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中学生が気づかずに動物を殺してしまった話

本題の前に長めの前置きを。

ハーゲンダッツのバニラにはベジータのような手強さがある。

物語の序盤に登場し、ひとしきり盛り上げると一旦他のキャラクターの引き立て役となるが、終わりが近づくにつれて再び頭角を表して最終話ではその出会いの価値を再確認させられる。

最初にハマったのは中学2年くらいだったと思う。

イチゴや抹茶に興味を示さず、チョコレートが何種類か重ね合わされたパッケージは地理の授業で習ったばかりだった地面の断層構造に似ていて「不味そうだな」と除外したことから、私の右手は大盛りにしてしまったカレーの最後を口に運ぶような無気力さでバニラへと伸びた。

家に帰って味わってみると地理の教科書に感謝することになった。
バニラとの出会いに感謝し、それ以降ひたすらにバニラだった。
宿題をやる理由もテストでいい点を取る理由もひたすらにバニラ。
学校で先生に怒られた時も心の中では
「いいのか?私は週末にバニラとよろしくやってる身だぞ?」
と、すっかり心を預けて自己肯定感の源泉としていた。

両親は内心、高校受験までこれ1本で乗り切れるのではないかと考えただろうが、一度スーパーサイヤ人が現れれば嘘みたいに他のものが続き、インフレを起こすのが常である。”限界” というのはそういう概念であり、日本人には不可能と言われた9秒台も続々と更新されていくし、今では高校球児が160キロを投げる。

(ここまで前書きです。長いっすね)

あれはうだるような暑い夏の日に起きた。(⇦ 1度言ってみたかった)

私が前日の祭りで700円かけてとった金魚が死んでいるのである。
子供用のプールで子供よりも元気にはしゃぎ回る金魚を、7回トライしてやっとの思いでとったのだ。
犯人探しをするまでもない。
こんなことをするのはこの家では1人だけだと確信し、私は大股で兄の部屋へと向かった。

ノックせずにドアを開け、わざとらしくノーリアクションを貫く背中に言い放つ。

私「サブローが死んでるんだけど。」

兄「え、誰それ。
 ああ、メジャーの少年編で出てきた三つ子か。
 え、なにアイツ死んだの?
 オトさんといい、オカさんといい、もはやコナンだな。
 吾郎が疫病神って説まであるぜ。」

私「金魚だよ。サブロー。
 昨日祭りでとったやつ」

兄「お前友達いねーの?」

都合が悪くなると話を逸らすクセはあの頃から出来上がっていた。
兄の仕業であることは間違いない。
新しいポイをもらっては水に突っ込み、逃げ惑う金魚を追いかけて水圧をいっぱいに受けた紙は10秒と持たずに破れ、金魚に触れることすら出来ずに終わった中学最後の夏の悔しさをこんな形で発散するとは。

腕の振りで加速をつけた大股歩きは、音を立てて私をリビングへと急かし、気づけばあの高級なアイスが私の手の熱で溶け始めていた。
兄が4日寝かせているハーゲンダッツだ。
宣戦布告と捉えてもらっても構わないという勢いで乱暴に剥がし、ゴミ箱に投げ込まれた蓋には、あの時抹茶や多層チョコレートよりも真っ先に除外されたイチゴが描かれていた。

「なんだ、イチゴかよ」

この際そんなことはどうだっていい。
よくみればサブローにそっくりな鮮やかな赤だ。
企業努力の賜物ともいえるその水々しい果実のデザインは、透明な水袋を太平洋のように泳いでみせたあの頃のサブローを、まるで昨日のことのように思い出させてくれる。

合宿初日、練習終わりのカレーの一口目のように、勢いよく口に運んだ。

そして、イチゴの時代がやってきた。

程なくして抹茶のブームが訪れ、その夏のうちにチョコレートまで到達した私のダッツレパートリーはあっという間にバニラを置き去りにし、その存在を頭の片隅へと追いやった。

そして大学2年の今年、久しぶりに兄と再会して食事していた私は、あの時のサブロー事件について、なぜあんなことをしたのか尋ねた。
すると衝撃的な返事が返ってきた。

「あれ、お前だよ。金魚殺したの。」

祭りの金魚というのは寿命こそ長いが、持ち帰ってから一日ともたずに死んでしまうことがあるらしい。
人間に追い回され、袋に入れられ、子供の無邪気な帰り道では目が回るほどにサブローの体力を奪ってしまったらしい。
祭りを満喫した私がベッドで眠りにつく頃、サブローも眠りについたのだ。
太平洋の底よりも深く、夜の海辺よりも安らかだったに違いない。

食後にあの時のダッツ返せと言われ、私はなんとなくバニラ味を二つ購入した。

そして2人でハモる。
「バニラってばか美味くね?」

今ではすっかりバニラにハマり直し、その価値を再確認させてくれる。

この夏はコロナで祭りどころではなかったが、最近はワクチンの効果もあってか、賑やかさが戻りつつあるように思える。
アイス片手に屋台を歩くことも、子供たちの金魚すくいを眺めることも来年には叶いそうだ。
高級アイスが買えるほどの100円玉をマジックテープの財布に詰め、金魚すくいまで走って行ってはしゃぐ様は、水袋に入る前のサブローのように無邪気に違いない。

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