VOCALOIDと邦楽の話
今や邦楽シーンにおいて欠かせなくなった音楽ジャンル、「ボカロ」。
ご存知の通りこのボカロという音楽ジャンルは元々音声合成技術「VOCALOID」を利用し制作された楽曲群を指すものだ。
そうした楽曲群が市民権を得ていく過程で、楽曲だけでなくVOCALOIDそのものに関しても世間の関心が高まっていったのもまた事実である。
そこでこの記事では、VOCALOIDと邦楽(所謂歌謡曲、J-POP等)が最も接近した二つの楽曲にフォーカスしていこうと思う。
ケース1: hide
まずはこの曲を聴いていただきたい。
これは2014年に発表されたhide氏の「子ギャル」という楽曲だ。
hide氏はX JAPANのギタリストとして活動する傍ら、ソロ活動も活発に行っていたものの1998年に逝去。それに伴い、同じ年に制作されたこの楽曲は本人のボーカル収録が叶わなかった背景がある。
そして生誕50年、ソロデビュー20年を記念したこのタイミングで本楽曲を完成させるプロジェクトがスタートした。
携わったのはhide氏の右腕として共に活動したI.N.A(稲田和彦)氏、そしてVOCALOID開発元のYAMAHA。
生前のhide氏本人の歌声をまさに初音ミク等を歌わせる要領で繋ぎ合わせ、それでも足りない部分を未発表のVOCALOID技術で補うことで完成させたということであるが、いちボカロP、ボカロファンの視点としては前述の事情を考慮しても2014年時点でのVOCALOID技術でここまでの完成度は驚嘆に値する。
もちろん学習AIがまだ広く世に出ていない時代の話だ。
2014年当時、既にVOCALOID特有の発声に価値が見出されていた時代とはいえ、ボカロPたちがここまで自然な発声を作ることは不可能だったと言っていい。そういう意味でこの楽曲はYAMAHAが示した「2014年当時におけるVOCALOIDの本気」なのである。
2024年現在でも「子ギャル」に使用された未発表VOCALOID技術の詳細は明かされていないが、今後この技術が一般に広まる可能性はほぼないだろう(後述)。
ケース2: 美空ひばり
日本人であれば一度はその歌声を耳にしたことがあるだろう国民的歌手、美空ひばり氏。
2019年、その歌声がAIで甦るというニュースは大きな驚きをもって迎えられたことは記憶に新しい。
その名も「AI美空ひばり」。新技術「VOCALOID:AI」を利用した代物だ。ケース1のhide氏と決定的に異なるのはこのAI美空ひばりが本人の歌声そのものではなく、AI学習によって生み出された新規の歌声ということだ。学習のリファレンスとして過去音源が使用されてはいるものの、歌声自体は本人のものではないのである。
これを利用して美空ひばり氏のライブを再現しようという試みがNHKスペシャルにて行われた。この試みの一つとして制作された楽曲が「あれから」だ。
作詞は「川の流れのように」を手がけた秋元康氏、作曲は佐藤嘉風氏による、完全新曲。AI美空ひばりはこの「新曲」を引っ提げて2019年のNHK紅白歌合戦に出場し、大きな話題となった。
楽曲のメインボーカルにAI技術を利用するということ自体は2021年のCeVIO AIの登場でボカロを中心に広く利用されているが、「あれから」はその先駆けとなった。
「VOCALOID:AI」はVOCALOIDと人工知能の複合技術と説明がなされているが、学習以外のどのプロセスにAIを利用しているのかなどといった所は一切わかっていない。こちらも一般には販売されていない音源であるからだ。
世間の反応
以上の事例について、世間の反応は驚くほど違っていたと言っていい。
二つの共通点として、「故人の歌声を再現していること」「キャラクター等を用いず、あくまで本人ベースであること」が挙げられる。
hide氏の事例では、肯定的に受け止める反応が多くみられた。VOCALOIDを利用したという話題性もあってか、「これがVOCALOIDなのか!?」という驚きの意味もあった。
理由としては、本人が作った楽曲を本人の歌声そのもので楽しむことができるということが大きいのだろう。
そしてAI美空ひばりだが、これについては意見が真っ二つに割れたのである。
この映像にもあるように、ビートたけし氏、リリー・フランキー氏、ATSUSHI氏(EXILE)、指原莉乃氏をはじめとした人たちは肯定的な反応を示した。おもに「美空さんの最高傑作」「涙が出る」といったものだ。桑田佳祐氏(サザンオールスターズ)もこの楽曲に高評価を与えている。
一方で、否定的な反応を示した人たちもいるのは事実だ。小林よしのり氏や中村メイコ氏は明確に「声」に対する批判をしていた(AI美空ひばりでは、3D映像で姿をも再現していた)。特に山下達郎氏は自身のラジオ番組で、「一言で申し上げると、冒涜です。」と一際厳しく批判している。
ファンの年齢層がhide氏と比較して高めであるということを抜きにしても、同じ故人を再現する試みでこれほどまでに意見が割れることも珍しいだろう。
結局のところ、楽曲のどこにも美空ひばり氏本人の声そのものが入っていない作品を本人の名前を使ってリリースしたことに拒否反応を示したということだろうか。
あとがき
これらの作品で使われた「未発表VOCALOID技術」「VOCALOID:AI」は現在も未発売のままである。
VOCALOIDも「VOCALOID6」がリリースされたり、CeVIO AIやSynthesizer Vといったより自然な発声を誰でも再現できるツールも既に広く利用されている。
それなのにこの二つがいまだに未発売の理由は何か。
ここからは完全な憶測だが、この技術はかなり専門性の高いものなのではないだろうか。要するに簡単に扱える代物ではなく、現在のVOCALOIDよりはるかに難しく高度なものであるというものだ。加えて、これらのツールはhide氏、美空ひばり氏の歌声を再現することに重きを置いているために汎用性がきかないことも関係しているのではないだろうか。
何はともあれ、これからの技術に期待である。