【エッセイ】5000万円の新車を運転した話
#エッセイ #超ラグジュアリー #レア体験 #リゾートの人手不足 #運転職
いよいよシーズン到来
「社長ンとこで誰かバス運転できるスタッフいないすか?」
とある高級ホテルのバス運転手兼配車マネージャーをしている方に声を掛けられ私は考えた。
「あー、ウチのスタッフで元観光バスのプロ運転手やってた奴いますよ」と私は答えた。
消防団の放水訓練活動後の居酒屋でのやり取りだ。
そのバスマネージャーも私もこの町の消防団員である。
「でも雪降ったらウチも忙しくなるから手伝えても隙間時間になりますよ」
「それでも大丈夫ですって社長。ホント助かります」
「あ、一応ウチの会社でも大型バス乗ってたんでオレも運転できますよ」
「え!じゃあ社長もぜひ手伝ってくださいよ!」
「お!じゃあオレも手伝っちゃおうかな!なんちゃって。ははは・・・」
ー まぁ、酒の席での与太話だろう。ほっとくか。
2024年11月。
この町に雪が降り始めた。
あの与太話をした日からひと月以上が経ったある日、スマホが鳴った。
着信画面を見て私は「まさか」と思いながら通話ボタンを押して電話に出た。
「社長、この前の話なんですけど詳しく話したいので今度バスを見に来てもらってもいいすか?」
あのバスマネージャーからの電話だった。
ー え、やっぱり覚えてたの?んー、まぁ行ってみるか。いやーマジか。
「ということで、一緒にバス見に行って一応話聞きに行くだけ行ってみない?」と私はスタッフに声をかけ約束した日に先方に出かけたのだった。
なんやかんやで5000万円!
「社長、今日は来てもらってありがとうございます。スタッフの方もよろしくお願いします!」
「うわー、このバス新車ですよね!3800万円くらいですか」
私はその新車の60人乗りバスを見てときめいてしまい思わず不躾なことを聞いてしまった。
「ふふふ、社長。今はそんなもんじゃ買えないですよ。車体だけで4800万です。その他なんやかんやで5000万くらいです」
ー え。そのバスを3台も増車しちゃうの?さすが外資企業。
「でも社長、モノがあっても運転手がいなきゃ動かないんですよバスは」
「ははは・・・。」そりゃそうだ。
このスキーリゾートでの冬の人員確保はとても深刻な課題の一つである。
円安の今、外資系のホテルや商業施設は恰好の投機対象となり投資家からの熱視線を集めている。
その市場原理で建物は建つのだがそこで働く人の確保が追い付いていない。
必然的に賃金上昇の競争により労働力の奪い合いが起こる。
それでも絶対的に人が足りないとなると、なりふり構わずこうして私たち末端の住民にも声が掛かるのだ。私たちも決して暇な訳ではないのだが。
そして住民であれば企業側が住居を用意する必要がなく、また突然来なくなるようなリスクも避けられるメリットがある。
さらに消防団なんかを長くやっていると地域から簡単に逃げられないしがらみへと作用するのだ。
このマネージャーはその辺の機微もよく分かっている。
もしこのダブルワークの取り組みが新聞記事に取り上げられるようなことになるなら
『我々も地域の観光事業者として運転職の人手不足の一助になりこのリゾートの観光課題解消に貢献したい所存です』とでも言っておこうかな。
かくして私とスタッフはそのマネージャーから新車の高級バスの操作についての説明を受けたのだった。
いよいよ試運転へ
担当するのは、このバスでこのリゾート内にあるこの企業の関連ホテル4ヶ所をまわり乗客を乗せて隣のスキー場へ送迎するルートのようだ。
「じゃあさっそく社長と元プロ運転手さんにルートを試運転してもらおうかな」と言われまずはウチのエース、元プロのスタッフが運転する。
「うわー、久しぶりだけど新車はやっぱいいっすねー。ん-なめらか!」と、元プロもまんざらでもなさそうな様子だ。
そもそも今回の話はこのスタッフに引き受けてもらえないとご破算だ。
彼がメインで週数回シフトに入って稼働することで本来の目的を果たすことになる。
飽くまで私は影武者で、彼が万が一体調不良により欠勤したら代打で乗るプランだ。
「じゃあ帰りは社長、運転してみてください。5000万円の新車ですよ」
バスマネージャーに言われて私もワクワクして運転席に座る。
そして運転するなり感動した。
おー!大型バスなのにオートマかよ。
おー!排気ブレーキが5段階の切り替えか。こりゃええ。
んー、これは今まで乗ったどの車よりも運転しやすいかも。
「コレすごい良いですね!ちょっとオレもたまに乗りたいからもし必要あればホント声かけてくださいね」
私はバスの運転が思いのほか快適だったので少しその気になってしまった。
同じ運転職でもあの地獄の運送会社の時とはまるで気分が違った。
今思い出してもゾッとする忌まわしき過去の記憶ヘルズゲート。
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だが、今思えば私はあの会社で運転職の基礎を叩き込まれたのだ。
それがこんな形で5000万円のバスに乗れることにつながるなんて人生とは不思議なものである。
さあ、これから一体どうなることやら。
この町に楽しみな冬がやってくる。