【エッセイ】高校時代★有頂天バイク小僧
1990年春。
16の誕生日に翼を手に入れてから、私は有頂天だった。
あれから毎日バイクに乗っていた。
何と高校の入学式の翌日からこっそりバイクで通学していた。
当時は『3ない運動』という社会運動があり、高校生にバイクは不要とされ厳しく禁止されていた。
バイクの免許を取らない、バイクに乗らない、バイクを買わない、というものだ。
もう時効だと思うので書くが、私はこの規則を入学前から守っていなかった。
もし違反が見つかると厳しく指導され退学処分もあるナーバスな規則だ。
それでも毎日乗っていた。
―俺は自分の責任で考え行動して生きていく。
法令は守るが誰かに不当に制圧される生き方はごめんだ、などと勝手な熱を吹いていた。
これまた相当勘違いした奴だがそれが自分で考えた自分の生きる道だった。
そして花の高校生活のために自分の美学を貫く決意をした。
―自分のバイト代で免許取得とバイクを購入する。
―満員電車で通学するのはクールじゃない。
―勉強ではクラスの平均点以上を維持する。
―本業のサッカー部ではスタメンをとる。
―バイトも続け少しでも家に食費を入れる。
―たまに授業を抜け出しバイクで風になる。
―暴走行為も事故も絶対しない。
―友だちや学校にバレないようにする。
―親や家族に迷惑をかけないようにする。
我ながらよくやっていたと思う。
私にとってバイクは通学と部活とバイトを効率よく移動するためになくてはならない自由の翼だった。
学校にバレるとすべて終了してしまうので慎重に行動していた。
特に免許を取る時には気をつけた。
嘘か誠か知らないが、当時は免許を取ると免許センターや警察から学校に連絡が行くという噂があった。
県を跨げば大丈夫だろう、ということで埼玉県に住所があったが鴻巣運転免許試験場ではなく東京の府中で試験を受け免許の交付を受けた。
そのためにわざわざ東京の祖母の住所に住民票を移したのだ。
つまりこの壮大なプロジェクトは母と祖母の理解と協力を得て実現した事になる。
計画の成否は私の熱意と信用にかかっていた。
もし私が不真面目で信用もなく親のすねをかじっていたならば協力など得られなかっただろう。
私が逆の立場でもそんな輩に力を貸したりはしない。
小僧どもの夜の疾走
通学時においては、バイクは学校最寄り駅の一つ手前の駅に停めて一駅だけ電車通学をしていた。
そこからは友だちと何食わぬ顔で歩いて登校していたのだった。
まるでヒーローであることを悟られまいとするスーパーマンの気分だ。
学校の授業が終わり部活でクタクタになるまでサッカーをしたあと、バイクで直接バイト先のガソリンスタンドに出勤していた。
夜の7時半くらいから10時半の営業終了までだ。
初めの頃は家に帰ったらバタンキューの状態だった。
ところがだんだん体が慣れてくると、バイトが終わった後にバイト仲間や先輩たちと遊びにいくこともしばしばあった。
若者の夜の疾走、愛おしき青春の1ページだ。
「おい、お前のバイクさぁ、ケツ柔いからサス固くした方がコーナーの立ち上がりで安定するよ」
「なぁ俺のバイクさぁ、バックステップに変えたから前よりコーナーで倒しやすくなった気がする」
「ウィリーの時めくれないようにリアブレーキにちょっと指かけといた方がいいよ」
「お前のマフラーから2ストオイル飛んで後ろのヤツが汚れるから一番ケツ走れよ」
「やだよ。だって前の奴、大体オレより遅いから抜かしたくなるんだもん」
「リミッターカットとボアアップで原チャリでも速くなるね」
「いや、もう中免取ってデカいの乗った方が楽だよ」
「中免取ったらあの先輩のヨンヒャク売ってくれると思うよ」
夜な夜なバイク小僧たちのバイク談議に花が咲く。
私にとっては学校や家とは違う第3の場所という奴だ。
私の兄たちも同じような環境で青春を過ごしていたので少なからず私にもバイク小僧としての素養があったのだ。
夜更けに先輩に連れられて牛丼屋さんに行ったり
ファミレスで苦いコーヒーを飲んだりするのが何だか大人の仲間入りをしたようで刺激的だった。
毎晩少しずつ世界が広がっていった時期だ。
―俺も中免を取ってもっと自由に移動できる力が欲しい。
いつしか私の中にそんな思いが芽生え始めていた。
中免とは中型自動二輪免許のことで排気量が400CCまでのバイクに乗ることが出来る、原付小僧にとっては垂涎の的となる上位のライセンスである。
私の持っていたのは一日で取得できる原付免許で、小さな50CCまでのバイクしか乗れなかった。
有頂天と鉄の馬
それからバイトのシフトも多めに入れてもらいお金を貯めた。
並行して中免取得のためのプランを練った。
高校に入学してまだ間もないというのに今度は中免の勉強である。
学校の勉強と部活とバイトと夜遊びがぐるぐるしていた頃のことだ。
そしてどうにか資金を貯め、忙しいスケジュールの都合をつけて免許合宿で中型免許の技能教習をクリアした。
後日、件の府中運転免許試験場で学科試験をパスし憧れの中免を取得したのだ。
高校1年の6月下旬頃の事だ。
―やったぜ!ナイス俺!
ガッツポーズが出るほど嬉しかった。
目標に向かって努力し自分で働いて貯めたお金でスケジュールを調整し、
方法を調べ、自分で申込み、移動し、試験をパスして目的を果たしたのだ。
しかも学校や友だちに内緒だ。
そしてついに中型排気量のバイクも手に入れた。
それまでとは桁違いのスピードと迫力に魅了された。
まるで鉄の馬のようだった。
それに跨る自分にも酔っていたし、完全に思い上がっていた。
―われ、覇者なり!もう誰にもオレを止める事は出来ない!
もうどうにも止まらない様子だった。
学校のクラスにいる同級生たちが何だか幼く感じた。
先生たちの授業の声も遠くから聞こえてくるように感じていた。
部活も勉強もバイトも夜遊びも何もかも順調だった。
まさに向かうところ敵なしの心境だ。
ところが―
運命は愚かな若者にきちんと挫折を用意してくれていたのだ。
高校時代★バイク小僧挫折編 へつづく↓