子供が犯行に巻き込まれそうになった話
昔、級友のタケシの身に、プールに落ちたり、告白していないのにフラれたりと不幸が続き、彼の誕生日をクラス一丸となり教室で祝う事により励ます事となった。
タケシへの贈呈品は手作りのみとルールが敷かれ、私はテープレコーダーでお祝いの言葉を録音した。
タケシの誕生日当日、私の贈り物の順番が来たので先生が皆の前でテープの再生ボタンを押した。
しかし、私は前日にテープレコーダーがかけっぱなしになっており母が止めた事を知らなかった。
テープが伸びた為、ボイスチェンジャーで低くした様な声な上に妙にスローで再生され
「お め で と うぉ、タァケェシィ。
はっぴぃーばーす で えぇ」
などと、不気味にタケシの誕生が祝われた。
仮面をつけた猟奇的な犯罪者が刑事に送る犯罪予告ビデオのような雰囲気が出てしまった。今にも「この学校に爆弾を仕掛けた」などと言いそうな声色であった。
担任は止まった。級友達も止まっている。
タケシだけが怯えた目をして、先程から私を見つめている。
何故誕生日にタケシはサスペンスを味わわなければならなかったのだろうか。
私は「直ちにテープを止めてほしい」と、心の中で念を送り、声に出すと目立つと思い必死に顔で担任にその思いを伝えた。
しかし担任は目が合うと瞬時に顔を背けた。
後に担任が「何であの時全力で歌舞伎役者の真似をしてたの?」と声を震わせ訊いてきたので私の顔ランゲージは何一つ伝わっていなかった事が判明した。
テープから、ひとしきりタケシへ野太い祝辞が送られた後、無音の時がしばし流れた。
担任がようやく正気に戻りテープを止めようと指を停止ボタンへ伸ばしたその瞬間
「………金かえせ………ブツッ」
と、最後にとんでもない事を吐き音声は止まった。
以前姉とふざけて録音していたものが若干残っていたようであった。
教室は静寂に包まれた。
担任は緩む口を口角の筋力で抑え、限界が己のすぐそこまで近づいてきているのを感じていた。
タケシは不気味なプレゼントを贈られたうえに、金を返していないという不名誉極まりない疑いまでかけられた。
本来ならば誰かがタケシを救うべきである。
しかし、皆それどころではなかった。
担任が耐えている為に、笑ってはいけないのではないかと思い、皆湧き上がる腹部や肩の震えを抑え込んでいた。
せめて私だけでもタケシの身の潔白を証明しようと「タケシは金を借りていない」と表明しようとしたが
「タケシは金がない」
と、金を借りた動機を語るようになり、タケシの人権にトドメが刺された。
タケシに返す金がない為に犯罪組織に狙われているかのようになってしまった。
クラスの坊主頭の渋い少年がタケシに
「タケシ、頑張れよ。金は貸せないけど」
などと何の救いにもならぬエールを送った為、担任は己の立場を忘れ膝から崩れた。
教師の皮を脱ぎ捨て、今だけは一人のただの人間となった。
その様をみて皆の我慢もはち切れた。
恐る恐るタケシの方に目を向けると、タケシも既に呼吸を乱し瀕死状態であった。
【追記】
その後、タケシに例のテープが手渡された。
受け取り拒否されるかと思ったが、嬉々として家に持ち帰り、ご家族でこの犯行予告テープを楽しんだようであった。
その為、朝が弱いタケシを起こす際、タケシの母はテープの真似をし
「お は よ うぅ、タァケェシィ」
などと、声を低くし起こしてくるようになったという。
タケシはしばらく不気味な朝を迎えた。