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【エッセイ】生まれてきてよかった★人生に乾杯した話

#エッセイ #日本脱出 #人生のハイライト #カナダ #ウィスラー #スノーボード #THE・DAY #コカニ―ビール  #人生に乾杯

人生のハイライトの舞台

「うひょー!今日もいいなー!」

1998年12月。
23歳の私はカナダにいた。

毎朝リフトに並びスノーボードでパウダースノーを満喫していた。

ここはウィスラーという人口1万人の小さな町で北米最大規模を誇るスキーリゾートだ。
山はウィスラーマウンテンとブラッコムマウンテンの二つが並んでおり、とにかくデカい。

2つの山の麓にセンタービレッジがレイアウトされ主たる滞在エリアとなっている。
ホテルやショッピングモール、スパ、カフェ、マーケット、レストランなどがありリゾート全体のコンセプトに則った開発がされている。
街並みがデザインされていて、とてもオシャレで洗練されたスキーリゾートだ。

因みにウィスラーという名前は英語で書くとWHISTLER、『口笛を吹く人』という意味である。

名前もオシャレでイケてる。

私はこの町で一冬を過ごす予定でいた。

このカナダの雪山で日本で貯めた燃料を思う存分燃焼させるのだ。


日本脱出のために

就職氷河期世代の私はご多聞に漏れず就職に苦労したクチである。

閉塞感漂う時代の中で私は自分探しの旅に出て世界の広さを知りたい思いが募っていた。
その手段として過酷な業種である運送業を選びストイックに日本脱出の資金を貯める日々を送っていた。

そして渡航資金の目標額を貯めて無事カナダの雪山にたどり着いたという訳である。


初めての海外ということもあり、私はとある日本の留学エージェントに一通りの面倒を見てもらう滞在プログラムに申し込んでいた。
旅の目的はズバリ、趣味であるスノーボードで本場カナダのパウダースノーを気が済むまで滑ることである。

私が申し込んだコースはプロライダー達から英語とスノーボードスキルが学べるというものだった。
学ぶと言っても堅苦しいものではない。

プロライダー達はカナダ以外にもNZ(ニュージーランド)やオーストラリアからも来ていた。
彼らはとても気さくでフレンドリーだ。
年齢も私と近かったこともあって友達のように接してくれる。

一緒に滑ったりリフトに乗ったりしている時の英語での会話もスラングが多い。
教科書英語以外の生きた会話も学ぶことができた。


日本を脱出してきた理由


「オーケー、ちょっとこのスポットはクソ混んできたから次はツリーランエリアに滑りに行こうブラザー」とコーチが英語で言ってきた。(ような気がする)

「ツリーランて森の中を滑るの?オレ大丈夫かな。少し心配だな」と、私もカタコトの英語で言ってみる。

「問題ないよ!ハッピーに行こうぜブラザー。ツリーの間を滑る時は木を見たらぶつかるぞ。木は見るな、スペースを見るんだ」と、軽い調子だ。

彼らプロの滑りは本当にエキサイティングで、この仕事を心から楽しんでいる様子だった。

リフトを乗り継ぎ、木が密集している斜面のエリアまで滑って来ると確かに周りに他の一般スキーヤーたちはいなかった。

彼らプロライダーやローカルたちのみぞ知る秘密の新雪ポイントだろうか。

「オーケー、見てろよブラザー。スペースを見つけながらリズムよくターンする感じだ。木を見るなよ」と言うなり勢いよく滑り出した彼は雄叫びと雪煙をあげてあっという間に見えなくなる。

「うわ、マジか。森の中をあのスピードかよ」と思わずつぶやく。

私は彼の滑ったラインの跡を追いかけるように慎重に滑って行った。
木を見ないようにスペースを見ながら滑る。

すると、遥か先で待っていた彼に追いつくなり怒られた。

「なんで俺のトラックの上をそのまま追いかけるんだ?せっかくノートラックのポイントに連れてきてるんだからお前の好きなラインで滑らないとハッピーじゃないだろ。俺たちスノーボーダーはノートラックを滑るために生きてるんだぞブラザー」

彼に言われて私はハッとした。

私は木を見ずスペースを見るどころか彼の滑った跡だけを見て滑っていたことに気が付いた。

「あー、ソーリー・・・」私は彼に注意された事に対して反射的に謝った。

すると彼は、「ヘイ、そうやってすぐ謝るのは良くないぞブラザー。日本人はすぐ『ソーリー』を言うがそれはこっちではあまりよくない」

私は何となく「すいません」のつもりで言った言葉を注意された。
彼は続ける。

「アドバイスをもらったら『オーケー,分かったよ』だろ?または『黙ってろ、くそったれ』のどっちかだ。ははは!もう1本行くぞブラザー」


ちなみにノートラックとは誰も滑った跡のない新雪を指す言葉だ。

スノーボードの板の幅はスキーより広く深雪を滑ると浮遊感を味わえるのだ。スノーボードの醍醐味の一つは新雪滑走である。
滑りながら浮いている感覚はとても気持ちが良い。
ターンをする度に大きな雪煙が上がり気分も上がるのだ。

「オーケー、次は失敗して転んでもいいから思いきって行けよ。自分で見つけた自分だけのラインを滑るんだ。たぶんサイコーにハッピーだ!ブラザー」

彼に言われて私は、他人のレールの後追いじゃなく自分で見つけたラインを滑ろうと改めて思った。

きっとその人生のために日本を脱出して来たはずなのだ。


カナダに着いた日から私が滞在している宿舎は各国からの留学生などを受け入れるシェアハウスのような宿泊施設だった。

広いリビングが共同空間で各居室は2~3人部屋である。
私のルームメイトはオーストリアからとオランダからの青年だった。
二人とも学生で観光学やリゾート開発について学ぶために来ていた。

このリゾートが世界から成功例として注目されているのが分かった。


『THE・DAY』 に向けて


「おはよー。今朝は十五センチ積もったね」
「早くいかないとまたゴンドラ混むぞ」
「どうせ混むからコーヒー買ってから行こ」
「板のセッティング変えるから先行ってて」

私のようにこのプログラムに参加していた日本からの若者たちとは気の置けない間柄の仲間となっていた。

滑る準備を終えてオシャレな街並みの中、板を抱えてみんなで歩く。

朝のゴンドラに向かうとすでにオープン待ちのスキーヤーたちが列を作っている。雪が降った日の翌朝は特に混む。
だがパウダースノーを滑れるとあって行列に並びながらもイライラせずみんな笑顔だ。

ようやくゴンドラに乗れると一気に気分が高まる。景色も絶景だ。
私たちは山頂駅に着くと数人ずつの班に分かれプロコーチたちとそれぞれのポイントに散らばって班ごとに滑るのだ。

午前だけ滑って午後から英語授業の日もあれば、一日中滑る日もある。
雪山の中でランチを食べる事もあればオシャレなロッジでビールランチをしちゃうこともある。

スキー学校というよりリゾート体験留学だ。
世界屈指のスキーリゾートを肌で感じる貴重なお客様体験である。


日本から来た私を含む面々はみんな個性的で独りで来ている者がほとんどだった。
一人ひとり、それぞれの人生にドラマがあり紆余曲折を経てカナダまで滑りに来ていたのだ。

希望と挫折、夢と現実逃避の思いを胸に抱えて自己実現を果たしに来たのだろうか。

私の場合は気が済むまでパウダースノーを滑るというのが滞在のモチベーションだ。あまり先の事は心配せず今を楽しもう、という事だ。
好きな事を好きな場所で気が済むまでやる。
それが職業に結び付くかどうかは気にしない。
やりたい事でお金を得るとか失うとかは問題ではない。
これまでの生き方通り自分らしく気の向くままに過ごしたいのだ。

一度の人生、希望のない日本でやりたくないことやってる暇はない。

セブンス・ヘブン


そしてそんなある日、私の想いを叶える一番の日が訪れた。
このシーズンで最高の日。ついに『THE・DAY』のお出ましだ。

年が明けた2月のある日、前日までに30センチ以上の降雪があった。
狙う場所は前日クローズしていたブラッコムマウンテンの山岳エリアだ。

日本のスキー場と違いコースはあまり管理や整備がされておらず立ち入り禁止のロープも少ない。
危険な場所を含め自己責任で自然の地形をそのまま滑れるようになっている。

その日の午前中はパトロールが雪崩の危険などが無いかコースをチェックしていた。最終確認が終わるとようやくリフトがオープンした。

最前列に並んでいた私たちは一番にリフトに乗った。
天気も快晴でロッキーマウンテンの絶景が広がる。
興奮し高鳴る胸の鼓動。

リフトを降りると誰も滑っていない新雪の斜面が待っていた。

いよいよ極上のパウダースノーを滑り出す。
心から待ち望んだ瞬間だ。

「よし!行くぞブラザー!俺たちは今この時の為に生きているんだ。今地球上でこれ以上の場所はないぜ。自分だけのラインで行けよ。ハッピーは今ここにある!」

雄叫びがあちこちから聞こえる。私もふわふわの新雪へと滑り出した。

「うひょー、サイコー!うひょー、うおー」

滑りながら浮いていた。
音が消え重力が消えたような錯覚に陥る。
息が出来ないほどのパウダースプレーが顔にかかる。

地球上にこんな場所があったのか。
頭の中は空っぽだ。
体の中をアドレナリンが駆け巡っていく。


― そうか。俺が生きてきたのはこの為か。

経験したことの無いスピードで深雪の急斜面を滑り落ちていく。
私は今自分だけのフォールラインを滑ってるのだ。

ー これはすごい。これは・・・気が狂いそうだ


ボトムまで滑り終わると興奮冷めやらぬまま笑顔のブラザーとグータッチした。

「どうだったブラザー!くそサイコーだな、もう1本いくぞ!くそ、なんてこった、サイコーだ!」

汚い言葉を連発するほど彼は興奮していた。

二本目を滑るリフトに乗っている時、彼は言った。

「このブラッコムのアルパインエリアは天気が悪いとすぐクローズしちまうんだ。でもオープンしたらサイコーだろ。このコースは七番目の天国という名前だ。聖書にもあるだろ。七つある天国の最上級ってこと。だからこれ以上ない場所って意味なんだぜ。ブラザーやったな!今日は今シーズンで一番サイコーだ」


ー それでセブンス・ヘブンか。

私は最上級の場所を滑っているのだ。

今日が人生のハイライトの一つかもしれないな、と思いながら結局私たちはこのコースを3本滑った。
3本目にもなると雪面は大勢が滑った跡で荒れてしまうのだがそれでも最高の時間を過ごした。

その日、七番目の天国はそこを訪れた全員を笑顔にしたのだった。


パウダースノーはひょっとしたら私の人生を狂わせる白い粉なのかもしれない、などとくだらない事を本気で思った。

そしてもちろんだが、そんな『THE・DAY』の夜に仲間たちと飲んだコカニービールが過去最高に旨かった事は言うまでもない。

生まれてきてよかった。人生に乾杯だ。

遠くで誰かの口笛が聞こえた気がした。


生きててよかった


その後、運命が急展開した出会いへ ↓


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