ネガにもポジにもバイアスをかけない

よく「コップの水理論🥛」を例に出されることがある。
「コップの水理論」とは、著名な経営学者であるP・F・ドラッカーが言った理論であり、ビジネスマンなら多くの人が知っているのではないだろうか。

「コップに『半分入っている』と『半分空である』とは、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。とるべき行動も違う。世の中の認識が『半分入っている』から『半分空である』に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる」

日本では
「"もう"半分しかないとネガティブに捉えるより、"まだ"半分残ってるとポジティブに捉えよう‼️」
という趣旨でつかわれることが多いのではないだろうか?

私はこれを若干信用していない。
何かにチャレンジしなきゃいけない時とか、イノベーションを起こすときには必要だろが
「まぁそう捉えた方がいい時もあるし、そうじゃない時もあるよな」と思っている。

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社会はポジティブを過大評価して、
ネガティブを過小評価しすぎているのではないか。

ネガティブであることにも強みがある。

ネガティブであるということは、言い換えれば
"最悪の事態を想定している"&"慎重派"であり、"リスクマネジメント"が得意なのだ。

リスクに敏感で、トラブル回避のために事前準備をしたり、貯金をしたり、健康管理をしたりする。
ハイリスクハイリターンなことをすることはないが、その分堅実なので大きく失敗することもないだろう。

もちろん必要以上に自分自身を卑下してしまうネガティブ人は辛いだろうが、
そもそも人類が生き残るために必要だからある性質であり、
そういう性格の人は一定数存在し続ける。

ポジティブに振り切ってる場合はどうだろうか。
楽しそうで前向きで良いことだが、同時に
"楽観的でリスクを軽視する"傾向があるのではないか。
また、自分自身や状況を現実以上に優れていると見誤り失敗することもあるのではないだろうか。
まぁいける!大丈夫!自分ならいける!そのマインドも大切。リスクを取らないと成功はしないが、ハイリスクハイリターンになりやすい。

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「200mlのコップに半分残ってるから、水は100mlである」

私はできるだけこのように考えるようにしている。
無理やりポジに寄せるでも、ネガに捉えるでもなく
"事実"を加工せず"ありのまま"捉えられるようにしていきたい。

"もう"これしかない!も
"まだ"これだけある!も
どちらもバイアスをかけている状態だと思うからだ。

バイアスがかかった状態は"事実"を正しく捉えることができない。
コップの水は"もう"でも"まだ"でもなく"100mlある"が事実である。
正確な事実を捉えているからこそ「100mlある、目的地まではあと半日あるが足りるだろうか?」など正確な作戦を練っていくことができると思う。🤔

例えば自分自身を評価する時。
ポジティブにバイアスをかけ過ぎると、理想化した等身大ではない自分像を抱き、
「私は実力があるのに世界が認めてくれない!周りはクズばかりだ!」
と、自己認知と現実とのギャップに苦しむことになるだろう。

ネガティブにバイアスをかけ過ぎると、自己肯定感が持てず、鬱々と辛い日々を過ごすことになるだろうし、チャンスがあっても「どうせ自分なんて」とみすみす幸福を逃しかねない。


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要はバランスよな

上手に生きている人はバランス感覚がすごいと感じる。

基本的には"事実"を重視して、偏見とバイアスを排除して物事を見ているが、
でも頑張りたい時はちょっとポジティブを引き出して、
人生設計する時などはちょっとネガティブを持ってくる。

私は元来、ネガティブな人間。
ネガティブであることのメリットをフル活用してやろうと思っているけど、
あまり偏ってしまうとよくないので、
意識してポジティブタイムも作ろうと思います🫡


余談ですが、上司が「コップの水理論」出して
「だから与えられた仕事をポジティブにこなすように!」
的なこと言ってきた時は搾取の臭いがプンプンして、
信頼急降下したので、使用にはご注意ください〜!⚠️

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