【第43回】「ひとりひとりの“痛み”を解決するデザインの生み出し方」
第一線で活躍しているクリエイターをゲストに迎え、クリエイティブのヒントを探るトークセミナーシリーズ「CREATORS FILE」。
プロダクトデザイナーへの道
西澤:西村さんとの出会いは、2年前、中国で行われたDIAショーの会場でした。今日は実際に製品デザインを見ながらお話しできればと思っています。
西村:西村ひろあきです。独立前は、パナソニックで8年間、プロダクトデザインを担当していました。
西澤:そもそも、デザイナーになりたいと思ったのはいつ頃ですか?
西村:高校3年生の頃です。小中高とずっと陸上の短距離を専門にしていましたが、練習するなかでスプリント力の勝負になってきて、いくら頑張っても勝てない相手がたくさん出てきました。「練習したら勝てる距離で勝負しよう」ということで、200メートル、400メートルとどんどん距離を伸ばしていったのです。ところが、有酸素運動に切り替わる800メートルになった時に、これまでとは勝手が違い、呼吸が苦しくて無理でした。でも、体を動かすのが好きで体育大学を志していたある日、胸のあたりが急に痛くなったのです。病院に行くと、肺気胸と診断されました。医師からハードな運動はできないと言われたので、体育大学への道も閉ざされてしまいました。
西澤:かなりショックですよね。
西村:その時ふと、幼いころに遊びに行った「江戸川区民まつり」で、父親と台をつくる工作をしたことを思い出しました。「家にあるものは、人間の手で作られている」と気づき、木が組み合わさっておもしろいという感覚から、大工を夢みていた記憶が急によみがえってきたのです。美術の先生に相談に行くと、工業デザインという分野があることを教えてくださいました。調べたところ、拓殖大学で学べることがわかったので、受験することにしました。絵を描くのは得意ではなかったので数学だけで受験しましたが、当たり前のように落ちました。
西澤:ほう、そんなことが。
西村:3年間予備校に通いました。1~2浪の時は、入退院を繰り返していて友達もできませんでしたが、3年目から「武蔵野美術学院」という武蔵野美術大学近くにある予備校に行きはじめました。そうしたら、不思議と体調も環境も良くなり、晴れて武蔵野美術大学に入学しました。
西澤:大学ではプロダクトデザインを学んだのですか?
西村:1~2年生は専攻が分かれていませんが、3年生の時には「プロダクトデザイン」を意識して勉強しました。頭で考える部分もあるし、手も動かす。その流れでパナソニックに就職しました。
ロジカルな思考を鍛えたパナソニック時代
西村:入社してからは、BtoB事業の開発チームに配属されました。ノートパソコン「レッツノート」や、軍や警察が使用するパソコン「タフブック」、業務用のプロジェクターなど、雑多な依頼が集まる部署でした。
西澤:普通の家電メーカーは担当制だから、多種多様なプロダクトに携われるのはいい経験ですね。テレビ担当になったらずっとテレビのデザイン。薄いテレビの角Rに命をかけていたりして。
西村:角Rの話でいえば、当時は「同じように見える形状」を最初は個人的に数値化して、数式のようなものを作っていました。厚さと横幅、奥行きを入力したら、勝手にフォルムが計算されてシリーズごとにデザインが統一される仕組みです。
西澤:それは「PI(プロダクト・アイデンティティ)」と呼ばれる、デザインの原型ですね。その統一を社内で実践されていたのですね。
西村:私がいた部署は商品開発数が多いため、クオリティの高さはもちろんスピードも求められました。チームでルールを決めておけば、短い時間でゴールまで到達でき、合理的かつ効率的に仕事が進むのです。そうしたなかで今までにない仕事にあたると、ときには自分の枠を越えたデザインが生まれることもありました。それがなぜ実現できたのかを分析して、ルール化する。そしてさらにまた研究して……ということを繰り返していました。
西澤:自分で自分をうまく追い込んでいくタイプですね。何がきっかけで独立を?
西村:社内では、創業者の松下幸之助が作った「250カ年計画」と呼ばれる逸話が共有されていました。そのことを最初の上司に教えてもらい「250年は不可能だけど、個人の10カ年計画を立ててみよう」と言われたのです。入社直後だったので、たしか「まずは自分のデザインをしたい」と書いたと記憶しています。次に「自分のデザインをビックカメラで買いたい」「グッドデザイン賞を取る」「自分のデザインのフィロソフィーを持ちたい」「社会にフィロソフィーを発信したい」……と書いていったら、「ん? これは会社では実現できないのでは?」と気づいて。
(会場大爆笑)
\ 「1を0にする」とは?独立後のお話へ続きます /
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