宗教の勧誘が来て怖い目にあった話

オニヤンマのストラップを装着すると虫避けになると聞き、全身黒に黄色のテープを巻きオニヤンマの佇まいで庭の掃除を行った。

しかし、オニヤンマと比較し私が大きすぎた為か、虫は普通に突撃してきた。
少々キツく巻きすぎ全身がボンレスハム状になっている事も原因の一つかもしれない。
更に猫による鉢植えの立ち退き拒否、父の掘った謎の穴に落ちるなどして作業は難航し、終いには髪が邪魔なので前髪共々頭の頂点で団子に纏めようとした結果、上手くいかず髪までボンレスハム風のチョンマゲと化した。

ハムづくしであるが伊藤ハムのゆるキャラとしては決して許されぬ風貌であった。
何も上手くいかぬとヤケになり、頭上に群れを成す虫をチョンマゲを振り回し威嚇していると我が家のインターホンが押された。
家の陰から顔だけ出し覗くと年配女性と若い男が玄関先に立っていた。
二人は私の気配を察知し、チョンマゲを生やした顔が熱視線を送っている姿を目にした。

私もインターホンを押した者達も固まった。
あわよくば居留守をと考えていた罪悪感もあり「いや…その…」と弁明しようと口を開いたが、枕詞の時点で躓き
「……ヤホッ……」
と、裏声なうえに妙に馴れ馴れしい挨拶となってしまった。

二人はこのチョンマゲ野郎が「この家の者なのか」「たまたま訪問した先の庭に潜んでいた変質者なのか」の二択で頭を悩ませた事だろう。
沈黙の後、私が家の者である事に賭けたのか
「良かったら、あなたの幸せを祈らせて頂きたいのですが……」
と、年配女性が申し出てきた。

私のような者にも祈ってくれるのかと思い、私は顔を出したまま黙って頷いた。
頭上のチョンマゲも同意を示し揺れた。
遠いと祈りが届かぬかも知れぬと思い玄関先の方へ歩み出た事によって、私の全身が明るみに出る事となった。

チョンマゲは氷山の一角であった事を彼女達は知った。
頭に続き格好まで妙であったと気が付き、この時二人は「変質者の方であったに違いない」と己の判断に絶望した事だろう。
堂々と振る舞えばファッションだと受け入れられるかもしれぬと思い切ったが、色眼鏡を何重に重ねようとも良くてボンレスハムの精霊であった。

チョンマゲを揺らし距離を詰めてくるボンレスハムを目にして、男は咳き込み視線を逸らした。それと同時に年配女性が
「あ、そのままで!そこで結構です!」
と声を発し、それ以上私が近づく事は許されなかった。
勧誘しに来ておいて側に寄ってはならんとはどういった事だろうか。
妙な間合いを保ったまま二人は手を合わせ祈り始めたが、男の方は固く手を握り締め、明らかに早くこの時間が過ぎる事に願いを注いでいるようであった。
私はその間に徐々に間合いを詰めた。

奇怪なボンレスハムの化身に二人がかりで祈りを捧げる謎の光景が我が家の玄関先で織り成された。
その時、私の家の前を金属音を響かせながら自転車のオヤジがこちらに顔を向け横切って行った。
しかし、この不気味な光景に見入った為かバランスを崩し自転車を止めた。
あわや大惨事になるところであった。
音に驚き二人が目を開くと、思ったより近くに私がいた為に更にその瞳は大きく見開かれた。
その際、一応誤解を解きたく
「オニヤンマを模してます……」
と、お伝えしたがちゃんと伝わっているかは定かではない。

その後、勧誘は行われる事はなかった。
パンフレットすら貰えなかった。

【追記】
以後オニヤンマの佇まいでの庭仕事は禁じられている。

近所の者に訊くと、やはり本来ならばそこからパンフレットを渡し、長めの勧誘に入るらしいのだが、万が一にもこの不審者が入会し敷地内でチョンマゲを振り回されでもしたら……と懸念したのか、パンフレットすら手渡してくれなかった。

私は人が信じるものについての興味があるので、一種の読み物としてパンフレットを頂くことに対しては何の抵抗もない。
勧誘についても
「入信する?」
「やめときます」
で、済めば特に抵抗感もない。
もちろん、宗教自体も人を故意にコントロールする為ではなく、本当に支えの手助けとなる宗教(私は本来はこうであると思っている)ならば良いと思っている。
そのような心持ちであるにも関わらず、パンフレットすら貰えぬ事が多い。
マルチの時も追い出された。

因みに鉢植えは近隣の猫達からの苦情が凄いので動かさずそのままにしてある。
今日も満足げに寝ている。

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