さを如実に表すものであった(もちろん、例外も存在する)。
ボカロと著作権
音楽に限らず、芸術作品の権利関係において第一に挙げられるのが著作権である。
当然ボカロ曲にも著作権はあるわけだが、ネット発のジャンルという前例のない作品群の著作権問題は、ボカロ界において大きな騒動となった。
2007年末の時点でボカロ曲がJASRACの管理下に置かれたことで、それまでの2次創作が出来なくなることが危惧されたというものだが、これは「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」が着うた配信される際にアーティスト名を「初音ミク」としてしまったことに起因する騒動だった。
当事者たるドワンゴとクリプトンはこれらの騒動を水に流すことを発表したものの、これをきっかけに作曲者であるika氏やJASRACとの信託契約を主張したデッドボールP氏にボカロの商業化に対する批判が浴びせられる事態となった。
アンダーグラウンドなジャンルにおいては往々にして起こる「音楽とカネ」の問題だが、その後のボカロの発展を考えれば、ボカロの誕生から半年も経たないこの時期から著作権に対する動きがあったことは評価されるべき点である。
「千本桜」の衝撃〜プロジェクト系の登場
2011年9月27日、黒うさP氏によって「千本桜」が投稿された。
現在ニコニコにて最も再生され、名実ともにボカロの代表曲となっている楽曲だが、単なるヒットにとどまらない活躍を見せた。
企業とのコラボや小説化などのメディア展開がなされ、カラオケ市場でも口コミによってヒットしたことで「千本桜」はお茶の間に浸透。同時に、楽曲のみならず初音ミクの名を一躍有名にすることとなった。
これに付随して、2015年9月23日のテレビ朝日「ミュージックステーション」への出演がある。
初音ミク"自身が"ボカロ曲をテレビ番組で"披露"したという点で、「千本桜」が残したボカロの歴史の重要な1ページと言える。後にも先にもこのような事例はないが、テレビメディアの影響力が下がっている昨今、もうこのような光景を見ることはできないのかもしれない。
また、小林幸子氏によるカバーも無視するわけにはいかないだろう。
ベテランの演歌歌手がボカロ曲をカバーするという前代未聞の事態。このカバーによって初めてボカロ曲がNHK紅白歌合戦に送り出されることとなった。
ここからボカロ曲は本格的にボカロファン以外の層、いわゆるマス(大衆)を相手にしていくこととなる。
その先鞭を付けたのがmothy(悪ノP)氏による「七つの大罪」シリーズ、そしてその形態を定着させたのがじん氏による「カゲロウプロジェクト」だ。
次々に発表される楽曲に付随したキャラクターやストーリーが展開され、小説、漫画、アニメといったメディアミックスを行い、ボカロの枠を超えた支持を集めた。
またこれらに並ぶ作品として、れるりり氏による「脳漿炸裂ガール」に始まる一連のシリーズもまたメディアミックスの対象となった。
こちらも小説化などが行われたほか、ボカロ曲を原作とした作品では初の実写映画化を果たしている。
そのほかにもLast Note.氏による「ミカグラ学園組曲」やてにをは氏による「女学生探偵シリーズ」、変わったところでは「ボカロで覚える中学歴史」に代表される学習参考書に当時の有名ボカロPがこぞって参加するなど、メディアミックスを前提とした作品が多く登場することとなった。
このように特定のボカロPやその作品にフィーチャーし楽曲を軸にメディアミックスを行う、いわゆる「プロジェクト系」の作品はボカロPと企業がタッグを組むことで行われることがほとんどで、もはやボカロPが企業と密接に関わることは当たり前の光景となっていた。また、前述の「Project DIVA」による映像分野でのムーブメントやその系譜に連なる「初音ミク and Future Stars Project mirai(通称プロミラ)」のリリースなど、ピアプロキャラクターズの開発・運営に携わる企業によるゲーム(上記ゲームはすべてSEGA社によるもの)を通じた新規開拓路線も並行して進んでいた。
しかしプロジェクト系の特徴でもあるこの「ボカロPと企業」の組み合わせは、後にボカロ界におけるタブーもとい「闇」を作り出すことになってしまう。
ボカロPと企業〜ボカロ全盛期の負の遺産
皆さんは、このタイトルである1人のボカロPを想像したはずだ。
スズム氏である。
この当時のボカロをわずかにでも味わったことがある人ならば知らない人はいない、有名なボカロPだ。
最初に断っておくが、この話題はかなりデリケートな事象であり、この先当事者がスズム氏に関して言及することも無いと思われるので、断片的な情報で執筆していることに留意されたい。
スズム氏(現在の名義は敢えて書きません。ご自身で調べてください)は、KEMU VOXXやあすかそろまにゃーずで活動していたアレンジャーおよびボカロPで、個人名義でも「過食性:アイドル症候群」などの楽曲を残している。彼もまた「終焉ノ栞プロジェクト」という150P氏のプロジェクト系作品に関わっており、上記のメディアミックスと並ぶ一大作品となっていた。
しかし2015年、突然彼は活動停止する。
そこでは他業界をも巻き込む「事件」が起こってていた。
その中の一つが"ゴーストライター騒動"である。
事の発端はスズム氏が活動停止時に発表した声明の一節だ。
ゴーストライターと名はついているが、実際のところは他者の作品を許可なくスズム氏の名義で
発表したことを本人が認めた、というものである。
・作詞、作曲、アレンジ、演奏の中で自分が行っていないものを自分が行ったように伝えていたことがあり、それが自分の利益となっていたこと。
・各所に「事実ではない当事者にとって不利益のある事」を吹聴してしまったこと。
・自分の管理不足により金銭的なご迷惑をおかけしていたこと。
「盗作・盗用が行われた作品がどれなのか」「スズム氏が吹聴したこととは何なのか」についてリスナーの間でも議論が繰り広げられたが、これについて正確な情報は明らかになっていない。
しかし本人がこのように発言している以上、自身が作ったものではない作品、もしくは他者と共作した作品をスズム名義で発表したというのは事実だろう。
この問題の被害者や関係者とされる歌い手とボカロP(ボカロファンにとっては周知の事実ではありますが念のため名前を伏せます)がSNSやブログ上で断片的な情報を語ることはあったものの、先述の通りもはやこの話題についての進展は無い。ボカロファンの間でも今や話題にする者も居らず、半ば風化している状態だ。
しかし、「東京テディベア」「ロストワンの号哭」などの楽曲で著名なNeru氏が「活動者には教訓として伝えていかなければいけないこと」としてsyudou氏に事の詳細を語っていることからも、「ボカロと企業」「ボカロと利権」の問題を象徴する事件であることは間違いないだろう。他にも同様のプロジェクト系メディアミックスが権利問題に晒され、メディアミックスの進行を妨げてしまう事例も存在している。
現在でもnote上でこれに関する考察記事が見られるが、彼もまた「ボカロPと企業」の弊害を味わったボカロPの1人なのではなかろうか。
いずれにせよ、この事件が全盛期と呼ばれたこの時期のボカロカルチャーの「負の遺産」であることは間違いない。