窓越しの恋 前編
『サクラサク』なんて表現をしても、実際この時期に桜はまだ咲いていない。
窓際の席で、校庭を見下ろしているアイツの後ろ姿。
この席順では意識しなくても目に入って来るものだ。
卒業式からもう3日が経つ。
ぼんやりと頬杖をついて、今はもう見ることのない"先輩"を探しているんだろうか。
同じ窓際、2つ後ろの席。
優等生のアイツが、ぼんやりと校庭を眺める姿をずっと見てきた。
見てきたと言っても前を向いていれば視界に入るんだから当然だ。
色白な肌に黒目だけがやたらと目立つ。
かわいいとか美人とかいう分類よりは、古風。
よく切れそうな刀みたいな凛とした印象で、向かい合うと落ち着かない気持ちになるのは俺だけじゃないらしい。
いつからだったか、3限終了のチャイムがなってもアイツはすぐには席を動かなくなった。
女友達に呼ばれても、「ちょっと待って」などと言って机の上を整理していたりなんかする。
長い黒髪を耳にかけて、口角が少し上がり気味になる。
その数秒後に、サッカーボール持って小学生みたいに飛び出して来る"先輩"を待っていたんだろう。
授業中は静かで休み時間は元気なんて、ある意味、模範的高校生だ。
サッカー部の副キャプテン。日向先輩。
大学はスポーツ推薦で内定済み。部活引退という単語は知らないらしい。
頭は悪いけど気のいい人で、実家は酒屋。
試合の応援に駆けつける仲のいい家族。
全校生徒がそんなことまで知るような人気者だ。
「あれがいいんだ」「案外普通なんだな」なんて思ったのは、悔しかったのかもしれない。
ツンと澄まして大人ぶって、学校帰りは塾だかバレエだかピアノなんて高尚な習い事しておいて。
あんな知能指数低そうな、小学生みたいなやつがいいわけ?
苛立つ自分に気づくのはそれからだいぶ時間が経ってからだった。
制服には校章バッジをつけることになっていて、学年ごとに縁取りのカラーが異なる。
先輩は赤、俺たちは緑、1年生は青。
その校章を卒業生にもらうのが女子たちの間で変わらない儀式だった。まるで昭和の時代だ。
(あるいは交換したりするらしい。らしいというのは無論、2年間1度も頼まれたことはない)
翌日からはカラーの異なる校章を誇らしげに付ける女子が増えるのだ。
桜がまだ咲かない卒業式の日。
式が終了すると校庭には写真を撮る卒業生と、校歌を歌うためだけに参加させられた2年生がごちゃまぜになっていた。
その中には期待を胸に、卒業生に話しかける女子たちもいた。
日向先輩も複数の女子に囲まれているのが、教室から見えた。
でもアイツはいつもの窓際の席でぼんやりしているだけだった。
その目に先輩が写っているのかは、もうわからない。
(……で、3日経っても1mmも動いてねえじゃん)
「おい」
流行りの茶色とかグレーの瞳とは対極の、ブラックホールみたいな黒目が振り向いて、少し大きくなる。
「え……私?」
向かい合うとやはり落ち着かない。
「明日授業終わったら付き合えよ」
「明日……授業終わったら……はあ?」
「橋んとこで待ってるから」
それだけ言うと全力で背を向ける。
その背中にアイツの視線が、武器みたいにグサグサ刺さってるのはわかってる。
でも、なのかやっぱり、なのか。
アイツは来なかった。
(放課後ってだけで、時間言ってなかったしな)
(掃除当番とか部活……は、やってねえか……)
自分に言い訳しながら、下校途中の奴らに見られながら、それでもたっぷり2時間待っただろうか。
連絡先なんて知らない。
(……来ねえのかよ!)
橋に蹴りを入れると自分の足の方が痛かったけど、犬の散歩しているばあちゃんに見られたので素知らぬふりをする。
(……ちくしょう)
諦めて学校に自転車を取りに戻る。
3月中旬の19時。
日は長くなったものの、足元のボールはぎりぎり見えるくらいだろうか。
サッカー部も陸上部も部活を切り上げて片付けているところだった。
「あーっ、いた!」
ふいに響いたでかい声に、内心で飛び上がる。
自転車にまたがったアイツが、俺を指差していた。
「橋って言ったじゃん!なんでいないの!?」
「なんでいないのって……なんで来るんだよ!」
無茶苦茶な会話だった。
すっかり暗くなって冷たい風が吹きすさぶ橋を降り、河原に出る。
「寒い。汗が冷える〜」
足踏みをしているアイツは、バレエ教室の帰りらしい。
「付き合えって何?何の用?」
ベンチに座るとズバズバ要件を聞いて来る。
半人分の距離を取り、隣に座る。
「これ」
イヤホンを渡してやる。
「……何?」
受け取らず、嫌そうな顔が返って来る。
何も言わずに無理やりイヤホンを渡し、スマホをいじる。
依然としてイヤホンはせずに俺の挙動を訝しげに見ていたが、かすかに聴こえてきた音楽にハッとする。
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大好きな、とある曲を元に書いています。
後編で曲についても触れたいです〜〜