赤ちゃんに恫喝された話
何故だかよく分からないが昔からよく赤ちゃんに絡まれる。
駅で電車を待っている時、横にだっこ紐がずれているお母さんがいたので声をかけて直していた。
その赤ちゃんが急に私に向かって手を伸ばし、あまりの可愛さにどうしたんだい?と顔を向けたら突如胸ぐらを掴まれた。
今思い返してもなかなか気合の入った恫喝現場である。
相手が赤子という事に完全に胡座をかいた結果ともいえよう。
誰が相手でも決して油断してはならない事をこの時身をもって知った。
ミルクを寄越せと要求しているのかもしれないが、生憎今すぐ出せるものといえば二酸化炭素くらいなもので他には何も持っていない。
ギッチリとあの小さな手で握り込み離してくれず、頼みのお母さんはキャベツの千切りのしすぎで利き腕を痛めている状態であった。(本人談)
私が解くにも力加減が分からず恐ろしい。
ゴリラがケセランパサランに触れようとしているところを想像して欲しい、今まさにそんな状態でありどう触れて良いのか分からない。
そうこうしているうちに無慈悲にも電車は到着し、どうしようもないのでそのままの恫喝スタイルで乗り込む形となった。
「すみません、すみません」
と、ひたすら謝罪し続けるお母さんに、「あばだー」と謎の言語を話し胸ぐらを掴む赤子、二人の移動と共に胸ぐらを引かれ無抵抗で引きずられている不審な人物という謎の集団の登場により、車内は少しどよめいた。
どうやらあいつは赤ちゃんに恫喝されているらしい……と理解するや否や、皆「ふふっ」と笑顔を漏らし再びスマホに視線を戻した。
これが大人だったら「ふふっ」では決して済まない、いざという時の為に大事にとっておいた緊急停止ボタンに誰かが手を掛ける事態である。赤ちゃんは「赤ちゃん」である事で事なきを得たのだ。
優しい社会であれ、と胸ぐらを激しくグイグイと引っ張られながら思った。
ついでに私にも優しくあれ。
また別の日、電車でペットボトルの水を飲んでいると、隣にお母さんに抱っこされた赤ちゃんが座った。(先の恫喝の赤ちゃんとは別赤である)
早速こちらを見て何かを訴えかけてきた。
また胸ぐらを掴まれ脅されるかもしれないと思い、念のためアンペンメェンの動画を準備しつつ目を向けると、彼はごそごそと何かをこちらに見せてきた。
赤ちゃん用のボトルに入った飲み物である。
どうやら水を飲む私を見て一緒だと見せてくれたらしい。
これは応じなければ失礼に当たると思い、
「一緒」と、すかさずこちらもペットボトルを掲げた。
お互い何故か満足気である。
その時、不思議な事に赤ちゃんから遠い海の向こうの男達が仕事終わりに互いを労い、今日も一日が無事に終わった事に感謝し乾杯する時のような風情を感じた。どことなく表情も凛々しく見える。
海の向こうの男はこちらとハイタッチしようと手を伸ばしてきた。
それを申し訳なく思ったのか、お母さんは
「こら」
と言いながら手で壁を作り阻止する。
お母さんの鉄壁のディフェンス能力を前に、海の向こうの男は為す術なくそれを抜ける事ができない。
お互いの手が激しく攻防し、カンフー映画のアクションのようだ。
奥義が発動される前に、ハイタッチOKの旨を伝えるとお母さんはほっとしたように可愛らしい笑顔を見せ、海の向こうの男はにっこりと微笑み手に隠し持っていた謎の毛玉をくれた。
ホームステイ番組で最後に別れを惜しむ時の家長のようだった。
今はあの時の毛玉に申し訳程度に植毛したような風貌の例の新型が猛威を奮っている為このような接触はないが、どちらも私にとって非常に良い思い出だ。
ただ、時に赤ちゃんは恫喝してくるし、謎の毛玉をくれる。
これだけは皆さんも覚えておいた方が良いだろう。
彼らにはアンペンメェンはどの場面でも非常に有効である。
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