人混みでいきなり知らない人に手を引かれ恐ろしい目にあった話

子供の頃からの友人と、ボディービル部の屈強な友人達と共にビール祭りに参加した。

屈強な友人達が席を確保している間、子供の頃からの友人と一番近くにあった屋台に行くと、何やらオヤジが店員に呪文のようにブツブツと文句を呟いていた。
その瞬間、私は友人が子供の頃極端に怒鳴り声が苦手だった事を思い出した。万が一にオヤジがヒートアップでもして荒ぶり始めたら悪影響が及ぶと思い、急いで友人の手をとり
「おっさん呟いてるから早く行こう」
と、席に戻ろうと歩みを進めた。
屈強な友人達とオヤジの差別化を図る為
「怖くないからね。皆優しいから」
と、私はとにかくその場から離れつつ、友人を落ち着かせようと声をかけ続けた。
しかし、よほど怖かったのだろう。
屈強な友人達がいる所に着いても友人は何も言葉を発しなかった。
私は心配になり振り向くと、そこには友人ではなく先程の呟きオヤジが怯えた目をして私に腕を引かれていた。

私も驚いたがオヤジも驚いていた。
いつからこのオヤジを友人だと錯覚していたのだろうか。
何なら屈強な友人達もビールを買いに行った筈の私が、冷えたビールではなく怯えたオヤジを携えて戻ってきた事に驚いていた。

私は思わず「何故無抵抗で付いてきた?」とオヤジに言葉を漏らした。
オヤジも「何故俺を拐った?」と思ったに違いない。
オヤジの連れ去り事件が勃発してしまった。

オヤジサイドで考えれば
「おっさん、呟いてるから行こう」
などと、呟いていた事を見染められ手を引かれ、更に道中
「怖くないからね。皆優しいから」
などと連呼され続けた後、屈強なマッチョ達が密集する場に連れて来られた事となる。
えも言われぬ恐怖を抱いた事であろう。
拐われたオヤジの心境を考えると今も冷や汗が出る。
私はオヤジを落ち着かせようと笑顔でコミュニケーションを図ったが
「おじさん、良い身体してますね」
などと気持ち悪い発言をし、その目論見は失敗に終わった。
屈強な者達が互いを褒め合う際に多様する言葉が、いつの間にか私にも染み付いてしまっていた事がオヤジを更なる恐怖へと突き落としてしまった。
オヤジの身に危険が迫っている。

何故このような事態になってしまったのだろうか。
オヤジも屈強な友人達も言葉を失い黙っていた。今や先程の呟いていたオヤジの文句でさえ恋しい。
私は黙ってオヤジの手を引き、屈強な友人達の前を後にした。
屈強な友人達も状況に頭と筋肉が追いつかなかったのか、黙って我々を見送った。
オヤジはただ大人しく再度私に連れて行かれた。

先程の屋台に到着すると、私は
「すみませんでした。戻します」
と、オヤジと屋台店員に一声かけた。
屋台側からすれば、「戻さんでいい」と思った事だろう。
運良く回収されたと思った厄介なオヤジが返却され迷惑だったかもしれぬが、元いた場所に戻す事は生態系を語る上でも重要な事であるので、どうかご理解頂きたい。
流石に怒られるかと思ったが、オヤジを放つとそのまま何も言わずに賑やかな祭りから遠ざかり、オヤジの姿は闇に溶けていった。
本当に悪かったと思っている。

置いていかれた友人が、私がオヤジと友人を取り違えた事を知ると
「私の腕は毛も生えてないし、全然違うだろ」
と、怒りだした。
私はすっかり逞しく成長した友人に感動すら覚えた。

【追記】
子供の頃からの友人はすっかり怒鳴り声など余裕になっていた。
その後、我々の宴は開始されたが、私は先程のオヤジが気がかりで何となく目で探していると、屈強な友人達が気を遣い
「もし探しに行くのなら、俺たちも何か悪い事したから着いて行く」
と言い出した。
数人のマッチョに追われるオヤジの図と化す為、私はオヤジを記憶の彼方に流した。
あれは悪い夢だったのだ……。


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